従業員募集
怪しげな魔導士から逃げて、3か月。特に接触してくる様子はなかった。
当初こそ、びくびくしながらウサカに向かっていたサトシだったが、すでに魔導士のことを忘れかかっていた。
畑の方も順調で、今までは自然に生えてきた葉っぱを引っこ抜けば野菜がくっついてくるというトンでも栽培だった。が、サトシが収穫した野菜を利用して栽培した場合は立派な作物が収穫できることが確認できた。当然採種や株分けなど、いろいろ手間はかかるが、サトシのスキルを利用しなくてもよくなったことは、二人にとって大きな収穫だった。
しかし、根本的に人手が足りない。ジョイスやルイスからの注文は増える一方だった。鍛冶屋についてはサトシしか対応できないが、農業は手伝ってくれる人さえいれば何とかなる。なので、二人は農業を手伝ってくれる人材を探し始めた。
今日も二人はウサカへ納品に来ていた。
町は以前にもましてにぎわっている。酒屋は昼間から満席で、行き交う人たちの表情も明るい。が、明るければ明るいほど、影は暗くなる。
以前は気にならなかったが、町の裏路地には異臭を放つホームレスが目立つようになってきた。好景気で湧く人々がいる一方で、事業に失敗したり職を失うものも少なくないのだろう。
二人はいつも通りジョイスの店に納品に向かう。ジョイスの店は町の大通り中央に移転していた。店構えも一回り大きくなり、繁盛しているようだった。
「いよう。よく来たな」
「こんにちは、ジョイスさん」
店番は従業員に任せ、ジョイスは店の後ろで帳簿を確認していた。
「サトシ。折り入って頼みがあるんだが……」
ジョイスはサトシの目を見て話す。
「納品量増やしちゃもらえねぇか?」
「どのくらいです?」
「倍は欲しいな。できれば3倍以上」
サトシは目を瞑って考え込む。3倍。現状でできなくはない。サトシのスキルを最大限活用すれば……の話であるが。
今はアイに収穫を任せている。それでも十分に大きな野菜が取れるようになってきた。しかし、3倍となると話は別である。
「3倍は厳しいですね。2倍もちょっと……」
「何とかならねぇか?実はよ。いまサトシん所以外にも野菜を仕入れてるんだが、そこの質がどんどん落ちてきてるんだ。小さいのは仕方ないにしても、味がなぁ。こっちとしても、お前さんの所とだけ取引するのは避けてぇんだよ。いやなに。疑ってるわけじゃねえんだけどよ。こっちも商売だ。自然相手の農家と取引するとなると、複数の取引先を用意しておかねえと、収穫量が落ち込んだ時に店に並べる商品がなくなっちまうからな。で、細々とではあるが、ほかの農家とも取引してんだよ」
「まあ、そうでしょうね。さすがにうちとだけ取引してくれとは言いませんよ」
サトシもそのあたりは理解していた。むしろ手を引きたいとすら思っていたところだ。が、鍛冶屋一本でやっていくのも同じで、商売は手広くやっておいた方が、リスク回避に有効である。
「理解があって助かる。でも、店に並べる商品の質も大事だ。これは信用問題だからな。できれば質の良い野菜は確保しておきてぇんだ。で、少しでも良いんで増やしてもらうことはできないかい?」
「そうですねぇ。うちも増やしたいのはやまやまなんですが……」
「なんだ?問題があるのか?」
「人手が無くて」
「ああ、人数が足りないのか。サトシん所は何人雇ってんだ?」
「いえ、僕とアイだけですけど」
「は?」
「だから二人です」
「マジでか?ほんとに?」
「はい。本当です」
「嘘つけ。それでこの数と質を?嘘だろ?どうやってんだよ。おい。で、お前さん鍛冶屋もやってなかったっけ?」
「はい。やってますね」
「それこそどうやってんだよ!いや、そうか。そりゃ仕事ふやせねぇわな。そうかぁ。難しいかぁ」
ジョイスは頭を抱えた。
「あの~。ジョイスさん」
「ん?なんだ」
「もし、うちで働いてくれそうな人を紹介してもらえたら、できるかもしれませんけど……」
「ん!ほんとか!?」
「実は、うちも従業員探してまして。住み込みで働いてもらえれば、食事と住まいは提供できると思うんですけど。給料の方は要相談で」
「誰でもいいか?」
「いや、誰でもってのは、ちょっと……。できれば農業経験があるとありがたいなぁと」
