プライスレス
「この金どうする?」
「どうしましょうか?俺たち金持ちになっちゃいますかね。」
「すげーな。金の生る木を地で行くとは。お前やるな!」
「いやー。まいっちゃいますね。」
などとはしゃいでいたサトシとルークスだったが、この金の扱いを考え始めて、はたと高揚した気持ちが覚める。
「これをどうやってこの世界の金に換えるか……」
「直接作っちゃいますか?」
「いや、偽造だろ?それ。さすがにそれは良心の呵責が……」
「ああ、確かに気が引けますね。じゃあ、どうします。」
「ギルド……かなぁ。」
「確かに、ギルドに持っていけば換金してくれそうですね。」
「ただ、そこまでの信用が俺たちにあるかだな。」
「ギルドなら鑑定スキル持ってるんじゃないですか?」
「いや、持ってるだろうけどさ……そういう金自体の信用じゃなくて、俺たちの信用だよ。」
「俺たちのですか?それこそ、金が本物だと分かってもらえれば、信用なんていらないんじゃ……」
「少しの量ならな。大量に持っていったら、それこそどうやって手に入れたのかって思うんじゃないか?」
「確かに、野党の類だと思われるのもまずいですね。」
確かに二人の心配も尤もだった。ギルドは信用商売である。当然取引する相手の信用も重要となるため、盗品の類は極力扱わないようにしている。そんな中、出所不明の金銀財宝を持ち込む冒険者が居れば、怪しまれるのも当然だ。最悪マークされ、素性を調べられるかもしれない。そうなればスキルの事もばれてしまう。サトシのスキルは利用価値があるため拉致監禁など身に危険が及ぶ可能性もある。
二人はしばらく考え込んだ。サトシは何とかして大金を手に入れようと必死に考えを巡らせていたが、ルークスは違う結論に至る。
「ところでサ。大金を手に入れて……何に使う?」
「何にって、そりゃぁ、もちろん……」
そこまで言って、サトシは口ごもる。
サトシが欲しい物。当然いろいろとある。日本で食べていた食事や、調味料。PCやゲームにネット環境。エアコンの効いた快適な部屋など、上げて行けばキリがない。が、それらを列挙して初めて気が付いた。
『あれ?ほしい物って、金で買える?』
そう、どれ一つとして金で解決できない物であった。確かに、食事に関しては大金を出せば以前に近いものを食べることはできる。が、大金を出せば出すほど良いものが得られるかと言えば、それは否である。この世界は日本に比べればずいぶん原始的だ。大金を出したところで存在しない物のは買うことができない。
料理も、食材・調味料・調理器具・レシピ。それぞれが揃わなければどうにもならない。
PCやゲーム、ネット環境など夢のまた夢である。快適な住環境が唯一手が届きそうだが、これも金だけではいかんともしがたい。
結局、金で解決できないのである。
「たしかに、金があっても役に立たない気がしますね。」
「だな。便利な生活ってのは、汗水たらして得る者であって、金で買えるもんじゃないってことだな。」
「じゃあ、どうすれば。」
「それこそ、おまえのその『創造』で作ればいいんじゃないか?」
「スキルで……ですか。」
「お前のスキルは物質が作れるよな。ってことは、部品も作れるんじゃないのか?」
「ああ、そうかもしれませんね。」
サトシはルークスにそう言われて、ようやくこのスキルの利用方法が見えてきた。物質を作るだけではなく、形状も作ってしまえばいい。ならばと早速、掌を上に向け、その上にプラスチック製のサイコロを思い浮かべる。
掌の上に、みるみる四角いサイコロが出来上がって行く。それは水の中に沈んでいたサイコロが浮かび上がるように。
「おお、形作れるじゃないか!って、なんでサイコロ?」
「いや、サンプルにはこのくらいのものが良いかと思いまして。」
「まあ、確かにな。ちょっと見せてくれ。」
ルークスは、サトシの掌の上に完成したサイコロを手に取ると、下からのぞき込んだり、地面に放り投げて転がしたりと動作を確認した。最後には足で踏みつけ強度を確認している。
「ああ、いきなりなんですか!せっかく作ったのに。」
「いや、強度検査も必要だろ?材質は何のつもりで作った?」
「一応、プラスチックですね。ABSをイメージしました。」
「ああ、ABSか。って、お前材料詳しいのか?」
「あっはい。いちおう工学部なので。」
「そ、そうか。そりゃ好都合だな。」
ルークスの言葉は多少ぎこちなかったが、サトシは気にしなかった。
「三次元プリンタより随分早く作れそうですね。」
「そうだな。大きさは?どのくらいまで作れそうだ?」
