14 おさがり
「あれ?」
戸棚をゴソゴソと漁っていた、サートゥルヌス家の次男、フェイ・サートゥルヌスは首を傾げた。
そこにサートゥルヌス家の長女、ミタマ・サートゥルヌスが畑仕事から戻ってきて声をかけた。
「どしたの?」
「あ、姉ちゃんのお気に入りだったあのカップどこ?」
「カップ?」
「ほら、ウカノ兄ちゃんのためにわざわざ俺とカイまで連れ出して、探してきたアレ」
「あぁ、聖杯?」
「そうそう、それ」
「シンにあげたけど」
「えぇー、シンにあげたの??」
「だって、ウカノのためにアレでポーション作って飲ませても効果無かったし。
ある程度のポーションなら普通に作れるしね」
「俺が貰いたかったのに」
「え、なんで??」
「酒代節約しようと思って」
「また水でワインを作るつもりだったのか」
「あのカップで作ったワイン、絶品なんだぞ?
それはそうと、シンはお下がりのカップが聖杯だって知ってるのか?」
「一応、説明はしといたよ。
ポーションを作ったら、このカップに入れてちゃんと効きますようにってお祈りするんだよ、って」
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"」
フェイは笑うのを必死に堪えてしまう。
「?」
「聖杯だよって、しっかり伝えたの??」
「え、言わなくてもわかるでしょ。
普通、カップに入れてお祈りするだけで凄いポーションなんて出来ないんだから」
おそらくそれだけでは、肝心の部分が伝わっていないだろう。
気づかずに捨てたり売っぱらうかもしれない。
そんな会話が、とある山間部の滅んだ村の跡地で、今も暮らす姉弟によって交わされる。
フェイは、しかし急に真面目な顔になって、ミタマへたずねた。
「ところで、兄ちゃんの容態は?」
「……良くはない。
もってあと二年。
どんどん悪くなる一方」
あと二年。
それは、余命だった。
彼ら兄弟姉妹をまとめてきた、兄の余命。
ウカノはあと二年しか生きられない。
「予定通り、か」
ぼそり、とフェイが呟く。
ミタマは頷いた。
「そういうこと。
それでも、二年先延ばしにできた。
アリスのお陰でね」
アリス、というのは末の妹の名前である。
フェイは吐き捨てるように叫ぶ。
「……クソっ!
なぁ、なんとかならないのかよ!?
いくら兄ちゃんが望んで、受け入れてるからって、ただ死を待つしかないなんておかしいだろ!!
兄ちゃんがあんなことをしたのは、俺たちのせいなのに……。
禁忌に触れるくらいなら、俺たちなんて見捨てればよかったんだ。
こんな終わり方、絶対間違ってる」
「それが出来なかったんだよ。
だから、禁忌に触れた。
ウカノは泣き虫で、寂しがり屋で、優しいから。
見捨てるなんてできっこない。
おかげで私たちはこうして生きてるわけじゃん?
それにさ、だからこそウカノの友達が来てなんとかしようとしてるんでしょ。
あの人もウカノに死んで欲しくないから。
実際あの人が来て、術式で対処すると良くなってるし。
でも、それでも誤魔化し誤魔化しでしかないらしいけどね。
フェイからしたらウカノは間違えたのかもしれない。
でも、ウカノの友達はあの時できた最善だったって言ってた」
「…………。
友達なら、止めろよ。
なんで手を貸したんだよ」
ウカノが災害の時に、弟と妹たちを救うために禁忌に触れた。
それを手伝ったのが、ウカノの友達だ。
フェイはそのこともあって、ウカノの友達に対して思うところが多々あった。
けれど憎めないのは、やはりウカノとその友達のお陰で自分はいまこうして生きているという事実があるからだ。
そう、ウカノ以外の弟妹は、あの災害の日に一度命を落としている。
そしてそれは本来、取り戻すことの出来ない命であり、決まっていた運命だった。
その運命を、ウカノは禁忌に触れることで捻じ曲げたのだ。
ねじ曲げた結果、歪みが生まれた。
その歪みは禁忌に触れた者へ、つまりウカノへ降りかかることになった。
「まぁ、まだあと二年あるし。
やれることは全部やるしかない。
それでダメなら」
「ダメなら?」
「せめて全部知ってる私たちだけでも、ウカノへ笑顔でありがとうを伝えて、見送ってあげないとね」