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油断は禁物

 昼休憩の後、遥と楓さんと分かれ栞と二人きりになった。楓さんはまだまだはしゃぎ足りないようで、休憩もそこそこに遥を引っ張って行ってしまった。俺と栞はもう少しだけ休んでいくことにして、レストランの席に残っていた。


 俺はまだ栞と見つめ合っていた余韻で頭がポーっとするし顔も身体も火照ったままだ。


 まぁ、それもプールに入れば多少は冷めるだろう。


「俺達もそろそろ行こうか?」


「うんっ!」


 この火照りの原因である栞は、さっきのが余程お気に召したのか、べったりと俺にくっついてくる。


 ……やっぱり冷めないかも。


 なんて思うが、遥達がいなくなった今、泳げないという栞に注意を払うのは俺しかいない。浮かれて事故を起こさないようにしなければ。


 これからどうしようかと相談しながら栞を連れて歩いていると、『浮き輪レンタル』というのぼりが目に入った。安全に遊ぶためにはうってつけかもと思い、浮き輪を借りてきて手渡すと、栞は頬をプクッと膨らませる。


「なんか子供っぽくない……?」


「そんなことないよ。大人でも使ってる人いるし」


 近くのプールでは、浮き輪を使ってプカプカと浮いている人がそれなりにいる。子供が多いのは否定しないけど、中には大人も混じっているので栞が使っていてもおかしくはないだろう。


「ほら、こんなところにいたら暑いしさ、プール入ろうよ」


「あっ、ちょっと待ってよ、涼」


 炎天下にずっといたら熱中症にでもなりそうだし、なによりせっかく二人きりにしてもらったのだから楽しまないともったいない。


 じっと浮き輪を見つめていた栞の手を取り、やや強引に近くの流れのあるプールへ向かう。水の中に入るとヒンヤリとして火照った身体が冷やされて気持ちがいい。栞もしぶしぶ浮き輪に身体を通して俺の後に続く。


 浮き輪に身を任せてプカリと浮かぶ栞は最初こそ恥ずかしがっていたものの、だんだん心地よくなってきたのか、リラックスした表情になり俺を見つめてくる。


「意外と悪くないかも、これ」


「でしょ?」


「うん、気持ちいいね、涼」


「そうだね」


 俺も外側から浮き輪に掴まり、栞と一緒にフヨフヨと流されるままに水面を揺蕩う。時折、栞とおでこをくっつけて見つめ合い、わけもなくクスクス笑ったりして。


 午前中にウォータースライダーではしゃぎ回ったのも楽しかったけど、どちらかといえばこういうのんびり穏やかな時間の方が俺の性にはあっているらしい。


 日頃から俺の部屋で栞と一緒にダラダラする時間を好んでいるのだから当然かもしれないが。


「あっ、涼。ちょっとそこで待ってて」


 しばらくそうして漂っていたのだが、栞は何か気になるのもがあったのか水から上がった。浮き輪から身体を抜いた栞は、今度は浮き輪の穴に腰を下ろしてプールに戻ってきた。


 全身を浮き輪に支えられて浮かぶ栞はご満悦な表情を浮かべている。浮き輪が恥ずかしいと言っていた気持ちはもうどこかへ行ってしまったらしい。


「へへ、他の人の真似してみちゃった」


 確かにこういう浮き輪の使い方をしている人はちらほらいるが。


「いいけど栞、落ちないようにね?」


 浮き輪の上に座っているのでさっきよりも安定感はない。栞が楽しそうだからあまりとやかく言いたくはないが、安全には気を付けてもらいたいところだ。


「大丈夫だよー。ふふ、涼は本当に心配性なんだから」


 そう言いながら、栞は脚でパシャリと水を蹴る。先程までは水の中に隠れていた栞の脚に思わず釘付けになってしまう。白く滑らかで、ほっそりとしているのに柔らかそうな脚、そんなの見るなという方が無理な話だ。


「ねぇ、涼?」


「ん、なに?」


「えいっ!」


 つい見惚れていた俺の顔めがけて、栞が水を掬ってかけてきた。


「わっ、ちょっと栞?!」


「ふふ〜ん、脚ばっかり見てるからだよ? 涼は本当にえっちなんだから」


 別にやましい気持ちで見ていたわけじゃなくて、ただラインの綺麗さに見惚れていただけなのだが。でも視線の先がバレてしまったのが恥ずかしくて、俺も無言で栞に水をかけ返した。


「きゃっ! もうっ、りょ〜う〜?」


「お返しだよ」


「それなら私だってっ!」


 バシャバシャと音を立てながら、手だけじゃなく脚も使って水をかけてくる栞。俺もそんな栞に負けないようにやり返して。髪までずぶ濡れになるほど水をかけ合っていると、こないだの風呂場でのことを思い出す。


 あの時もこうやって水をかけ合って、年甲斐もなくはしゃいでしまったっけ。


 こんなにも水遊びで楽しめるなら、もっと早く来れば良かった。とはいえ、俺達だけではたぶん来ることはなかっただろうから、連れてきてくれた遥達には感謝しないと。


 そんなことを考えていた俺はきっと油断しきっていたのだろう。栞も尚もバシャバシャと夢中になっているし、こうなることは目に見えていただろうに。


 栞が足を振り上げた拍子にバランスを崩して、浮き輪ごとひっくり返ったのだ。


「わっ……!」


 そんな声を上げながらドボンと音を立てて栞が沈み、姿が見えなくなる。


「ぷはっ……! わぷっ……!」


 すぐに水面から顔を出してきたが、突然のことにパニックになっていように見える。浮き上がろうと懸命になるほど余裕がなくなり、浮いたり沈んだりを繰り返す。


 慌てて栞の側へ近付くと、縋るように抱きついてきた。柔らかい身体を抱きとめると、そちらに意識が向いてしまいそうになるが、必死でそれを振り払う。まだ栞は藻掻いていてそれどころではないのだ。


「りょ、涼っ……!」


「栞、落ち着いて。大丈夫だから。ここ浅いからちゃんと足つくよ」


 どうにか落ち着かせようと声をかけるが、栞はその顔に苦痛を浮かべる。


「ち、違うのっ! 脚っ、脚がっ……」


 どうやら慌てて浮き上がろうとした拍子に脚をつってしまったらしい。俺は急いで流されかけていた浮き輪を回収して、栞を抱えて水からあがりプールサイドに座らせた。



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