酒場の爺
転移した先は昼間訪れた飲み屋の前だった。ウサカならこの時間は冒険者や日中の商売を終えた商人たちが酒場に繰り出している一番賑やかな時間帯だ。
だが、エンドゥでは店の明かりはほとんどなく、飲み歩く人影はまばらだった。
「さびれてんな。」
「なんか、飲むって雰囲気じゃないですね。」
「だから、飲まなきゃいいでしょ!」
「まあ、ねぇ。そこを何とか。」
「なに、サトシまで。」
サトシはこの世界に来てから飲み会をやったことがない。確かに日中少しは酒を飲んだが、飲み会と言えるものではなかった。ゴブリンに襲われたり、アンデッドに襲われたりと、基本戦いっぱなしの1年だ。のんびりと酒を酌み交わすなどと言う事は出来なかった。
転生前は大学生で、ようやく合コンに誘われるようになった年齢である。これから楽しい人生が……というときに、気が付けばゴブリンに襲われ続ける毎日。来る日も来る日もゴブリン。ゴブリン。レベル上げ。ゴブリン。ゴブリン。レベル上げ。である。それは気も滅入る。ようやくここ数か月文化的な生活を送ることが出来るようになった。せっかくなら飲み会というものを久々に味わいたいと思うのも仕方のないことだった。
加えて、今日はアイが居る。黙っていれば美少女。加えて最近ツンデレ気味。いや、デレはあまりないが……。この世界では酒に年齢制限がないと聞けば、一緒に飲みたいと思うのも男なら自然なことだろう……か?
「まあ、いいじゃねぇか。たまには少し飲もうぜ。今まで頑張ってきたんだからよ。」
「あんたは頑張ってないでしょ?」
「なんだと!?」
「まぁまぁ。取り敢えず店に入りましょうよ。」
サトシになだめられながら、アイとルークスは店に入る。
「いらっしゃい。」
「どうも。」
「おや、あんたたち無事だったのかい?良かった。」
「あの酔っぱらいの親父は大丈夫だったかい?」
「ああ、あれから少ししてこっちに帰ってきたよ。子供たちはずいぶん怯えてたけど、大したケガは無いみたいだったよ。ロッソの奴も大丈夫さ。」
「それは良かった。で、少し話が聞きたいんですけど。」
「ああ、いいよ。まあ飲みなよ。今でこそロッソはあんなになっちまったけどね。うちの数少ない常連だからね。助けてくれたお礼に一杯奢るよ。」
「それはありがたいな。」
「で、あの鉱山の事を聞きたいんですけど。どんな魔物が出るか知ってますか?」
女亭主はグラスを用意し、酒を注ぎながらはなし始める。
「そうさね。閉鎖される前に聞いた話だから、今はどうなってるかわかんないけど…
骸骨騎士なんかのアンデットとか、あ、首のない騎士が出たって騒いでた鉱夫が居たね。あと、屈強な大男で目が一つしかない奴に襲われたとかなんとか。」
「おいおい、結構厄介なのが目白押しじゃねぇか。」
「そんな厄介なんですか?」
「サトシ、デュラハンとサイクロプスは判るだろ?」
「ああ、ファンタジーものによく出てきますね。」
「骸骨騎士なんざ比較にならんぞ。」
「マジっすか!?やばいじゃないっすか。」
サトシは真顔になり、出された酒をあおる。先程までの浮かれた気分は吹き飛んでいた。ルークスは苦い顔をしながら話を続ける。
「確かにそんな奴らが出てくるんじゃ、鉱山閉鎖するしかないな。でも、鉱山無しでこの町はやっていけるのか?」
確かに先ほどの寂れた様子を見るにかなりの問題がありそうだった。
「どうだろうね。領主様も気に掛けちゃくれてるみたいだけどね。今の領主様が何とかしてくれればいいけど…」
「今のって?もう歳なのか。」
「いやさ、領主様は代々短命なんだよ。暗殺だとか呪いだとかいろんな噂があるけどね。長く持って20代後半ってところかな。世継ぎが生まれるとすぐ逝っちまうね。」
「じゃあ、政なんかできないだろ?」
「その辺は摂政がなんとかやってるらしいよ。まあ、あたしらには関係ないことだけどね。」
女店主とそんな話をしていると、背後から酔っぱらいの声が聞こえる。
「嬢ちゃんはかわいいのぉ」
「そんなことは良いから、早く教えて。」
『『嬢ちゃん?』』
サトシとルークス。二人の頭の上に一瞬クエスチョンマークが浮かび、慌てて振り返る。すると、昼間、木の板を眺めてにやにやしていた爺とアイが話し込んでいる。
「な、なにやってんだ!アイ!」
「情報収集に決まってるじゃない。」
「いや、そう言う事じゃなくってさ。」
「なんじゃ、お前らもこっちに来て飲むか?嬢ちゃん。やっぱり飲んだ方がいいんじゃないか?」
「飲まない。」
きっぱりと断るアイの姿に衝撃を受けながら、二人はアイたちの席に移る。
「なんじゃ、お前達ワシの話を聞きたいのか?まさかタダで聞かせてほしいなどと言わぬよな。情報は高いぞ!」
「なんだ?金取るのか?」
ルークスが訝しげな顔で爺を睨みつける。
「しつけがなっておらん若造じゃのう。が、この嬢ちゃんに免じて許してやろう。金は要らん。酒を奢れ!そして、嬢ちゃん。おぬしも飲め。」
「飲まない。」
アイは頑なだった。
「で、どんな情報なんだ。それ次第だよ。」
「なんじゃ、まずは奢れ!話はそれからだ!!」
ルークスはしばらく爺とアイを交互に睨みつけていたが、やれやれと言った表情で女主人に告げる。
「おい、こっちに酒をくれ。四杯だ。」
「だから飲まないって言ってるでしょ!」
「わかったよ。前に置いとくだけだ。」
女主人がけだるげにカウンターからグラスを運んでくる。ルークスは目の前にグラスが置かれたことを確認すると、
「おい、これでいいだろ?どんな情報だ?」
「けっ!せっかちな奴じゃの。まずは口を湿らさにゃ、うまく口も回らんわ」
「十分回ってんだろうが!さ、早く言えよ。」
「この若造が、躾がなっとらん!。」
「良いから早く教えてよ!」
アイはえらく強気である。
「くぅ~。嬢ちゃんにそう迫られちゃ、たまらんのぅ」
爺が身もだえる。その様子にアイが顔をしかめる。
「そんなのは良いから!」
あくまでドSである。サトシは呆気に取られてそのやり取りを眺めるだけだった。
「仕方ない。よく聞いておけよ。お前らが行こうとしておる鉱山は、もともとは神殿だったんじゃ。」
爺はゆっくりと話し始めた。
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