「農業経験?ああ、そんなんで良けりゃちょうどいいのが居るけど、ちょっと待てろ!」
そういうと、ジョイスは店の方に駆け出して行った。
サトシは少しぶっちゃけすぎたかと、後悔していた。が、
『まあ、従業員を紹介してもらえるんなら結果オーライか』と気持ちを切り替えることにした。
「おう、待たせた。こいつだ。ティックっていうんだ。お前もともと農業やってたって言ってたよな。サトシん所で働かねぇか?」
「へ?サトシ……さんですか?あ、どうも」
「あ、サトシです。よろしくお願いします」
「おれティックって言います。え、あなたがサトシさんですか?お、お若いんですね」
「あ、はい。すいません」
「別に若くて悪いこたぁねぇだろう。そんだけ商売に才覚があるってこった。うちで扱ってるあの野菜がサトシん所のやつだ。お前もあれ作らねぇか?」
「あ、あの野菜、サトシさんの所で作ってるんですか?」
「はい。いつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそ。いや、あれだけ立派な野菜だから、さぞかし年季の入ったベテラン農家で作ってると思ってました。すいません」
「いえいえ。すいません。こんな若造で」
「いや、そういう意味で行ったんじゃなくって、すごいなぁと。実は、おれテンスさんの所で働いてたんですけど」
「テンスさん?」
「さっき言った、質の落ちた農家だよ。あそこあからさまに質の悪い野菜を入れてきやがったから取引を絞ったんだよ。そしたら従業員ことごとく首切りやがってさ。で、ティックもつい最近まで、この町の裏路地でホームレスやってたんだよ」
「あ、そうなんですか。すいません。僕らのせいで」
「いやいや、サトシさんのせいじゃないですよ。それこそテンスさんの経営の問題ですから……」
「で、どうだい?雇ってみないかい?まあ、サトシが雇わねぇんならうちでそのまま働いてもらうだけだし、サトシが雇って、うちへの納品増やしてくれるんならそれでもウチには損はねぇ。どうする?あ、ティックに聞いてなかったな?お前サトシの所で働く気はねぇか?」
サトシはジョイスのことを「なんだか、ずいぶん行き当たりばったりな人だな」と思ったが、渡りに船なので、細かいことは目を瞑ることにした。
「ティックさん。どうされますか?僕はうちで働いてもらえるなら非常にありがたいですけど……」
サトシはティックの様子を確認する。
「あの、実は、おいらには妹が居まして」
「あれ、お前妹居たのか?」
「はい、少し前まで一緒にホームレスだったんですけど、その時に体調崩して、今はおいらと一緒に安宿に寝泊まりしてるんですが、その妹を置いていくわけにもいかないですし、ありがたいお話なんですが……」
ティックは申し訳なさそうにサトシに告げる。どちらかと言えば農業で暮らしていきたいらしいが、妹と離れて暮らすのは心配なようだ。
「あの、妹さんが治ったら大丈夫な感じですか?」
「あ、はい。まあ、妹が治れば、妹も農業やってましたし。一緒に働けると一番いいですが、さすがに医者に見せる金もないですし」
「ちょっと、見ましょうか?」
「なにを?」
「いや、病状を」
「見てどうするんだ?」
ジョイスが怪訝な顔でサトシを見る。
「いや、僕、治癒魔法使えますし……」
「って、万能かよ。お前!」
「いや、治るかわかんないですよ。とりあえず見せてもらいたいなぁと」
治す自信はあったが、さすがに治せなかったときに恥ずかしいので予防線を張っていた。サトシは小賢しい男である。
「おい、ティック。ちょっと妹の所にサトシを連れてってみろよ。お前の妹も働けるとなりゃ一石二鳥だ。行ってこい!」
「じゃあ、ついてきてもらえますか?」
「はい。行きましょう」
サトシはティックに連れられて、店の裏口から裏通りに抜ける。裏通りはホームレスがたむろしていてひどい悪臭だ。これでは元気な人間でもすぐに病気になりそうなものである。
しばらく歩くと、掘っ立て小屋のような安宿があった。その仕切られた部屋の中にティックの妹が横たわっていた。
「おい、アン。大丈夫か。お医者さんを連れてきたぞ」
医者ではないんだけどな。とサトシは思ったが、あえて口は挟まなかった。
「ちょっとすいませんね」
