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お義父さん、お義母さん

 藤堂との一件も決着が付き、無事に試験が終了して一息、というわけにもいかなかったりする。ここからもイベントが目白押しなのだ。来週末にはついに学校祭、その直後には栞の誕生日が待っている。


 学校祭、特に文化祭についてはここまで順調に準備が進んでいるので特に問題はなし。うまく先生を陽滝さんのところへ連れて行くという仕事が残っているだけだ。


 その次の栞の誕生日。栞が俺の誕生日をあそこまで盛大にお祝いをしてくれたのだから、俺も同じくらい頑張りたいところ。


 ひとまずプレゼントはすでに決めてある。これは考えている時に、なんとなく栞の誕生日を検索してみたらヒントが見つかって、すぐに決まった。初デートの時のことを思い出せば、栞も喜んでくれることだろう。


 それにプラスして当日のプランを考えているのだが、これを実行に移すには栞のご両親の許可が必要になる。今年の栞の誕生日はちょうどよく学校祭の振替休日にあたる。文化祭で結婚式をするならば、という安直な考えからの発想だった。


 つまり俺が考えついたのは新婚旅行(疑似)というもの。


 2日間ある休みの1日目から出かけて、できれば泊りがけで行けたらいいなと思っている。文化祭、体育祭で疲れた後なので、二人でゆっくりできそうな場所へというのが希望だ。貯金を少々切り崩すことになりそうだが、栞の喜ぶ顔を思い浮かべれば全然痛くはない。


 軽く調べてみると、平日なので宿の空きはまだありそう。でも、あまりギリギリになってダメでしたということになるのは避けたいので、早めに許可をもらわなければ。一応俺の両親からは、聡さんと文乃さんが大丈夫なら好きにしろと言ってもらっている。


 更にもう一つ。試験を頑張ったご褒美だ。さすがにこれだけのことを考えた後だといい案が浮かばない。思い付いても、いつもしていることと大差がなくて困ってしまう。


 これに関しては、俺が頭を悩ませている間に栞の方が先に決めてきたらしい。


「ねぇ、涼。今週の土曜日は暇? 約束してたご褒美、あげようと思うんだけど」


「暇だよ。というか、そんなの聞かなくても知ってるでしょ?」


 俺の予定なんて栞に全振りしているわけで、栞と一緒に予定を立てたりしていなければ暇に決まっている。予定がなくても毎日会うことには変わりがないのだが。


「そうなんだけど、一応ね。じゃあ、その日は午後から私のうちに来てくれる? 朝起こしに行ってあげられないのは悪いんだけど……」


「わかったよ。というか、休みの日の朝くらい栞もゆっくりしたらいいんだよ?」


 栞は土日で学校が休みだろうと朝からうちに来る。休みだからってダラダラするなと母さんにうるさく言われる前に起こしてもらえるのはありがたいし、長い時間栞と一緒にいられるのは嬉しいけれど、無理をしていないかは時々心配になる。


「いいのっ。私がしたくてしてるんだから。それとも涼は私に起こされるの迷惑?」


「そんなわけないでしょ。目が覚めた時に栞がいないと、もう物足りなくなってるんだから」


「えへへ。それならこれからも起こしに行くね」


 と、こんな会話をいつもの面々の前で繰り広げて、相変わらず呆れた顔をされたのだった。



 ***



 というわけで土曜日。指定された通りに、午後の早目の時間に栞の家へと向かった。インターホンを鳴らすと、出迎えてくれたのは聡さんだった。


「やぁ、涼君。いらっしゃい」


「こんにちは。お邪魔します、聡さん」


「おや、まだお義父さんとは呼んでくれないのかい?」


 聡さんは、ニヤリと笑って俺の顔を見る。


「いやぁ、それはまだ早いんじゃ……」


 表情を見るに冗談なのはわかるのだが、こんな事を言うのは文化祭で結婚式をやることを知ったせいだろうか。


「そうよ。まだ早いわよ。ねぇ、涼君?」


 聡さんに続いて文乃さんも俺を出迎えに出てきてくれた。ついでに助け舟まで出して──


「まずはお義母さんが先よね?」


 ──はくれなかった。


「どっちもまだ早いですって!」


 一度定着した呼び方を変えるのだけでも難易度が高いというのに、それがお義父さん、お義母さんだなんて。


「あら、残念。来週、結婚式までするのにねぇ」


「でもあれは疑似ですから……」


「疑似でも結婚式は結婚式でしょ? この人ったらすっかり栞とヴァージンロードを歩くつもりでいるのよ?」


「マジですか……?」


「そりゃあ、栞の晴れ舞台だからね。父親としてそればかりは譲れないよ」


「はぁ……。そういうものですか?」


「うんうん、そういうものなんだよ」


 どうやら俺の知らないところでどんどん話が大きくなっている模様。聡さんは大真面目な顔で言っているので本気なんだろう。当日いきなりだと混乱が起きそうなので、このことは遥と楓さんに伝えておく必要がありそうだ。


