鉱山の街で
辺境には都市が幾つか存在していて、キャラバンはそれらの都市国家に立ち寄りながら遠征して行く。
王都から最も遠いエンドゥにキャラバンが到着した。
騎士団は数日前に到着して、キャラバンの到着を待っていた。補給やらなにやらいろいろしているようだ。
オットーがせわしなく動いていた。
それを横目に見ながら、エンドゥ観光にいそしむ。
エリザもハンスもこの街には来たことは無いらしい。
俺は子供の頃、親父に連れてきてもらったことがあるが、あまり印象には残っていない。
「オットーが帰ってくるまでは自由行動でしょうか?」
「そうだろうな。まあ、俺は鍛冶屋にしか興味がないが……」
「……飲み屋に行きたいな」
ハンスは無口だが酒好きだ。素材集めで遠征した後は、大抵打ち上げで飲みまくっている。乱れることは無いが「ざる」という奴だろう。黙って飲み続けている印象がある。
「ほかでもないハンスの頼みだ。仕方ない。飲みに行くか。」
「カールが飲みたいだけではないですか?」
エリザから鋭利な突込みが来るが気にしない。
「エリザも飲みたいだろ?」
「それは、まぁ」
エリザもいける口だ。取り敢えず、にやけ顔の鬱陶しいオットーが居ないうちに気分よく飲もうじゃないか。
エンドゥの街はそれほど大きくないが、町の中心には飲み屋街が広がっている。どれだけ呑べえの街なのかと思うが、まあいい。むしろ良い。
というわけで、ひときわにぎわっている店に入る。
店の奥にはカウンターがあり、主人と思しき女性がせわしなく酒や料理を出している。店員も元気よく店内を走り回っている。店内には丸テーブルが幾つかあり、その周りを囲むように丸椅子が置かれている。が、空いている席がない。
「ごめんよ。今満席なんだ。相席でよけれりゃ入れるけど、どうする?」
若い店員が申し訳なさそうに駆け寄ってきた。
「どうする?」
「そうですね。落ち着いて飲みたいですね。久々に。」
「……そうだな。」
さすが吞兵衛ズ。お供しますぜ。
「そうか、じゃあ、またあとで顔出すよ。」
「そうっすか。すんませんね。じゃ、また」
また、通りにでて、店を探す。そうか、落ち着いて飲みたいのか。俺浮かれてた。すんません。オットー居ないから浮かれてたよ。というわけで、落ち着いて飲めそうな店を探そう。あれ、意外にないな。落ち着いた店。どこもかしこもにぎわってる。さて、落ち着けそうなところ……、あ、さびれた店がある。あそこにするか。
「あそこどう?」
うわぁ、エリザとヨハンの顔が一気に曇った。
「あ、ごめん。今の無し。」
「いえ。いいですよ。カールの好みなら。」
「…ああ、俺も飲めればいいよ。」
えれぇ言われようだな。なんだか俺の好みたいになってんじゃん。あの寂れた感じ。
「あ、いや、」
「良いですよ。入りましょう。落ち着いて飲めそうですし。」
「……ああ、そうだな。いいと思うよ。」
すげー気を使われてる。気まずい。ああ、店に入っちゃった。
「ん。いらっしゃい。」
わお。さっきと打って変わって愛想のない主人だな。入り口をくぐると、右手に長めのカウンターがあり、その奥に主人と思しき女性が頬杖をついている。働く気ねぇだろ?
店には、丸テーブルが5つほど並んでおり、それぞれに丸椅子が4つずつ。そんなに必要ですか?ってほど客が居ない。先客は二人だけ。手前の丸テーブルにはガタイのいいおっさんが突っ伏している。飲みすぎですか?一番奥のテーブルには、木の板をにやにやと眺めているじじいが居る。あれは触れちゃいけない奴だ。見えない。見てはいけない。さて、被害にあわなそうなカウンターに向かうか。
「なんにする?」
「とりあえず、一気に酔えそうなやつ。」
「へ?何言いだすんです?せっかくならのんびり飲むんじゃないんですか?」
「……どうした?」
「いや、なんとなく。あ、そうだな。取り敢えず、お薦めある?」
「強いのがいいのかい?じゃあ、これどうだい?」
カウンターに4つのグラスが並ぶ。あれ?なんで4つ?
