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お誘いと準備

 栞のお泊り最終日におこった婚約騒動もひとまずは落ち着いて、それからは二学期最初の実力テストに備えて二人で勉強をしたりして過ごしている。


 待ってもらうことになっていたプロポーズとやらはまだできずにいる。それっぽいことはすでに言っていたりするので、言葉選びに時間がかかっているのだ。できれば栞には喜んでほしいので、どうしても慎重になる。


 だがそろそろ、とは思っている。なにせ時折、栞から期待に満ちた目を向けられている気がしているから。



 そんな日々を過ごす中、楓さんから栞に電話がかかってきたのは夏休みも残すところ五日となった日の午後だった。


『しおりん、あっそぼー!』


「彩香……、宿題は終わったの?」


 相変わらずの楓さんの大音声にしかめっ面をしながら、栞は電話をスピーカーに切り替えてスマホを置いた。スピーカーにしていなくても俺の耳まで届くとは、やはり楓さんはパワフルだ。


『もっちろん! あれから毎日、朝から晩まで頑張ったんだから!』


『むしろ頑張ったのは俺だと思うけどな……』


 楓さんの後ろから遥の声も聞こえる。本当に連日楓さんに付き合っていたのだろう、その声からはどことなく疲れを感じる。


『うんうん、ありがとねっ、遥!』


『言っとくけど、来年も同じことしやがったら手伝ってやんねぇからな!』


『とか言っちゃってー、ほっとけないくせにー! うりうり〜』


『ばっ……。やめろって……!』


 先日、目の前で喧嘩を見せられはしたが、今は仲良くやっているようでなによりだ。


 ただなんとなく、来年も楓さんはやらかしそうだなぁなんて思ってしまう。こんなやり取りもきっと毎年のことなのだろう。


「それで、遊ぶって何するの?」


 ともかくこのまま放っておくと話が進まないので、口を挟むことに。


『それはね〜、高原君。プールだよっ! プール行こっ!』


「「プール……?!」」


 俺と栞は顔を見合わせた。


 そういえば夏休みに入ってすぐ辺りで栞とそんな話をしたような気がする。俺達には縁遠い場所とか言って、結局その後は話題にあがらなかったけれど。


『パパがね、仕事の関係で入場券もらってきてくれたんだよ。期限が今月いっぱいだったし、ちょうどいいかなって! ほらほら高原君、しおりんの水着姿、見たくな〜い?』


 楓さんが電話の向こうでニヤニヤしている気が……。


「いや、それは……」


 正直に言えば、そんなの見たいに決まっている。ただデートで俺が選んだ服でさえ露出が激しいと言っていた栞が大丈夫なのかが問題だ。


 と思ったが、どうやら俺の杞憂らしい。栞は「プール……」と呟きながらワクワクした様子を隠しきれていない。


「栞はプール、行きたい?」


 俺がそう尋ねれば、栞は明るい顔をした。


「行きたい! 夏っぽいことって花火を見に行ったのくらいだし、せっかくだから」


「じゃあ俺達もオッケーってことでいいのかな?」


「うんっ! へへ、涼とプール楽しみだなぁ」




『あのさ……、私達もいるからね? 忘れちゃダメだよ?』


「わ、わかってるよ……? ね、涼?」


「う、うん」


 つい俺も栞もお互いの事ばかりになりがちだが、今回はこの四人で行くことになる。ならば、なるべく皆で楽しめればと思う。


 しかし、プールとなると一つ問題が発生する。


「そういえば、栞は水着って持ってる? 俺、中学の体育で使ったのしかないけど……」


「そういえば、ないかも……」


『あー、そこからかぁ……。んー、じゃあ買いに行こっか!』


 楓さんのこの一声で翌日、デートでも行ったショッピングモールに集合して買い物をすることになった。そしてプールへ行くのは更にその翌日ということに。夏休みの残りが少ないので、なかなかタイトなスケジュールだ。



