22 クロッサ
魔王城内。
幹部会議にて、モルテは今回の任務の報告を終えた。
「とりあえず、以上になりますねぇ」
ヘラヘラと軽薄な笑みで報告の終わりを告げる。
集められた魔将軍達は顔を見合わせていた。
しかしすぐに、モルテへ怒りを向ける。
「それでおめおめと帰ってきたと??」
「それでも魔族か、貴様」
ギャーギャーと騒ぐ魔将軍達を、やっぱりヘラヘラと笑いながらモルテは見渡す。
それから、口を開いた。
「魔族は魔族ですけどー、半分だけですもん。
あなた方のような、純血じゃないんでー、感覚が違うんですよ」
言いながら、一点を見る。
興味なさそうに、欠伸をし、耳をほじり、また欠伸をする青年を見る。
この中では唯一の人間族だ。
クロッサ・サートゥルヌス。
モルテを赤子の手をひねるかのように倒した、青年。
にも関わらず、殺すことはなかった青年。
モルテの前にちょっかいをかけた魔将軍は、呆気なく殺したというのに。
「まさか、魔族を拘束して弱体化させる魔法を開発してるなんて思ってなかったですもん。
ガーグナー君達が捕まった時に、魔族の生体データ諸々丸裸にされたんでしょ」
「関係ないだろ、その魔法を使われなければいいだけだ」
「いやぁ、どうですかねぇ?
使われたら一気に終了ですよ。
僕は半分人間なんで効果は完全じゃなかっですけど。
でもだからこそ、ニンゲンって恐ろしいですよね。
自分たちより強い存在を殺すためなら、禁忌だろうが関係なく触れちゃうんだから」
そこで魔将軍達の視線が、クロッサへ向く。
禁忌に触れるという言葉に、クロッサの表情がピクリと動いたように見えたからだ。
それはそうと、完全な人間である彼なら、モルテが受けたその魔法は効かないということだ。
それなら、彼を派遣すればいい。
魔族領内のあちこちを、行ったり来たりにするよりは良いはずだ。
「悪いが、俺は魔王様の勅命があるから、そっちの対応までは手がまわらない」
言いつつ、モルテのことなんて見もしない。
彼は魔王を見ていた。
「ですよね?
魔王様??」
魔王も彼を見る。
クロッサは続ける。
「反乱分子はあらかた片付けました。
これが報告書です」
言いつつ、クロッサが書類を取り出した。
読み上げる。
「西を支配していた邪竜族、南を支配していた巨人族。
どちらも指示通り族長一族の討伐に成功。
巨人族の民は戦意を喪失し、こちらの支配下にあります。
ただ、邪竜族に関しては徹底抗戦の意思があったので、俺一人で絶滅させました」
魔将軍たちがざわめいた。
邪竜族は、魔王軍ですら手を焼いていた種族だ。
過去、魔将軍が何人かこの部族をなんとかしようと動いたが、殺害されていた。
魔将軍だけではなく、魔族領に住むほかの魔族達も食い殺されることが続いていたのだ。
かといって、邪竜族は自分たちが魔王の玉座に座ろうという考えはなかった。
そう、魔王軍の軍門に下る意思もなかった。
それを改めて確認した上で、クロッサは彼らを絶滅させたのだ。
「どうやったのだ!?」
魔将軍の一人が叫んだ。
オーガの屈強な男である。
そちらへクロッサは視線を向け、意地の悪い笑みを浮かべると、
「俺はか弱き人間なので」
こう切り出した。
言いつつ、クロッサは自分の頭を指さし、
「ここを使っただけです」
難しいことはない。
相手はニンゲンを最弱生物として舐めていた。
そこを利用しただけだ。
なにも出来ない存在だ、と舐めてかかっていたのが邪竜族の敗因なのだ。
「どうやったのだ??」
今度は魔王が手の内を見せろと言ってくる。
クロッサはニコッと笑うと、今度は酒瓶を取り出した。
「これを飲ませました」
今度は魔将軍たちの視線が侮蔑に変わる。
「毒を盛ったのか?!」
「なんと卑怯な!!」
そんな言葉を受け流し、クロッサは酒瓶を見せつけるように置く。
「たしかに、酒は神経毒のひとつらしいですね。
この酒は、邪竜族達に振る舞ったものと同じものです。
ちょっと度数は強いですけどね。
飲みすぎなければ死ぬことはないですよ」
つまり、酔い潰してその隙に首を落としたのだという。
「邪竜族すら酔い潰す酒などあるものか!!
ふざけるのも大概にしろ!!」
そんな怒声もなんのその。
クロッサは魔王へ、その酒瓶を掲げる。
「嘘だとお思いなら、試してみますか?
