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ラッシュガードは役に立たない

「栞、俺ちょっとトイレ行ってくるから待っててくれる?」


 休憩を挟んで二人で更に遊んで、そろそろ遥達との合流時間がせまってきている。その後はもう少し皆で遊ぶことになっているし、先にトイレを済ませておこうと思ったのだ。


「は〜い。ここにいるから、いってらっしゃい」


「うん。あ、その前にこれ着ておいて。濡れてるからちょっと気持ち悪いかもしれないけど」


 俺は自分が着ていたラッシュガードを脱いで栞に手渡した。栞の水着姿を隠してしまうのがもったいなくて今までは出番がなかったが、ようやく用意した本来の目的として役に立つ時が来たことになる。


「いいけど……、なんで?」


「ナンパ防止だって。離れる時は着せとけって遥に言われてるんだよ。それに俺も、俺がいない時に栞が人からジロジロ見られたらイヤだからさ」


「まったく、涼は心配性だなぁ。でも、そういうことなら着ておくね」


 ラッシュガードを受け取った栞は苦笑しながらも嬉しそうに着てくれて、ファスナーもきっちり上まであげた。


 俺に合わせたサイズなので、栞が着るとブカブカだ。袖からは指先しか出ていないし、太ももも半分くらいは隠れている。水着姿には劣るが、これはこれで可愛いと思う。


「これでいい?」


「うん、すぐ戻るからね」


 そう言い残してトイレへと向かった。昼に飲んだドリンクのせいか、プールで冷やされたせいか、割とギリギリだった。あまり栞を一人にしたくなくて今までずっと我慢していたのだ。


 近くのトイレへ駆け込み用を済ませて戻ると、見知らぬ二人組の男が栞に絡んでいるのが見えた。俺が離れていたと言っても精々2・3分のことだというのに。


「ねぇ、いいじゃん。俺達と遊ぼうよ」


 お決まりみたいなセリフで、ヘラヘラしながら栞を誘おうとするナンパ男の姿を見て、俺はため息をつきそうになった。


 本当にこんなことあるのかというのが一つと、ラッシュガードが全く役に立っていなかったというのが一つ。


 特にラッシュガードはこのためにわざわざ用意したのに。ラッシュガードごときでは隠しきれない栞の魅力が問題なのか、明らかに男物を着ているのに察することができない洞察力のなさが問題なのかはわからない。


「さっきからイヤって言ってるじゃないですか……。私、彼を待ってるところなんです……!」


 栞は身を守るように自分の腕で身体をぎゅっと抱いて、あからさまにイヤそうな顔をしていた。少しだけ怯えているようにも見える。


 さすがにこのままにはしておけないので、俺は早足で栞に駆け寄った。


「そう固いこと言わずにさ。楽しませてあげるから」


 俺が栞のもとへたどり着いてその身体を引き寄せたのは、ちょうどナンパ男が栞へと手を伸ばそうとしていた時だった。もし俺が戻ってくるのがほんのわずかでも遅かったら、強引に連れて行かれていたかもしれない。そう考えるとゾッとする。


「涼っ……!」


 栞は俺の姿を見ると、ホッとしたのか少しだけ目に涙を浮かべた。やっぱり怖かったんだろう。


「なんだ、お前? 邪魔すんなよ」


「この子、俺の彼女なので声を掛けるなら他をあたっていただきたいんですけど」


 穏便に済ませたくて、なるべく丁寧に相手をすることに。こんな場面に出くわすのは初めてで、少しビビっているというのもある。


 相手は二人で歳上みたいだし、なにより俺よりもはるかにガタイがいい。荒事になれば俺なんてあっさりやられてしまうだろう。


「はぁ? お前みたいなガキがこんな可愛い子の彼氏とか笑わせるじゃん。冗談も休み休み言えよ」


 凄まれて足がすくみそうになる。でも、はいそうですかと栞を差し出すわけにはいかない。栞は俺の一番大切な人だ、こんな得体のしれないヤツに渡すことなんてできるわけがない。


 それに、どうして見ず知らずの人間に俺達の関係をとやかく言われないといけないのかと腹が立ってきた。こんな俺でもいいと言ってくれる栞のことまで侮辱された気もして。


 ふと、先日のことを思い出した。悪ノリと勢いでのことではあるが、俺達は婚約者になった。お互いの両親公認で、すでに恋人よりも上の関係なのだ。


 それをこの失礼な輩に知らしめたくなった。


「そうですね、彼氏でも彼女でもなかったです」


「ほらな、じゃあ大人しくひっこんで──」


「彼女は俺の大事な婚約者です。あなた達には渡せません!」


 俺はイラ立ちまぎれにそう吐き捨てて、栞の手を取ってナンパ男達に背を向けた。そしてそのまま歩き出す。


「おい、待てよ!」


 これでも食い下がってくるらしい。いい加減うんざりしてきて、


「これ以上しつこくするなら監視員呼びますから」


 俺がそう言うと、さすがに大事になるのはまずいと思ったのか、それ以上追いかけてくることはなくなった。


 念の為もう少し距離を取っておこうと歩き続けていると、程なくして栞が立ち止まる。


「りょ、涼? ちょっと痛いよ……」


 どうやら腹が立ちすぎて力加減を誤ったらしい。よく見ると、俺が掴んでいた栞の腕は少しだけ赤くなっていた。一人にしてしまったことに加えて更に申し訳なくなる。


「あっ……。ごめん、栞……」


「ううん、平気だよ」


 そう言ってくれる栞を思わず抱き寄せた。


 こんなことになるくらいなら、遥達と合流してから行くべきだったと後悔が湧いてきて。今回の件は完全に俺の落ち度だ。俺のせいで栞に怖い思いをさせてしまった。


 どうしようもない感情が渦巻いて、こうすることしかできなかった。


「ありがとね、涼」


「栞……」


 俺のせいなのにお礼を言う栞に、それ以上の言葉が出てこない。そんな俺の胸に栞は顔を埋める。


「涼も、怖かったよね……。だってこんなに……。私がもっとしっかり拒絶してたら……」


 栞にそう言われて初めて気が付いた、自分の身体が震えていることに。今更になって怖くなってきたらしい。


 だが栞が連れ去られてしまう恐怖に比べたらあれくらいはなんてことない。栞が無事でいてくれたことが本当に良かったと思う。


「だから、ありがと、涼。嬉しかったよ……」


「お礼を言われるようなことじゃ……。俺も栞が連れてかれたら困るし、さ。一人にしてごめんね。栞だって怖かったでしょ……?」


「それは大丈夫、だよ。涼が助けてくれたから。だからね、もう謝らないで?」


「うん、わかったよ」


 せっかく遊びに来ているのにいつまでも引きずっていても仕方がない。謝りすぎても栞が気を遣うだろうし。


 だからこの話はこれで終わり、そう思ったのだが──。


「私……、本当に涼に助けられてばっかりだね……」


 最後に栞はそう小さく呟いて、力なく笑ったのだった。



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