「そういえば栞は……?」


 しばらく玄関で話をしているというのに栞は一向に姿を見せない。いつも真っ先に出迎えてくれるので少し意外だ。


「栞なら朝からずーっとキッチンを占領してなにやらやってるわよ」


 文乃さんは困ったように言う。


 そういえば、黒羽家に入ってからいつもと違う匂いがしているような気がする。ふんわりと甘い香りだ。


「それにしても涼君が来ているのに出てこないなんて珍しいね。呼んでこようか?」


「あっ、ちょっとだけ待ってもらっていいですか?」


「うん?」


 栞が何を作っているのか気にはなるところだが、忙しそうにしているのならと聡さんを引き止めた。


 例の件を話すなら今がチャンスだ。


 栞には許可がもらえてから話をしたいと思っていた。期待させたのに、ダメと言われるのは可哀想だから。


「あの、お二人に相談があるんですけど……」


「なんだい? 栞がいるとできない話なのかな?」


「そうですね、まだ……」


 いきなり泊まりで旅行に行きたいなんて、断られないか心配になる。でも、お願いする前から諦めたくない。


「それで、栞の誕生日なんですけど」


「あぁ、もうすぐだね。またサプライズパーティーのお誘いかな?」


「いえ、そういうわけじゃなくてですね……。その、栞と旅行でもしてみたいなって考えてて。えっと、できたら泊まりで、なんですけど……」


 俺が要望を伝えると二人は途端に真剣な顔になる。そして顔を見合わせて頷き、聡さんが口を開いた。


「涼君。それは栞と二人だけでってことかな?」


「はい。一応、そのつもりです」


「もし何かあった時は私達や涼君のご両親が責任を負うということは理解しているかな?」


「えぇ、なんとなくは……」


 断られそうな雰囲気を感じて、弱気になってしまう。俺も栞もまだ未成年、問題を起こせばお互いの両親に迷惑をかける事になる。


「まぁ、責任については別にいいんだけどね。それが親というものだし。でもその場に私達はいないわけだよ。それでもし困ったことになった時、涼君はちゃんと栞を守ってくれるかい?」


「もちろんです!」


 ダメかと思った矢先に光明が見えた気がした。当然、いつだって栞に何かあれば守るつもりでいる。それは栞と付き合い始めた時からずっと変わらない俺の想いでもある。


「ふむ……。なら、後は涼君の態度しだいかな?」


 聡さんは真面目な顔を崩して笑う。


「態度、というと……?」


「それはついさっきのことを思い出してもらえばわかるんじゃないかな。きっと私も文乃も可愛い息子にお願いされたら断れないと思うんだけどなぁ。なんなら資金援助もしちゃうかもしれないなぁ」


 ここまでわざとらしく言われたらさすがにわかる。照れくさいのは相変わらずだけど、これも栞のためと腹をくくることにする。


「あの……、お義父さん、お義母さん。栞と二人で旅行に行かせてください!」


「よし、わかったよ。ここまで言われたらダメとは言えないからね、楽しんでおいで。でも行き先と泊まる場所が決まったら教えておくこと。何かあればすぐに連絡すること。これが最低条件だよ、いいね?」


「はいっ! ありがとうございます!」


「良かったわね、涼君。あっ、お土産期待してるからね?」


「はは、それも任せてください」


 せっかく許可をくれた二人に何もなしなんてそんな不義理なことできるはずがない。


 とにかく一番の難所を攻略できた。これで栞にも話ができる。


 ほっと胸を撫で下ろしたところで──


「お父さん、お母さん? 涼来たんじゃないの?」


 タイミングよく栞が出てきた。栞は俺の顔を見ると、嬉しそうにしつつも頬を膨らませた。


「やっぱり来てるんじゃん。こんなところで三人で何話してたの? 涼も来てたなら早く顔見せてよっ」


「ごめん、栞。ちょっとだけ大事な話をしてて」


「大事な話ってなぁに?」


「それは後でね。二人の時に話すから」


 もう許可は取れたので、ここで話してしまってもよいのだけれど、なんとなく栞の喜ぶ顔を独占したくなったのだ。


「う〜ん……。涼がそう言うなら待つけど、あんまり内緒にされると不安になるんだからね?」


「ごめんね、気を付けるよ。でも今回は栞に喜んでもらうためのことだからさ」


 今回はと言ったけれど、基本的に俺は栞に喜んでもらうことしか考えていなかったりするのだが。


「んっ、それなら話してくれるまで大人しく待つね」


「ありがと。ところで栞は何を作ってるの? なんかいい匂いがするけど」


 栞がドアを開けたことで、先程からしていた匂いが強くなっていた。


「それはね〜、もちろん涼へのご褒美だよっ。ちょうど今焼き上がったところだから、一緒に食べよ?」


 栞はそう言うと、俺の手を取ってリビングへと招き入れた。

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