 ***



 次の日、ショッピングモールの入口で待ち合わせをした俺達は、さっそく水着売り場へと向かった。


 8月も終わろうとしているのに、暑い日が続いているせいか水着売り場はまだ残っていた。前回通りがかった時より幾分か規模は小さくなっているようだが。


「さーて! しおりんに似合う水着、選んじゃうよー!」


「え……、せっかくなら涼に選んでもらいたいんだけど……」


 栞はこう仰せだが、俺としては女性物の水着コーナーに立ち入るのはできることなら遠慮したいところだ。服を選んだ時でもいたたまれなかったのに、水着ともなれば更に難易度は跳ね上がる。


 そんな中で栞が試着を繰り返す度に意見を求めてきたら、と思うと……、平常心を維持できるかどうかわからない。


 二人きりなら付き合わざるを得ないけど、今日は強力な助っ人がいるのだから、お任せしても問題はないだろう。


「ふふん。しおりんはわかってないなぁ。とびきり可愛いのを選んで、最後までどんなのか内緒にしといた方が高原君をドキドキさせられるんじゃない?」


「そういうものなの、涼……?」


「うん。まぁ、そう、かな」


 ここはひとまず楓さんの提案にのっておく。栞には悪いが、これも俺の心の平穏のためだ。


 それにやっぱり楓さんの言う通り、どんなのを選んだのかわからない方が楽しみが増える気がする。


 栞は美少女と言って差し支えのない容姿をしているし、スタイルも良い。どんな水着だろうと着こなしてくるだろう。


 それならば初めて目にするのは、プールというロケーションの方が気分も盛り上がるというものだ。


「じゃあ涼の好きそうなの、頑張って選んでくるから期待しててね。ほら、彩香行くよ!」


「わわっ?! しおりん、そんなに引っ張ったら、あぶなっ……!」


 俺の返事で栞はやる気をみなぎらせて、楓さんは栞に腕を掴まれて連れ去られていった。可愛い彼女が自分のために張り切ってくれるというのはなかなかに嬉しいものだ。


「んじゃ俺達も涼のをさくっと選びますかね。つっても、男物なんてそうたいして種類ないけどな」


 俺も遥を連れて自分の水着を選ぶことに。とはいえ、それはすぐに決まった。俺が選んだのは無難に黒いハーフパンツタイプのものだ。


 地味だけど、派手すぎるのは俺の好みではないし、そもそも似合わないだろう。遥も「まぁそんなとこだろうな」と言ってくれたので良しとする。


 後は遥に勧められてラッシュガードも購入することに。日焼け防止とか、栞に着せて視線避けとか、そういうことに使えとのことだ。


 確かに栞が水着姿になったら視線を集めそうだし、俺の独占欲が暴走しないためにも、あった方が良いと納得した。


 わかっていたことではあるが、栞達より俺達の買い物が早く済んだ。買い物袋をぶら下げて、少し離れたところで待つことになった。



「遅くなってごめんね! しおりん素材がいいから色々着せてたら時間かかっちゃって!」


 栞達が戻ってきたのは、待ちくたびれた遥があくびなんかをし始めたころだった。


 栞は紙袋を手に、少しだけ申し訳無さそうに寄ってきた。


「お待たせ、涼」


「ううん、全然。それよりいいのは買えた?」


「うんっ」


 栞は頬を染めながら頷いた。


「高原君、期待してていいよ〜? しおりんの清楚さは損なわずに、それでいて大胆! いや〜、私が男ならきっとイチコロだったよ!」


「ちょっと彩香! まだ内緒!」


 栞が慌てて楓さんを止めるが、さすがにこれだけの情報ではどんな感じなのかまでは想像できない。


「でもね、服を選んでもらった時を参考にして、涼の好みかなっていうのにしたから、楽しみにしててね?」


 耳元でコソリと囁かれただけで、すでにドキドキが止まらなくなってしまった。実際に見たら、それこそ本当にイチコロにされそうだ。

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