side 理奈子
「先に、レジさせてくれてありがとう」
「いえ」
彼女は、分けてお会計をしていた。
私のレジが終わるのを待ってくれていた。
「救うって何?」
「ずっと、暗闇をさ迷っているでしょ?」
「えっ……」
この人は、エスパーじゃないのかと思った。
結婚して、新婚の三年を過ぎてからの私の人生は地獄そのもの。
不妊治療外来に足を運び、一度だけお互いに検査はしたけれど、医師から告げられたのは、原因不明だった。
何か、原因がわかれば治療に挑戦する気にもなったけれど……。
「原因不明だけど、治療しますか?」の問いに、はいとは言えなかった。
結局、一度も妊娠する事なく今に至っている。
それからは、子連れがいる時間帯は避けていた。
スーパーは、いつも子連れがいる確率が高い。
だけど、食べる為には仕方ないと割り切って行き、10分以内には店を出るようにしている。
「私、何回か会ってるんだけど知らないでしょ?」
「あ……ごめんなさい」
「謝らないでいいよ。私が、勝手に見てただけだから……。時間ある?」
「少しなら……」
「じゃあ、みんなでお茶しよう!」
嬉しそうに彼女は笑って、さっきの親子にチーズを渡す。
「時間ある?」
「えっと」
「あるんだね!じゃあ、お茶しよう」
「どこでですか?」
「すぐ近く……」
子供は泣き止んで眠ったようだ。
お母さんは、ベビーカーを車からおろして子供を乗せた。
酷く疲弊しているのが、見ただけでわかる。
「歩いて、すぐだから」
「はい」
「自己紹介は、後々」
彼女の後ろをついて歩く。
しばらくすると、喫茶店と看板のかかった場所が現れた。
「ここ」
「うるさいから、ご迷惑かけちゃうと思います」
「大丈夫、大丈夫。この時間は、お客さんいないから」
扉を開けるといわゆる純喫茶と呼ばれる店内になっている。
彼女が言うように、私達以外のお客さんないない。
「いらっしゃいませ。あーー、冬美ちゃん。好きな席に座って」
「はーーい。行こう」
「はい」
今ので、彼女が常連で冬美という名なのがわかった。
「何にしますか?」
「耳が遠いから、大丈夫だよ」
「私ね、右耳が聞こえなくてね。だから、悪口言っても聞こえないから気にしないで」
80歳前後だろうか……。
しゃがれた声で、笑って言った。
「コーヒーで」
「私も……」
「ホットにしますか?アイスにしますか?」
「アイスで」
「私も」
「じゃあ、アイスコーヒー三つね。後、あのプリン三つ欲しい。子供が起きたら子供にもね」
「はいはい」
「あの人、ずっと一人でやってるの。マスター」
マスターは、キッチンに行く。
「大変ですね」
「だよね。でも、奥さんが亡くなっちゃったし。子供も亡くしてるから……。一人でやるしかないって前に話してくれた」
さらさら流れるように話すから、普通に耳の中に入ってくる。
「私もね、兄を亡くしてるから妙に親近感湧いて通ってるんだ。あっ、自己紹介忘れてた。私は、星川冬美です」
「私は、香月理奈子です」
「私は、空井華です」
自己紹介をした私達は、軽く会釈をする。
「理奈子さんに、華さんって呼んでいい?」
「はい」
「大丈夫です」
「私は、冬美って呼び捨てで大丈夫だから」
「呼び捨ては、ちょっと……」
「冬美さんで……」
「そう?じゃあ、それで」
「お待たせしました」
「ありがとう」
アイスコーヒーと固そうなプリンがやってきた。
「冬美さんは、どうして声をかけてきたの?」
「お兄ちゃんを助けられなかったからね。誰かの役に立ちたかったのかも知れない」
「お兄さんは、何で亡くなったか聞いてもいい?」
「全然。もう、20年以上前だから」
冬美さんは、笑いながら私達に話してくれる。
胸が痛くなる話なのに、冬美さんは暗く重たくならないようにしてくれていた。
それが、余計に悲しくて寂しい気持ちにさせる。