「ステータス」
『アン 職業:農夫 LV:8 HP:1/92 STR:12 ATK:5 VIT:10 INT:15 DEF:11 RES:0 AGI:12 LUK:0 損傷個所:肺(結核)』
『ああ、こりゃひどいな。よく今まで持ったな』
このまま放置しておけば、確実に死んでいただろう。それに、ティックにも結核が感染していたかもしれない。一応ティックや周囲の人間に感染していないか調べておく。
「じゃあ、ちょっと治療しますんで、少し離れていてください」
別に離れる意味はなかったが、治療しているように見せるためもったいぶってみた。サトシはアンの額に手を当てて治癒するように念じ魔力を流す。即座に肺結核は治癒し、体力も回復した。
「あ、兄さん?」
「ああ、アン、大丈夫か?辛くないか?」
「うん。呼吸が楽になって、なんだか体も軽くなったよ。すごい。ありがとうございます。でも。払えるお金もないですし、いったいどうすれば……」
アンの顔は曇ってゆく。
「いや、ティックさんには話したんですが、うちが農家をやってまして、従業員を募集してるんですよ。できればうちで働いてもらえると助かりますが、どうでしょうか?」
「そんなことでいいんですか?ぜひ。この御恩をお返しさせてください!」
「いや、御恩とかそんな。じゃあ、ちょっとティックさんと相談しますので、どうします?アンさん……でしたっけ。アンさんも一緒に話を聞きますか?」
「大丈夫か?動けるか?」
ティックはアンのことが心配なようだ。それは当然だろう、ステータスも見えない状態では体力がどんな状態なのかもわからない。
「大丈夫。今はすぐにでも動きたい気分よ。でも、こんな格好で行くわけにいきませんね。すいません。話し合いは兄さんとお願いしていいですか?」
「良いですよ。じゃあティックさん。ジョイスさんのお店で話しましょうか」
二人は、掘っ立て小屋を出て、ジョイスの店に戻る。
「なんだよ。本当に治しちまったのかよ。サトシ。お前万能すぎねぇか?」
「いや、そんなことは無いですよ。まあ、できればこのことは内密にしていただけると助かります」
「ああ、そうだな。あんまり大っぴらに話すようなことじゃねぇな。わかった。約束する」
そして、サトシはティックとの雇用契約についていくつか話し合った。
まず、住み込みで働いてもらう事、食事はアイが準備するが、いずれティック・アンにも覚えてもらい皆で手分けすること。皆でと言いながらサトシは入っていないが……
農業に関する知識がサトシとアイには不足しているので、農業についてはティックとアンが主として従事すること。などだ。
給与についても話したが、アンの治療費を返す当てがないので、当分は無給でいいとのことだった。サトシは払うといったが、ティックが譲らなかった。
お互い納得がいったところで、特に準備も必要ないティックたちは、今日からサトシの集落についていき、当分はヨウトの空き家で暮らすことになった。
「ジョイスさんありがとうございました。すぐには無理かもしれませんが、できる限り早く今の3倍程度納品できるように頑張ります」
「頼むぜ!期待してるよ!」
ウサカからの帰り、ティックとアンを乗せて馬車(ロバだが)でヨウトに帰る。到着したのは日が暮れてからだった。ついでだったので、ティックとアンをモースに紹介する。モースは二人を歓迎していたが、二人はずっと固まっていた。
そして、その日の夜。サトシとアイは今後の募集計画について協議する。これからも人手は増やしてゆく必要がある。今回はタイミングよく集落で働いてくれる人間を見つけることができたが、次もこれほど都合よく見つかるとは思えない。二人はヨウトの商業ギルドに従業員募集の依頼を出すことにした。
……
ティックとアンが集落に来て1か月。二人とも生活に慣れ、楽しそうに毎日働いてくれている。ただ、二人が収穫すると大きい野菜が取れない。いつも小さいものかハズレになってしまう。サトシは原因を探ろうと、畑に魔力を流したりしながら、二人の作業を眺めていた。
「サトシ。またさぼってる?」
アイがあきれた様子で木陰で休むサトシを詰る。
「ひどいな。いま思案中なんだよ。二人が収穫すると、大きい野菜が取れないんだ。どうしたもんかと思ってサ」