魔王様?」
魔王はクロッサの言葉を受けて、幼い顔に妖艶な笑みを浮かべた。
「余を酔い潰してどうする?」
クロッサはそこでようやくおどけた声を出す。
「首でも落としましょうかね?」
魔王は、それに笑った。
可憐な少女の姿からは想像できない、豪快な笑い方だった。
魔王はクロッサの持参した酒瓶を受け取ると、グラスを用意して一杯試して見た。
どうやら口に合ったらしい。
また盛大に笑うと、
「お主、どれだけ飲ませたのだ」
そう聞いてきた。
クロッサは、今度は笑みで返した。
酒が想像以上に魔王の口に合ったらしい。
報告会議は、そこでお開きとなった。
魔王が消えると、魔将軍の一人が彼に殴りかかってきた。
オーガの男だ。
「ふざけるのも大概にしろよ、人間が!!」
それをヒョイっと避けて、クロッサは魔将軍を簡単に転ばせる。
そして、その魔将軍を椅子にして座ると、
「ふざけてる人間に椅子にされてる人がなんか言ってるー。
めちゃくちゃ弱いのに、なんか言ってるー」
と、フォーマルな口調から小馬鹿にした口調に変えてそんなことを言っていた。
なんなら、ケラケラと子供のように笑っている。
先程とは別人のようだ。
「こんな弱いのが魔将軍なんてなー、魔王軍の恥さらしもいいとこじゃね?」
そこで、フフっと今度は女の魔将軍が上品に笑った。
夢魔族の女性である。
「このっ、」
その魔将軍はさらになにか言おうとしたが、その前にクロッサが腹に一蹴りいれる。
それだけで、魔将軍は血を吐いて動かなくなった。
「あーあ、弱いなあ」
なんて呟いて立ち上がる。
それから会議室を出た。
後片付け諸々は、魔王城で働くもの達がやるはずだ。
さっさと帰ろうとするクロッサを、モルテが追いかけてきた。
「ねぇねぇ、待ってよクロッサ君!」
無視してクロッサは歩を進める。
モルテは構わず横に並んで歩きながら、言葉を続けた。
「今回の任務で面白い子にあったんだよー。
さっきは報告しなかったけど」
聴こえていないかのように、クロッサは歩き続ける。
「新しくコレクションに加えようとしたんだけどねー。
失敗しちゃった♡」
クロッサの歩みは止まらない。
「シンノウ・サートゥルヌスって、近衛騎士団の子だったんだー。
君によく似、」
モルテの言葉が止まった。
なぜなら、一瞬のうちにクロッサに首をつかまれ、床に叩きつけられていたからだ。
「あははは、やっと僕を見てくれた!!
やっぱり君の身内か!!
家族って言うんでしょ?
大切な子なんだ??
そんな反応をするくらい、君にとってその子は大切な家族なんだ??」
クロッサの目が細められる。
モルテはその目に興奮する。
「なにをした?」
「ん?」
「お前、アイツになにをした?」
「教えてほしい?
ねぇ、教えてほしいの??」
「こたえろ!!」
モルテは、この青年に殺される悦びを感じた。
この青年の感情を一身に受けて殺されるのも、また気持ちいいだろうなと、そう思った。
彼を手に入れたいけれど、彼はきっと手に入らない。
それくらい強いから。
それになにより、
「壊れかけてるって思ってたのに。
もうすぐ壊れるって思ってたのに。
君はまだニンゲンなんだね。
強いねー、だから僕は君のことが大好きなんだよ」
モルテが答える代わりに、そんなことを呟いた。
モルテの首を絞める、クロッサの手の力が強まる。
「わけのわかんないことを」
「なにも。
なにもしてないよ。
少なくとも、君が想像してるようなことは何もしてない。
愛でたかったんだけどねー。
少しだけ殴ったらいい声で鳴いてくれたし。
会議でも言ったけど、僕負けて逃げてきちゃったからさぁ。
もうちょっとで君の代わりにコレクションできると思ったんだけど、人間って面白くて強いよね~」
そこで、クロッサはモルテの首から手を離した。
かと思うと、会議室でオーガの魔将軍にしたように思いっきりモルテの腹を蹴りつけたのだった。
モルテの体が床にめり込む。
クロッサは足早に魔王城をあとにした。
すぐに、自分に割り当てられている屋敷へと向かう。
屋敷に入ると、クロッサは声を張り上げた。
「イルル!!ギルベルトと連絡を取れ!!
今すぐだ!!」
イルルと呼ばれたラミア族の女性が、慌てて姿を現した。