「珍しい感じの店で飲むんだな。」
「オットー、よくわかりましたねこの店が。」
「な!!」
なぜ、横にオットーが居る?今日はオットー抜きで飲めると思ったのに。
「いや、お前らがこの店に入るのが見えてよ。ちょうどよかったよ。」
「なんだよ。もう用事はすんだのかよ。」
「ああ、まあ、大した用事じゃないからな。基本俺は段取りだけだから。」
「じゃあ、心おきなく飲めますね。」
いや、居ない方が心おきなく飲めるんだが。
「カール。何か言いたそうな顔だな。」
「お前心読めるのか?」
「いや、お前顔に出すぎだ。俺はお前にやさしくしてるつもりなんだけどなぁ、なんだかひどい対応じゃないか?」
「そんなことないですよオットーパイセン。」
「仲いいですね。」
「……確かに。」
「「どこが。」」
「そんなところがですよ。うらやましいです。」
ちょっと、いや、随分変わった子達なんだな。エリザとヨハンは。
「で、騎士団の様子はどうでしたか?」
「……、まあ、いつもの騎士団だな。特に問題なく。多少魔獣とは遭遇したみたいだが、魔王軍ってわけでもなかったらしい。」
「そうか、負けていなくなってくれてたらよかったのにな。」
「おう、聞かなかったことにしよう。」
「にしても、なんでこの店こんなにさびれてんだ?」
「ストレートだな。」
「ずいぶんなこと言ってくれるじゃないの?うちの店だって、以前はにぎわってたんだよ。」
女主人がけだるそうに返す。
「何かあったんですか?」
「あんたたちこの町は初めてかい?いやね。この町の外れには鉱山があってね。以前この店は鉱夫たちでにぎわってたんだけどね。みんなほとんど町を出てっちゃったんだよ。」
「なんで出て行ったんです?」
「魔物が出てさ。もう2年になるかね。それで鉱山は閉鎖さ。鉱夫たちは職を失ってね。」
「鉱夫たちはどうなったんです?」
「食って行かないといけないからね、ほとんどは腕っぷしを買われて、用心棒やら冒険者やら、街をでてった奴がほとんどさね。」
「冒険者になれるんなら、その魔物を狩ってもよかったんじゃねぇか?」
「冒険者って言っても駆け出しだからね。突っ込んだ奴らはやられちまったよ。いい奴らだったんだけどね。淋しいもんさね。うちは鉱夫のたまり場だったからね。めっきりさびれちまったよ。そこで突っ伏してるのは、鉱夫の成れの果てさ。前は良い男だったんだけどね。今は飲んだくれて使い物になりゃしない。」
「その鉱山ってのは何処にあるんだ?」
「場所を聞いてどうする?」
オットーがこの手の話に首を突っ込むのは珍しいな。厄介ごとは避けて通る奴だと思ってたが、なんだ、人の為に動くこともあるのか?誤解してたか?
「鉱山に魔物が出るってことは、ダンジョンにつながった可能性が高いからな。」
金の匂いに食いついただけか…らしいっちゃらしいな。
バタン!
「父ちゃん!」
なんだ?
「父ちゃん。起きてよ!ねぇ。父ちゃんってば!」
女の子と男の子が突っ伏した酔っ払いを揺さぶっている。あの酔っ払いの子供たちか?姉ちゃんと弟ってところかな。酔っぱらいの親父を持つと大変そうだな。子供にとっちゃ、どんな奴であれ親は親だ。
「んぁ?」
「父ちゃん!」
「なんだよ。うるせぇな。何しに来たぁ」
けだるそうに男は子供たちに言う。
「あの子たちも健気なもんさね。以前はあの男も働き者の鉱夫だったんだけどね。飲みに来ても、気さくでみんなと仲良くやってたんだよ。最初に鉱山に魔物が出たときも、あの男は鉱山を護ろうと、魔物と戦ってたんだよ。冒険者ギルドにもなけなしの金で依頼をかけようと、頑張ってたんだけどね。仲の良かった仲間たちが魔物にやられちまってさ、ギルドへの依頼も思うように金が集まらないらしくてね。結局見捨てられた格好になっちまったのさ。あいつにはつらかったろうね。一番頑張ってたからね。」
「ま、よくある話だな。」
「そうですね。」
「……つらいけどな。まあ仕方ない。」
あれ?そうなの?結構悲惨じゃない?そんなにさらりと流していい話なの?みんな悲劇のハードル高すぎじゃない?おや、おれだけ?もしかしてみんな結構悲惨な人生歩んでる?
