二人だけの世界に浸って
先に行きかけていた遥達に追いつき、四人でプール内にあるレストランへと向かう。どうやら各々カウンターで注文して、自分で席に運ぶスタイルらしい。
ガーデン席があったので、先にそこで席を確保することに。パラソルのついたテーブルで開放的な感じもなかなか悪くないし、真昼の暑い日差しも避けられるようになっている。結構混み合っていたので、空いている席を見つけられたのはラッキーだったかもしれない。
午後からも遊ぶことを考えて、それぞれ軽めの食事をチョイスしてのランチタイム。こういう場所特有の大雑把な味付けだったが、雰囲気も手伝ってそれなりに満足できた。
昼食をとり、しばらく座っていたので疲労感もそれなりに解消されてきて、これでしばらくは栞にへんにゃりしてると言われることもなくなることだろう。
「んじゃ、この後は二手に分かれよっか?」
食事を終えた楓さんがそう提案してきた。俺としてはこの後も楓さんのペースにずっと合わせていると息切れしてしまいそうだし、栞とものんびり遊ぼうと言っていたので助かるけど──。
「俺はいいけど、楓さんはそれでいいの? 栞とずっと遊びたがってたのに」
この日のために必死になって、遥も巻き込んで宿題を片付けたと言う割にはあっさりしている。
「前半でだいぶ構ってくれたから大丈夫だよ! しおりんと遊ぶの、これが最後ってわけじゃないしさ。それにしおりんだって二人きりの時間はほしいでしょ?」
なるほど、気を遣ってくれているというわけだ。と思ったけど、もしかしたら楓さんも遥と二人きりになりたかったのかもしれない。この二人だって俺達に負けず劣らずのバカップル具合なのだから。
「それは嬉しいけど、その前に彩香。ちょっとだけ相談いい……?」
「ん? なになに?」
栞は立ち上がり、楓さんになにやらコソコソと耳打ちをし始めて、話が終わると楓さんはニヤッと笑う。楓さんのその微妙な表情を見て、俺は少しだけイヤな予感がした。
「うふふ、いいよいいよー! そういうことなら私達も付き合っちゃう!」
「よかったぁ。じゃあ、涼と柊木君は少しここで待っててね」
栞はそう言い残して、楓さんを引き連れて売店の方へと向かっていく。
「なぁ、涼。黒羽さん、何するつもりなんだ?」
「さぁ……?」
よくわからないまま取り残された俺と遥は顔を見合わせて首を傾げることしかできなかった。
楓さんがニヤけた理由がわかったのは二人が戻ってきた時だった。二人がそれぞれ手にしていたのは一人分にしては大きすぎるサイズのグラス。その中にはトロピカルな色合いの炭酸飲料と思しき液体が入っていた。
そして、一番問題なのはグラスに刺さっているストロー。二本刺さっているのだが、その二本は絡み合いハートの形を描いていた。どう見てもカップル用という出で立ちに、栞と顔を寄せ合い飲む姿を想像して照れくさくなり身体が熱を帯びてくる。
「まて……。そんなのどこで売ってたんだ……?」
「そこの売店だよ。さっきご飯注文しに行った時にしおりんが見つけたんだって」
「いや、それはいいけど……。俺が聞きたいのは、なんでそんな恥ずかしいの買ってきたんだってことだよ……」
「だって、しおりんが高原君とこれ飲みたいって言うから」
「じゃあ涼達の分だけでよかっただろうが!」
「いいじゃん! せっかくのダブルデートなんだし! 遥いつもこういうのイヤがるから、私だってしてみたかったの!」
なにやら言い合いを始めた遥達を見て、栞は不安気な表情になる。
「……涼もこういうのはイヤだった?」
「いや、イヤじゃないけど……。ちょっと恥ずかしくはあるかな」
「イヤじゃないなら、我儘聞いてもらっていい……?」
「栞がそう言うなら……、うん、わかったよ」
栞にこんな顔をさせておくくらいなら、俺が少し我慢すればいいだけのことだ。俺だって周りの目が気になるだけで、栞のしたいことならなんでも叶えてあげたいって思っているのだから。
「あーあー、高原君は優しくていいなー? いいよっ、意地悪な遥は放っておいて一人で飲むからっ!」