サトシは掌から立方体を作り出す。掌からはみ出さない大きさの物であれば作れそうだった。
「手よりも大きいサイズは作れそうか?」
「やってみます。」
サトシはイメージを膨らませてみるが、手より大きいものを作り出すことが出来ないでいた。
「片手しかできないのか?」
「ああ、そうですね。試してみます。」
両掌を上に向け、小指側を合わせるように手を広げる。すると、両手の間から大きな塊が顔を出し、ぐんぐん成長してくる。
「できますね。結構大きいものまで。」
そう言いながらサトシは掌でどんぶり茶碗を作り出す。
「だな、あ、作ったものに何か追加することできるか?」
「なるほど、それ出来るとずいぶん大きい物まで作れそうですね。形状も複雑にできるし。やってみます。」
サトシは、今作りだしたどんぶり茶碗を手に取ると、茶碗の横に手を当てる、すると手を当てた所から取っ手が生えてくるように現れた。
「なんか、光造形の三次元プリンタみたいだな。」
光造形三次元プリンタとは、液体樹脂を紫外線で硬化させ、層状に形状を造形するプリンタである。
「ですね。そんで、後からパーツを継ぎ足せるとなると、かなり自由度高いですね。」
「お前すごいな。そのスキルは大当たりだぞ。」
ルークスの言う通り「とんでもスキル」である。あらゆる材質で自由に造形できるとなれば、作れないものはほとんど無い。
「これで生活向上を目指せますね!」
再びはしゃぐサトシとルークスを眺めながらアイが呟く。
「で、何を作るの?」
「「……」」
サトシ、ルークスの笑顔が固まる。正直何も思いついていない。二人はその場に座り込むと、腕を組み目を瞑って悩み始めた。
「とりあえず何かありますかねぇ?」
「そうだなぁ。何が「無い」のかを先に考えるか。」
「確かにそうですね。」
二人はうんうん唸りながら考え込んでいたが、先にルークスがあきらめる。
「ま、いずれ思いつくだろ。取り敢えずオークの死体を片付けるか。」
「そうですね。」
その二人の様子をアイは呆れた様子で見ていたが、食事の準備をするために家に入る。
その間、サトシとルークスはゴブリンの装備をはがし、死体は墓地に運ぶ。得られた装備はどれもクズ装備だったが、かなりの数を手に入れることが出来た。
食事ができるまでの間、手に入れた装備を鍛冶スペースに運び入れる。
そうこうしていると、夕食時になり集落の畑からティックとアンが帰ってきた。家からは良い匂いが漂い始め、食事の準備ができたことをアイが告げる。
「できたよぉ!」
5人は食事をとりながら日々の暮らしに必要なものについて話始める。
「アイは今何か足りないものある?」
「調味料が欲しいかな。後は特に……」
チキンソテーを頬張りながら答える。
「ほら。なにかこんなものがあったら便利なものとか、考えたことない?」
「ん~。あんまりないかなぁ。」
アイはそっけない返事だった。
「まあ、仕方ないんじゃないか?知らないものは気づかないしな。」
確かに真理だった。人は今あるもので日常を送る。『こんなものがあればいいのに』と想像できる人間は稀なのである。
「そんなもんですかねぇ。じゃあティックとアンは作業してて必要なものってある?」
「そうですね。農機具が痛んで来たので新しいのがあると嬉しいかなと。」
「鍬が結構痛んでますね。」
出てきた意見は、やはり今ある工具の修理が主だった。
「やっぱり、文明の利器を作るしかないですかね。」
「でも、便利な奴ってほとんどが電動だしなぁ。まずは電気になっちまうだろ?」
「そうですよねぇ。」
そう言いながらサトシもチキンソテーを頬張る。若干焼き目が付きすぎているような気がした。
「火力か……」
「それもガスが使える事前提じゃないか?」
「そうですよね。」
「あ、そういえば」
ティックが思い出したように声を上げる。
「なに?」
「畑を広げたいと思うんですが、最近雨が少ないので、魔術で雨を降らせていただけると助かります。」
農業をするにあたって、サトシは時折魔法で雨を降らせていた。
「雨……水か。」
「インフラ整備が先か?」
「そうかもしれませんね。まずは水でしょうか。」
「そうだな。井戸からポンプで吸い上げて、水路を通すとか……そんな感じかな。」
「そうですね。それなら出来そうですね。」
サトシとルークスは二人で頷き合っている。
その様子をアイたち三人は判ったようなわからないような顔で見つめていた。
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