「父ちゃん。家に帰ろうよ!」
「うるせぇ!黙ってろ!」
おうおう、荒れてるねぇ。でも子供たちに当たっちゃいけねぇな。とは思うが、子供のいない俺が言うのもなんだしな。まあ、放っておくに限るな。子供たちはすごすごと店から出て行った。
「鉱山が閉鎖されてる割には景気が悪そうに見えないですね。」
エリザが話題を変える。やっぱり子供が苦労している話題はあまり気乗りしない。
「……確かに。」
ヨハンもそれに乗ったようだ。
「ここ数日だけだよ。どこぞの騎士団が来たからね。でも、これが行っちまうと、また町は寂れた感じになっちまうだろうね。」
「ここの領主は鉱山の事をどう考えてるんだ?」
「どうだろうね。領主様も気に掛けちゃくれてるみたいだけどね。今の領主様が何とかしてくれればいいけど…」
「今のって?もう歳なのか。」
「いやさ、領主様は代々短命なんだよ。暗殺だとか呪いだとかいろんな噂があるけどね。長くて20代後半かな。世継ぎが生まれるとすぐ逝っちまうね。」
「じゃあ、政なんかできないだろ?」
「その辺は摂政がなんとかやってるらしいよ。まあ、あたしらには関係ないことだけどね。」
「ふぅん。」
確かに、それじゃあ鉱山の事は冒険者任せになっちまうかもな。ん?オットーがえらく黙り込んでるな。さっきは鉱山の話にずいぶん食いついてるようだったのに。
「どんな魔物が出るか知ってるか?」
急にしゃべりだしたと思ったら、乗り込むつもりか?いや、やるんならお前ひとりで勝手にやれよ!いいな。俺を巻き込むなよ!絶対だぞ。押すなよ。
「閉鎖される前に聞いた話だから、今はどうなってるかわかんないけど…
骸骨騎士なんかのアンデットとか、あ、首のない騎士が出たって騒いでた鉱夫が居たね。あと、顔は人間なんだけど胴がライオンで翼があってしっぽには毒針がある魔物に襲われたとかなんとか。それと、たまに町までハーピー……だっけ?空飛ぶ人型の奴が来ることがあるね。そんな時は子供や家畜を外へ出さないようにしてるよ。」
「そりゃぁ、あれだな。掘り進んで古代遺跡とつながっちまったな。」
「じゃあ、ダンジョンですか?」
「たぶんそうだろうな。ギルドもまだダンジョン指定してないみたいだが」
「……ダンジョンか。」
あれ、皆さんダンジョンに興味がおあり?
「とりあえず、街の冒険者ギルドに一声かけてから覗いてみるか。」
「じゃあ、気をつけてな。」
早々に逃げの布石を打っておこう。僕知らない。飲んでますここで。
「あ?なに他人事みたいに言ってんだよ?」
他人事だろ?何か違いましたっけ?俺行くとも何とも、いや、それどころか興味も示してないですよね?
「なんで俺も良く体になってるの?」
「だって、狭いダンジョンでは私とヨハンだけでは少々心もとないですし。」
「そんなことないだろ?鉱山事吹き飛ばせるんじゃない?」
「人を化け物みたいに……、それに吹き飛ばしちゃダメでしょ?」
「いや、別に俺たちが行かなくてもいいじゃん?」
「そうだなぁ。玉鋼あるんじゃねぇ?」
あぁぁ。いや、そう来ましたか。そんなものに俺がなびく……
……
「行こうか。」
「良い顔だ。」
ちきしょう。オットーの奴。いつか殴ってやる。
バン!!
勢いよく店の入り口のドアが開く。気の強そうな女がずかずかと店に入ってきた。あたりを見渡すと、酔いつぶれている男を怒鳴りつける。
「このクズ!子供たちをどこへやったんだい!!酒の代金に売り飛ばしたんじゃないだろうね!!」
さっきの子供の母親か。飲んだくれは、据わった目で女房らしき女をにらみつけている。
「なんだと、あんなもんが金になるかよ!大人しく家にすっこんでろ!!」
「とうとうそこまで落ちぶれちまったかい!早く二人を……」
バン!!
またか。また店のドアを勢いよく開ける。何?にぎわってきたのこの店。
「おい、ロッソ! あ、ゲルダも居るのか。お前らここで何してんだ!!お前らの娘たちがハーピーにさらわれたぞ!」
女房らしき女がその言葉を聞いて青ざめる。ガタ!と椅子が倒れる音とともに、飲んだくれが勢いよく店から飛び出す。さっきまで酔いつぶれていたとは思えないスピードだ。
すると、ハンスがそのあとを追う。ゲルダと呼ばれていた女はその場に崩れ落ちた。エリザは女の方に駆け寄る。
「おい、カール。ギルドに行くぞ。」
「へ?何言ってんの。今この状況で。気でも触れたか?」
今は、こいつらを助けてやんないとダメだろ?人間として。
「今だからだよ。ハーピーは鉱山に獲物を連れ帰る気だ。」
「なら、すぐにでも鉱山に……」
「だから、あれはダンジョンだ。さすがに依頼無しで突っ込むと、後々問題になる。」
「でも、緊急事態だろ?」
「バカ野郎。こんなもんギルドからすれば緊急事態に入んねぇよ。よくある話だ。鉱山での魔獣討伐は依頼としてこの町のギルドが受けてるはずだ。王都所属の冒険者(俺たち)が出張って助けた挙句に依頼の『無断執行』なんて言われてみろ。ギルド同士の問題になる。先に筋は通しておかなきゃならねぇ。」
「なるほど。でもそういうのお前が得意だろ。なんで俺も行く?」
「お前一応ルーキーじゃねぇか、忘れたのか?ダンジョン進攻なら参加禁止だ。だから、俺たちSランクと一緒に行くってことをギルドに明言しておく必要があるんだよ!」
確かに、いやはや、普段はあれだが、こんな時は頼りになるな。
「わかった。急ぐぞ。」
俺たちも店から飛び出した。