「だー、もうっ、わかったって! やりゃいいんだろ、やりゃ!」
「本当?! へへ、遥大好きー!」
「うわっ、やめろ! こんなところでくっつくな!」
「やーだよーっ!」
なにはともあれ、俺も遥もお互いの彼女を止めることなんてできないのだ。栞は俺の、楓さんは遥の扱い方をよくわかっているみたいだし、なにより二人とも押しが強すぎるから。
「じゃあ、はい、涼」
そう言ってストローを差し出されたので、口を近付けて飲もうとすると、反対側から栞の顔が近付いてくる。二人きりなら何度もキスだってしているのでなんてこともない距離感だけど、こんな場所で水着姿の栞ととなるといつも以上にドキドキと心臓が暴れ出す。
栞は真っ直ぐに俺を見つめてきて、恥ずかしくなってつい目線を逸らしてしまった。
「ねぇ、涼。目、逸らさないで? 私のことちゃんと見てくれてるのは知ってるけど、もっと私を見てほしいの。もっともっと私だけを見て?」
……俺の彼女は大変我儘でいらっしゃる。甘えん坊で、独占欲が強くて。心の弱いところはあるけれど、俺に対しては優しくて素直でちょっぴり強引。
俺はそんな栞が大好きなんだ。
囁くような言葉に逆らえずに、しっかりと栞の目を覗き込んだ。しっかり見つめたら見つめたで、今度は澄んでいて綺麗な瞳に吸い込まれていくかのように目が離せなくなってしまう。
そんな俺に、栞は幸せそうに目を細めて微笑みかけてくれる。
「へへ、ありがと。涼の目ね、優しくて本当に大好きなの」
「うん……、俺も栞が大好きだよ」
俺達はどちらからともなく手を取り合い、指を絡ませた。お互いに無言で見つめ合って、時々ドリンクを飲み、それだけのことなのに幸福感で満たされていく。
あれだけ恥ずかしいと思っていたのもだんだんと気にならなくなってきて、周りの喧騒すらも遠ざかっていく。それはまるで、世界に俺と栞の二人しかいないような錯覚をさせるものだった。
しだいに栞の瞳はトロンと潤みを帯びてきて、目で俺への想いを伝えてくれる。言葉なんてなくても、気持ちが抑えられていないのが手に取るように分かる。
俺も負けじと見つめ返して栞へ自分の想いをぶつける。何者にも代えられない、可愛くて大切で大好きな彼女だよって。想いが溢れて仕方なかった。こんなに魅力的な女の子が俺のことを好きだと想ってくれることが、ただただ嬉しい。
ドリンクを飲み終え、グラスの中身が空になっても目を逸らすことができないまま。二人だけの世界にいつまでも浸っていたくて──。
「おーい! 二人とも戻ってこーい!」
遥の呆れた声に邪魔された。せっかくいい気分だったのに。
遥が言うには俺達はたっぷり十分もの間見つめ合っていたそうだ。俺の体感では一分くらいだと思っていたし、まだまだ足りなかったのだが。きっと栞は俺の時間を操る魔法でも使っているに違いない。
「いやぁ、さすがだね二人とも! 私達なんて目じゃないよね。あまりのラブラブっぷりに視線集めまくってるし、つい私も見入っちゃったよ!」
楓さんの言葉で我に返って周りを見渡すと、微笑ましげなものから羨むような視線まで、いくつも俺達に向いているのがわかる。そのほとんどは俺と目が合いそうになるとスイっと逸れていったけど。
「周りのことなんていいでしょ? 私は嬉しかったよ?」
「それなら、まぁ……」
栞にニッコリと微笑まれると、それなら良かったのかもと思ってしまうチョロい俺だった。
「それより彩香、例のは?」
「そりゃもうばっちりよ! 二人にも送ってあげるからね」
「うん、ありがと」
楓さんはスマホを片手にヒラヒラさせて。どうやら栞に頼まれて写真を撮っていたらしい。シャッター音はしたはずなのに、全く気が付かなかった。それだけ栞に夢中になっていたということで……。
まぁそれも今更なんだけど、やっぱり最後はちょっとだけ恥ずかしかった。更に送られてきた写真を見て悶えるはめに。
とはいえ、消すなんてもったいないことができるわけもない。せっかくの写真なので保護をかけて大切に保存したのは言うまでもないことだろう。