「ま、運に左右されることもあるよ。そのへんは気長に行くしかないんじゃない?」
アイは気楽に行こうと励ましたつもりだったが、サトシは急に立ち上がる。
「運か!アイ。ありがとう!」
アイは目をぱちくりさせてサトシを見る。
「どうしたの?」
「いや、運だよ。運。行ってくる」
そういうと、サトシは二人の近くに走っていった。二人の作業を邪魔しない距離で、ティックとアンのステータスを確認する。
『ティック 職業:農夫 LV:12 HP:90/155 STR:18 ATK:15 VIT:18 INT:15 DEF:11 RES:0 AGI:19 LUK:0 損傷個所:無』
『アン 職業:農夫 LV:8 HP:91/92 STR:12 ATK:5 VIT:10 INT:15 DEF:11 RES:0 AGI:12 LUK:0 損傷個所:無』
「二人そろって運0か……そりゃ取れないよなぁ。パラメータどうやったら上がるかなぁ。パーティー組むしかないのかなぁ。またアンデッド倒すのもなぁ……。ん?」
サトシはそこで思い出す。以前「敏捷性」を上げようと必死で「思い込んで」いたことがあった。魔力を流せば以前より効率的に上げられるのではないだろうか。と。
サトシは魔力を流しながら、ティックの運が向上するよう念じる。
すると、
ピ。ピピピピピ
目の前の表示がすごい勢いで上昇して行く。見る見るうちにLUKが255まで上昇して止まった。
「カンストか?すごいな。上げれるんだステータス。じゃあ、アンも?」
アンにも同様に念じてみる。やはり同じようにステータスがみるみる上がってゆく。そして255で止まった。
「もしかして、全部のステータス上げれるんじゃ?」
試してみるとすべてのステータスをいじることができた。ただ、すべてのパラメータで値は255が上限となっており、レベルはだけはどれだけ念じても変化することはなかった。
「ってことは、アイや俺のステータスも上げられるのか?」
試しにアイで確認してみる。アイはこちらの様子を残念な子供でも見るように眺めていた。そのアイに向かって、防御力が向上するように念じてみる。
ステータスに変化はない。久しぶりに小数点以下を表示してみると、小数点以下、1/1000の値が徐々に上昇しているようだった。
それを見て、サトシは念じるのをやめる。
「時間の無駄だな。とっとと冒険者になって敵を倒した方が効率良いや」
と、その時。目の前に赤い「×」印が表示される。
「なんだ?これ」
その「×」印は、視界の中央で2~3度点滅すると、視界の端に動いていきそこで点灯したままになる。視界の邪魔になるほどではないが、表示されっぱなしというのも鬱陶しい。そう思い、「表示消えろ」と念じるが一向に消える気配がない。頭を振ったり、視線を動かしたりするが全く消えない。仕方がないのでサトシは気にしないことにした。
「なにやってんの?」
サトシの行動を奇異に思ったアイが声をかける。
「いや、なんでもない」
「そう。疲れてるんじゃない?」
「大丈夫」
そんなやり取りをしていると、
「おお!大きい野菜がこんなにも!」
「すごい!兄さん。私も取れた!」
ティックとアンが大きい野菜が収穫できたことにはしゃいでいた。
……
翌日。収穫できた大量の野菜をウサカに出荷する。ジョイスは大喜びであった。
その後、商業ギルドに従業員の応募状況を確認に行く。
「あ、サトシさん。お待ちしてました。1名応募してきましたよ」
「ホントですか!ありがとうございます。で、その人はどちらに?」
「2階の商談スーペースにいます。ルークスさんって方です」
「ありがとうございます」
サトシは軽やかな足取りで2階に上がり、商談スペースに向かう。すると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「どうも、ルークスです」
「応募ありがとうございます!」
そう言いながらサトシが振り返ると、スキンヘッドで真紅のローブを纏った男がにやけて立っていた。
「なんでだよ!!」
思わずサトシは叫んでいた。
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