31 ウカノとその親友
すみません。
更新予定延びます。
予定は未定です。
時間は少し戻る。
クレイとフィリップが殺害された、その瞬間。
自室でひとり横になっていたウカノは、瞼を開け、身を起こした。
かと思うと、
「させない」
小さくそう呟いた。
そして、今にも折れてしまいそうなほど細く、脆くなった腕の片方を動かす。
指を中空へ滑らせる。
スルスルと、見えない絵を描くかのように指を滑らせていく。
やがて完成したのは特別な術式だった。
満足そうに笑みを浮かべた瞬間。
ドクンっ!
と、心臓が鳴った。
構わず、その術式を発動させる。
そしてもう一つ、術式を描こうとする。
同時にまるで槍か剣で、体を貫かれたような痛みが走る。
術式が描けないほどの激痛だ。
自分の体を抱くようにして丸める。
けれど耐えきれずに、布団に倒れ込んでしまう。
「がっ、はっ、くぅぅぅっ」
ドクン、ドクンと心臓が壊れそうな音を立てる。
まるで彼を戒めるかのように。
彼の行いを咎めるかのように。
それとは別に、全身を痛みが走り続ける。
痛みにウカノは脂汗を滲ませ、苦しみもがく。
もう一つ、別の術式を展開する暇がない。
「わるかった、って、でも、しかたない、だろ」
ウカノは苦しみながらも、そう言葉を口にする。
まるで、己の心臓に話しかけているかのようだ。
「かぞくの、ためだ、しってるだろ??
この痛みは、その代償だ」
言った瞬間、内側からせり上ってくるものがあった。
桶を取ろうとしたが間に合わず、その場に血を吐いてしまう。
「がハッ、ゲホゲホっ」
そこで漸く、痛みが消えた。
心臓もいつもの調子に戻る。
ウカノは息をととのえ、体を起こす。
それから自分の吐いた血で染まった布団を、確認する。
やっちまったー、とばかりに額に手をやる。
さすがに隠し通せる粗相ではない。
とりあえず近くに用意されていた水差しから、水をカップに入れて、口へ運び、濯ぐ。
さっきは役に立たなかった桶へ吐き出す。
手の甲で口を拭きながら、
「でも、ミタマ達に見られなくてよかった」
と呟く。
妹や弟たちに見られていたら、もっと騒ぎが大きくなっていただろう。
今のところ、先程のような醜態をミタマ以外に見せたことはないのだから。
ミタマは、それでも毎回ショックを受けているのは事実だ。
そしてその度に、泣きながら怒られるのである。
しかしそれよりも怖い存在が、いる。
その存在は、今日もここへ来ることになっている。
「何の話だ?」
その声に、ウカノはらしくもなくビクっとしてしまう。
ウカノは声の方へ振り向く。
部屋のドアの前に、ミタマより怖い存在になってしまった親友の男性が立っている。
「……え、えーっと、早かったな?」
あはは、と乾いた笑いで誤魔化そうとするが無駄だった。
つかつか、と二十年来の付き合いになる親友――アールは怖い顔をしてウカノに歩み寄る。
そして、その胸ぐらを掴むと凄みをきかせて言ってくる。
「おい、お前、なにしてた??」
どう答えたものか迷って、ヘラヘラ笑いで冗談を返してしまう。
「……エッチなこと??」
そこでアールの地雷を大いに踏み抜いてしまったようだった。
「おまえ、ふざけんなよ!!??
自分の体がどんな状態かわかってんのか?!あ?!」
学生時代とは真逆だなぁ、とウカノはのんびり考えた。
あの頃は、ウカノが彼を叱ったのだ。
ウカノは飄々と余裕ぶって言葉を返す。
「大丈夫、あと二年はこの体使えるから」
その返しに、アールは言葉を失う。
自分の身体はただの道具だ、とでも言いたいかのようだ。
青筋をたて、胸ぐらを掴んだ手に力がはいる。
「そういう問題じゃねえ!!」
そこからはお説教タイムとなってしまった。
今この家で、長男にここまでのことを言えるのは、この唯一無二の友人となってしまったアールだけだった。
けれど、そんなアールの言葉もウカノにはちゃんと届いていない。
昔は、もう一人いた。
かけがえの無い友人が、いや親友がもう一人いたのだ。
アールは思う。
もしも、アイツが生きていたならと。
そうしたら、もう少し現状はマシだったんじゃないか、と。
ウカノはアールの言葉を聴きながら、その目で世界を確認した。
殺害された弟たち、その死が否定され上書きがしっかりされている事を確認して、内心ホッと息をついたのだった。
続いて、弟たちを殺害した者を確認しようとする。
しかし、お説教の声が聞こえたのだろう。
ミタマが駆けつけてきた。
「また迷惑かけてるの、ウカノ?!」
「俺かよ」
即座に返す。
確認は後回しだ。
ミタマは部屋を見回し吐血のあとに気づくと、
「また、あんたはーー!!!!」
アールに負けず劣らず、いやむしろ勝ってる声で怒鳴ったのだった。
「自分の体のことちゃんとわかってるの?!」
と、怒鳴りながらも、テキパキとミタマは後片付けをし、予備の布団を運んできてセッティングし直した。
その目は泣くまいとしつつも、涙を溜めていた。
「相変わらず手ぎわがいいな」
アールがミタマへそう声をかける。
ミタマはため息を吐き出して、少し目を擦って答えた。
「私の仕事ですし、とっくの昔に慣れたので。
それより、兄のことよろしくお願いしますよ」
ミタマは汚れた布団を洗濯するために部屋を出ていった。
彼女の、自分の仕事、慣れた、という言葉を聞く度にウカノは複雑そうな顔をする。
その理由を、アールは知っていた。
でも指摘しない。
彼女とウカノの唯一のすれ違い部分を指摘したところで、現状が変わるわけでもないからだ。
だから、
「とにかく、寝ろ。
術式施すから」
そう呆れを含んだ言葉を投げるだけにした。
ウカノは身体を横たえながら返す。
「いつも悪いな」
「そう思うなら、もっと自分を大事にしてくれ」
今のウカノに言っても無駄だとはわかっている。
それでも、ウカノの友人として言わずにはいられなかったのだ。
あの日、16年前の運命の日。
たった独り泣きながら弟と妹達の墓穴を掘っていたウカノを思い出す。
あの、完全に心が折れて粉々に砕け散り、壊れてしまった時のウカノを思い出す。
兄弟たちの後追いをしそうだった彼を、それでもなんとかなだめすかして、思いとどまらせたことを思い出す。
そして、ウカノが禁忌に触れてしまうことを容認してしまったのだ。
(止めていれば良かったのか?)
そう何度も自問した。
けれど、禁忌に触れることを止めていたら、きっと彼は兄弟姉妹たちの後を追っただろう。
それだけは、何がなんでも阻止したかった。
アールはウカノを死なせたくなかったのだ。
(最善だった、そうアレは最善だったんだ)
アールは、そう自分に言い聞かせるしかできなかった。
横になったウカノがアールへ、言ってきた。
「そうだ、弟達のことありがとな。
でも、ちょっと厄介なことになってきてる」
「厄介なこと?」
ウカノは、この部屋の隅に立てかけてある大鎌を見た。
まるで死神が持つような大鎌だ。
それを見ながら、続きを口にした。