小悪魔な栞
滑り始めると、水の流れも手伝ってどんどん速度があがっていく。思っていた以上にスピードが出て、少し驚く。気を抜いたら栞を離してしまいそうで、しっかりと抱きしめていた。
途中で栞が何か言っていたみたいだけど、水の音にかき消されてよく聞こえない。でも、腕から栞がはしゃいで笑っている振動が伝わってきて、俺までつられて笑っていた。
出口から栞と一塊になって飛び出し、派手に水しぶきをあげながら身体が水に沈む。急いで水面から顔を出すと、すぐ隣から栞も浮上してきた。コースの途中ではしっかりと栞を掴まえていた俺だが、プールに着水する衝撃で腕が解けてしまっていた。
「ぷはっ……!」
水面から顔を出した栞は水を纏い、太陽の光を反射してキラキラと輝き、満面の笑みを浮かべてとても綺麗だった。
しばらく眺めていたくなるほどだったけど、離さないと言ったのに離してしまったので、慌てて栞の手を取ろうとすると、逆に栞の方から俺に飛びついてきた。
水着姿という無防備さでくっついてくるので、栞の柔らかい感触がいつもより感じられてドキっとさせられる。俺もラッシュガードを羽織ってはいるが、前を開きっぱなしにしているので余計に。
栞は俺の動揺を知ってか知らずか、笑いながら更にグイグイ身体を押し付けてくる。
「へへっ。涼っ、楽しいねっ?」
「う、うん。でもそんなにくっつくと、その……」
色々とまずいことになる。楽しいのは否定しないけど、これ以上されると水から上がれなくなってしまいそうだ。
「あっ……。もう、涼のえっち」
「うっ……」
今の俺達の状態に気付いた栞にじとっとした目で見つめられて言葉に詰まる。栞はあたふたする俺を眺めた後、おかしそうにクスリと笑った。
「ふふっ、冗談だよっ。だってわざと当ててるんだもんっ」
「……栞がどんどん大胆になってく」
ミニスカートやノースリーブで恥ずかしがっていたのはどこへ行ったのやら。栞はいつもとは違う、小悪魔的な笑みを浮かべていた。まるでどれだけ俺をドキドキさせられるのかを試しているかのように。
栞はどんどん新しい顔を見せてくる。そのどれもが魅力的で可愛くて、目が離せない。一瞬たりとも見逃したくないって思う。
「ちょっと恥ずかしいけど、涼をドキドキさせられるならこれくらいは、ね? けど、こんなこと涼にしかしないから安心してね」
「そりゃ……。こんなの他の人にされたら、俺おかしくなっちゃうからね?」
想像だけで嫉妬で狂ってしまいそうだ。本当なら水着姿だって俺が独り占めしたいくらいなのに。
「わかってるよ。涼だけの特別、というか他の人にはしたいとも思わないしから。あっ、でも後で彩香と滑るけど、その時にくっついちゃうのは許してね?」
「楓さんとなら、まぁ……」
俺のことを特別と言ってくれる栞の気持ちはしっかり理解している。俺だってこんなにも触れたいと思うのは栞だけなんだから。
それに楓さんからは栞と仲良くしたいというのがすごく伝わってくるので、それくらいなら大丈夫だと思う。俺の言った他の人というのはもちろん男のことであって、女の楓さんに嫉妬しても仕方がないのだ。
同性が好きという人がいるのは理解しているし、否定をする気もないけれど、楓さんには遥がいるのでそれには当てはまらない。
まぁでも、その間は栞を取られることに変わりはないので、今のうちにとしっかり栞を抱きしめておいた。俺の腕にすっぽりおさまる丁度いいサイズと柔らかい感触にこのまま離したくなくなってきた。
俺だけがこんなにも栞に触れられる、その特別を感じて──。
「ちょっと二人ともー?! そんなところでイチャイチャしてたら危ないよー?! 早く上がっておいでよ!」
先に降りていた楓さんの声がして我に返った。栞を前にするとついついこうなってしまうが、俺達がいるのはウォータースライダーの出口付近。早くどかないと次の人が降りてきてしまう。
「ほらっ、行こっ?」
「んっ」
栞に手を引かれてようやく水から上がると、タイミングを見計らったかのように次の人が降りてきた。楓さんに呼ばれなかったら危うく衝突していたところだ。
うん、次からは気を付けよう……。
遊びに来ておいて、事故って怪我なんてしたら目も当てられない。
それから俺達はひたすら色んな種類のウォータースライダーを楽しむことに。栞と楓さんが一緒に滑るのを遥と見守ったり、四人でゴムボートに乗り込み滑ったり。
栞に後ろから抱きつかれながら滑った時は理性が崩壊するかと思った。その後感想まで聞いてくるんだから、今日の栞は本当に小悪魔だと思う。
*
「はぁ〜、遊んだねぇ! 私、なんかお腹空いてきちゃった」
楓さんがそう言い出したのは、ウォータースライダー三昧で少し頭がフラフラしてきた頃、ちょうど時間も昼過ぎだった。
「んじゃ良い時間だし、飯でも食うか?」
「おー! ごっはん、ごっはんー♪」
これだけ遊び回ってお腹が空いたと言っているのに楓さんは相変わらず元気で、遥もまだまだ余力があるように見える。
どうやら疲れ始めているのは俺だけらしく、体力の違いを思い知らされる。普段から元気な楓さんと、それに付き合っている遥はともかくとして、栞まで。
栞だって俺と同じく筋金入りのインドア派なはずなのだが。腕に引っ付いている栞に視線を向ければ、ニコニコ顔で疲れなんて微塵も感じられない。
「ん? どうしたの、涼? 私の顔何か付いてる?」
「ううん。栞が楽しそうだなって思って見てた」
さすがに俺だけ疲れたなんて情けなくて言えない。それにできる限り付き合うって決めていたから。
「うん、楽しいよっ」
そう言って笑う栞は、俺の顔をじっと覗き込んで首を傾げた。
「ねぇ、涼?」
「うん?」
「ご飯の後はもうちょっとのんびり遊ぼっか? 涼、少し疲れてきてるでしょ?」
「へ……?」
「だってなんかいつもよりへんにゃりしてるし」
「……へんにゃりって、何?」
「わかんないけど、今の涼なんかそんな感じなんだもん」
栞の表現はともかくとして、表には出さないように気を付けていたというのに、あっさりと見抜かれたということになる。
情けないやら恥ずかしいやら。栞の前でくらい格好つけたいと思うけど、なかなかうまくはいかないらしい。隠し事ができないくらい俺のことを見てくれてるのかもしれないと思うと嬉しくはあるけど、それはまた別の話だ。
「朝にあんなこと言ったけどね、別に無理しなくてもいいからね。私、涼と一緒ならそれだけで楽しいから」
「うん、わかった。ありがと」
「じゃあまずはご飯だね! 彩香達にも置いてかれそうだし追いかけるよ!」
言葉とは裏腹に俺の手を引っ張っていく栞に俺は苦笑を浮かべる。栞が楽しそうでなによりではあるが。
とにかく昼食をとりながらしっかり休憩をしよう、じゃないと帰る前に倒れそうだ。




