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朝の早い彼女

 ──ね、涼? 涼、起きて?


 まだアラームも鳴っていないというのに、俺を起こそうとする声が聞こえる。しばらくするとゆさゆさと揺すられてさすがにこのまま寝続けることができなくなってきた。


 ボーっとする頭のまま瞼を開けると、そこには俺の顔を覗き込む栞の姿があった。


「あっ、やっと起きた。おはよ、涼」


 栞は微笑みながら朝の挨拶をしてくれる。でも俺の頭はまだ状況を正常に理解できていない。


 なんで栞がいるの?


 もしかしてアラームが鳴ってないと思っただけで実は……?


「おはよ、栞……。えっと、今、何時……?」


「んーとね、7時ちょっと前だよ。ごめんね? なんかウズウズしちゃってね……、えへへ、来ちゃった」


 栞ははにかみながらそう言う。


 ……良かった。俺が寝坊をしていたわけではなさそうだ。でも、それにしては──


「早すぎない……?」


「だって! 今日は彩香達もいるんだもん。涼と二人の時間だって欲しいじゃない?」


「そ、そっか……」


 俺との時間を大事にしてくれているのはとても嬉しい。それにこの時間なら母さんはとっくに起きているし、栞なら普通に招き入れてもらえるだろうからたぶん問題はないはずで。


 でもやっぱり早すぎると思う俺だった。


「ほらほら、早く起きて? 起きてくれないとキスしちゃうよー?」


 俺を急かす栞だが、キスしてくれるならこのまま寝ててもいいかななんて思ってしまう。それに起きたら起きたでするくせに、まったく栞は……。


 主導権を握られっぱなしになりそうなのが悔しくて、俺はおもむろに起き上がると、栞を引き寄せて俺の方からキスをした。


 いつも栞に会うとキスをするのが挨拶みたいになっているので、栞の顔を見たら俺も我慢ができなかったというのもある。


「へへ、涼からされちゃったぁ」


 ふにゃりと笑う栞が可愛くて、強引にベッドに引き込んで、更にキスをする。まだ覚醒しきっていない頭に幸福感が溢れて、フワフワする。ぎゅっと抱きしめると栞も身を任せて──はくれなかった。


「ってダメだよ! こんなことしてたら遅れちゃうんだから」


 ……ごもっとも。栞といるだけでいくらでも時間が溶けていくのに、こんなことをしていたら準備をする時間もなくなってしまう。


「続きは帰ったら、ね?」


「あ、うん……」


 って、あれ? 帰りも栞はうちに寄っていくのかな? たぶん今日は疲れ果てるだろうから、てっきり真っ直ぐ帰るもんだと思っていたけど……。


 まぁいいか。婚約うんぬんで、事前連絡さえしておけば、少々帰りが遅くなっても色々と口うるさいことは言われないということになったし。


 栞に引っ張られてベッドを抜け出した。それから朝食をとり、身支度を整えた後、少しだけ二人の時間を楽しんでから家を出た。


 駅への道中、栞は繋いだ俺の手を大きく揺らしながら弾むような足取りで歩いている。早くから俺を起こしに来たことからもわかるが、相当浮かれているらしい。


「楽しそうだね、栞?」


「そりゃね。涼との思い出はいくらあっても困らないもん。今日は全力で楽しむからね、涼もちゃんとついてきてよ?」


 ここのところ関わることの多くなった楓さんの影響を受けているのだろうか、栞もパワフルさを身に着け始めている気がしてならない。


「が、頑張るよ」


 体力にはあまり自信のない俺だが、栞がこう言っている以上はできるかぎり付き合うつもりだ。俺だってプールで遊ぶのなんて初めてのことだし、楽しみにしている。そして栞が一緒となればそれは倍増するのだ。


 電車に乗り込みシートに腰を下ろすと、栞はそうするのが当たり前のようにぴったりと身を寄せてくる。猫みたいに頬ずりしてくる栞の頭を撫でながら、俺もワクワクするのを止められないでいた。もちろん栞の水着姿にも期待をしているが、さすがに大っぴらに言うのは恥ずかしいのでそこは黙っておいた。


 *


「おっそーい!」


 集合場所に到着するとそこにはすでに遥と楓さんがいて、俺達を待っていた。約束の時間にはまだ余裕があるはずなのに、楓さんはかなり待ちくたびれてご立腹なご様子。ぷんすこと音が聞こえてきそうだ。


「まだ時間になってないじゃない……」


 これには栞も呆れ顔だ。


「悪いな、黒羽さん。こいつ楽しみにしすぎて、もうかれこれ30分くらい前から待ってるんだよ……」


「それに遥も付き合わされたんだ?」


「おう……。こいつさ、6時に叩き起こしに来やがったんだぞ……」


「柊木君も大変だねぇ」


 なんて他人事のようにしみじみと言っているが、栞も待ちきれなくて俺を起こしに来たことを忘れているのではないだろうか。さすがに楓さんほど早くはなかったけども。


「ほーらーっ! 皆早くっ! 置いてっちゃうよ! 迷子になっても知らないからねー?!」


 いつの間にか俺達の輪から抜け出していた楓さんは、一人で先を行っていた。この場合、置いていかれるのは俺達だけど、迷子になるのは楓さんの方だと思う。


「ったく、しょうがねぇやつだな……。ほっとくとあいつ一人でどっか行っちまうから、追いかけるぞ」


 今にも駆け出しそうな楓さんを皆で追いかけることに。遊ぶ前から余計な体力を消耗するはめになったが、これはこれで楽しかったりする。


 急いだところで電車の時間なんて変わらないんだけどね。


 そこから俺達が普段使うのとは違う路線に乗り換えて、電車に揺られること30分程で目的地に到着した。


 楓さんの用意してくれたチケットで入場して、プールの入口で集合ということにして、男女に分かれて更衣室へ。


 男の着替えなんて大した時間はかからないので、手早く済ませて栞達がやってくるのを待つ。


 この辺りで最大級の屋外型のプールということもあって、夏休みも終わりがけだと言うのに割と人で混み合っていた。


 なにぶんこういうところは初めてなのでついキョロキョロしてしまう。ウォータースライダーが何種類もあったり、波の出るプールなんかもあるみたいだ。一日で遊び尽くせるのかわからないほどの規模に圧倒されていると、後ろから声をかけられた。


「涼っ、お待たせ〜!」


 振り返った俺は言葉を失い、息を呑んだ。


 いや、浴衣の時も服を選んだ時も、毎回こうなってるのは自覚している。でもそれもこれも栞が魅力的すぎるのがいけないと思う。


「へへ、涼のためにね、頑張ったんだよ? ねぇ、どうかな?」


 そこで栞がニッコリと微笑んだのがとどめとなり、俺の目にはもう栞の姿しかうつらなくなってしまっていた。

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