表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

side 理奈子

「はあーー。私じゃない人の時にやってくれよ」


 玄関に入って、ポツリと呟く。

 もし、これで近所と険悪な関係になったらどうするんだ。

 ただでさえ、田舎のこの場所は有り得ない事はない。

 でも、逆に険悪になれば何も話す事もなくなり子供がいない私には好都合なのかも知れない。

 まあ、とりあえずこれを市役所に出せばいいんだよね。


 ・

 ・

 ・


 その日の夜中。

 夫が寝静まってトイレに行くと。

 あれがやってきた。

 あれは、私を憂鬱にさせる。

 その()は、女でいても無意味だとお知らせしてくれる存在。


「私だって、子供が欲しかった。だけど、何でか授かれなかった。どうして?どうして?こんな試練を与えるの。来世は、こんな悩みなかったらいいね」


 激しいお腹の痛みと溢れ出た感情で涙が止められない。

 昔、よく。

 自分がこの人生を選んできたんだよって友人の一人が言っていた。

 だとしたら、私は何故こんな人生を選んだの?

 他の人と同じでよかった。

 ()()でよかった。


 結婚して、子供を授かって。

 そんな普通の幸せを望んでいた。

 だけど……。


 期待しないようにしていたのに……。

 今月は、あれが遅れていたから期待してしまった。

 遅れてなかったら、期待しなかったのに……。


「買い物行かなきゃ!」


 近所のスーパーで、今日はチーズが安かった。

 普段は、高くて買えないカマンベールチーズやブルーチーズなども買える。

 鞄をとって、車の鍵をとって、私は家を出た。


 夫がこっちに転勤になって、安いからって理由で手に入れた戸建て。

 子なし何か一人も住んでないじゃん。

 わがままかもしれないけど、子なしがいる場所に住みたい。

 ここにいるだけで、息が詰まる。


 スーパーについて、車を降りると隣の子連れの子供の泣き声が耳に響く。


「だから、ダメだって言ってるでしょ?」

「いやだーー、買って、買って、買って」


 癇癪ってやつだろうか?

 いとこの子供が、時々なっていたのを思い出す。


「ママ言ったよね!今日は、買わないって。それに、保育園だってずる休みしたでしょ?」

「買って、買って、買って。うっさい、ばばあ」

「何で、ママの言う事がわからないのよ。もう、先に行くからね」

「それ、虐待ですよ」

「えっ?」

「置いてくなら、通報しますよ」

「いえ、連れて行きます」

「なら、よかったです」


 大変。

 でも、今の人も真面目だよね。

 わざわざ、人の事なんかほっとけばいいのに……。


「もう。ママが怒られたでしょ?」

「買って、買って、買って、ああーーん、わあーー」

「ママが泣きたいよ。もう、チーズ買うのやめようか」


 この人も、チーズ買いに来たんだ。


「何買うんですか?」

「えっ?」

「何のチーズ買うんですか?」

「あっ、子供のキャラクターついてるのととろけるチーズとカマンベールチーズを……」

「じゃあ、私が買ってきますよ」

「いいんですか?」

「はい。いいですよ!待っててください。メーカーとかありますか?」

「ないです」

「わかりました」


 ショートカットのできる女って見た目の彼女は、店に入って行く。

 私も後ろをついて行く。

 店内に入って、すぐに彼女はチーズ売り場に行く。

 私もチーズ買わなきゃ。

 予想通り、売り場は人で溢れ返っている。


「まだまだ、在庫ありますから急がないでくださいね」


 お一人様、二点までと書かれた紙が高いチーズには貼られている。


「高い商品は、各二点までになりますので間違えないようにお願いします」


 自分で二点買えるのに、あの親子に買うせいで彼女はカマンベールチーズを、一つしか自分のものに出来ないのだ。


「可哀想……あっ、ヤバ」


 年のせいだ。

 思った事が、口から出てしまった。


「あっ、さっきの」

「えっ?」

「見て見ぬふりしていた人に言われたくないです」

「見て見ぬふりなんかしてませんから……」

「子供苦手なのわかりますよ。私もそうだから……」

「別に、苦手なわけじゃないです」


 彼女に関係ないのは、わかっているのにイライラする。

 ショーケースのチーズが取れるようになり、私は急いでチーズをカゴに入れた。

 誰かと話すのは、自分をさらけ出す事。

 だから、嫌い。

 欲しいチーズを入れた私は、彼女を無視してレジに向かう。


「待って」


 彼女は、慌てながらチーズを入れて私の元にやって来た。


「お話する事は、ありません」

「失礼な事、言ったら謝る。子供苦手とかじゃなくて事情があったんだよね?」

「あなたには、関係ない事ですから」

「だから、そうやって距離取ろうとするのやめてよ」


 夫と同じ言葉を言われて、立ち止まってしまった。


「ごめん。また、酷い事言ったよね」

「別に……」

「チーズ買ったら話さない?」

「意味がわからないです」

「スーパーで、誰かに話しかけられた事が今までなかったから?」

「それもあります」

「私も、話しかけたのは今日が初めて。だけど、さっきの親子もあなたも知ってる」

「えっ?」

「最後だから、救ってあげようって勝手な考え」

「最後……?」

「次の方、どうぞ」

「私、先にお会計するね」

「どうぞ」


 彼女の最後の意味がわからなくて、見つめていた。

 私とあの親子を救うって何?

 どういう意味?






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