ネクロマンティック
「ところであなたの事をなんと呼べばいいですか?」
「そうだな。ワシの事はモースと呼べ。」
サトシとモースは教会の前の階段に座り話始める。周囲ではアンデッドたちがその様子を神妙に眺めている。
「じゃあ、モースさん。ここで何をしているんですか?」
「ワシはこの町の住人の生殺与奪を任されておる。すでにいける者はすべて失われてしまったが、死者が望めばこの場でアンデッドとして蘇らせるのもワシの仕事じゃな。」
「お仕事なんですね。それは誰かに依頼されてるんですか?」
「ジェムメイカー様のご命令じゃ。」
サトシは日中読んだ魔術書を思い出す。闇の眷属神の中にそんな名前があったように記憶していた。
「闇の神様ですか?」
「おお、意外に博識じゃな。どこでそれを?」
「ここで拾った魔術書です。」
モースの顔が一瞬曇る。先程まで表情を見せなかったが、苦み走った顔はかなりの男前だった。
「聖典か……」
「聖典?」
「お前が魔術書と呼んでいるそれじゃ。」
サトシは腰袋から魔術書を取り出す。
「聖典と呼ぶのも忌々しいが、そう名付けられているものは仕方ない。」
「どういうものなんですか、これは。」
「そうだな。其方はどのくらいその聖典を読み込んだ?」
「そうですね。」
と、言いながらサトシは理解できた範囲の内容を話始める。一通り聞き終わったところで、モースは眉をひそめながらつぶやく。
「其方は随分読み飛ばして居るようじゃな。それか理解しておらんのか……まあ、良い。それは光の神、アートメンを崇拝する者どもが編纂した歴史書をもとに作られておる。」
「アートメンですか。」
光の神の名として記されていたことをサトシは思い出す。名前を呼ぶときのモースの表情からしても忸怩たる思いがありそうだった。
「奴らは歴史を捻じ曲げて解釈しておるからな。闇の神に関する記述が滅茶苦茶じゃ。」
これはややこしい問題をはらんでいるな。とサトシは気づき、その話題から離れようとする。
「そうですか。ところで生殺与奪を任されると言うのはどういう事なんですか?」
「なんだ、急に。闇の神のすばらしさを教えてやろうと思ったのに。まあよい。その言葉の通りだ。この町に住まう者の生き死にを差配しておる。」
話を急に変えられてモースは多少不機嫌そうだったが、しっかり答えてくれるあたり、かなり律儀な性格のようだ。だが、生き死にの差配と聞いてサトシは思った。
「死神ってやつですか?」
「ほほう。其方なんやかんやで博識じゃのう、それは聖典には載っておらぬじゃろう。死神が生殺与奪を掌り、それに従いワシが執行する。」
「執行役と言う事ですか。」
『死神よりは恐ろしくないな』とサトシは少し安心する。
「じゃあ、人の寿命みたいなものもわかるんですか?」
「それを聞いてどうする?」
「いや、参考までに。」
「そうか、まあ良い。結論から言えばワシにはわからん。死期を迎える者は死神からの印を受ける。それはワシにしか見えぬ。故にワシはその印を持つものの活動を停止させる。」
「活動を停止させる……ですか。随分機械的な響きですね。」
「機械的……という意味がよくわからんが、その言葉の通りだ。」
「でも、死者が望めばよみがえらせるんですよね?」
「ああ、アンデッドとしてな。ワシは神ではないから元通り復活させることはできんよ。あくまで動く身体を与えるだけだ。」
「そのアンデッドは人を襲わないんですか?人肉を喰らったり。傷つけた人間をアンデッドにしたりとか……」
「まあ、よほど恨んでおれば襲うこともあるかもしれんが、そんな望みを持つものを蘇らせはせんよ。それに、アンデッドが勝手に増えることもない。あれはそういう呪術をかけている場合に限って感染するものだ。」
「じゃあ、ここのアンデッドはそうはなっていないと……」
「そう言っておろうが。」
そう聞いてサトシは一気に緊張から解放された。
「じゃあ、僕たち家族がこの町で暮らしてもいいですか?」
「それは自由にすればよい。ワシはあくまでこの町の住民の生殺与奪を任されているだけだ。」
「この町に住めば、ここの住民ですよね?そうすると僕らの生殺与奪もモースさんが握るんですよね?」
「だから聞こえが悪いな。ワシは死神の印に従って活動を停止させるだけだ。それも自然死に限られる。事故や殺人などはワシの管轄外じゃ」
「あ、そうなんですか。」
「ずいぶん業務範囲が狭いですね。」
「人を働いていないみたいに言うな。これでも以前は十分に忙しかったわい。今は仕事がないから夜な夜な奴らと戯れておるが、以前は姿を出すことなどそうそうなかった。」
そう言いながらモースはアンデッドの方に視線を移す。アンデッドたちはお互いに戯れるように墓場を行き来している。
「ところでモースさんは「この町の」とおっしゃっていましたが、他の街にも屍術師が居るんですか?」
「そうだな。ほとんどの街に屍術師か死神が居る。大きい街には両方いることがあるな。」
「皆さんそんな感じなんですか?」
「そんなと言うと?」
「いや、望めばアンデッドにしてくれたりとか……」
「どちらかと言えばワシが異端じゃろうな。ほとんどの場合死神が決めた死を与えるだけだ。希望に沿ってアンデッドにすることは無い。むしろ希望に沿わずにアンデッドにしたり、強い恨みを持つもののみをアンデッドにすることが多いようだな。その場合は、先ほど其方が言ったように呪術をかけてアンデッド化を感染させることが多い。」
「モースさんはやさしいんですね。」
「別にやさしいわけではない。……そうだな。自分の責務に……いや。何でもない。」
モースは周りをうろつくアンデッドを、わが子でも見るように眺めていた。
「で、ここで暮らすのか?」
「あ、ああ、ハイ。できれば。」
モースの急な質問に虚を突かれてサトシは慌てて答える。
「そこなゴブリン達も其方たちに恨みがあるわけでは無いようだ。其方ら家族に危害を加えることも無かろう。安心して暮らすがよい。」
「ありがとうございます。」
「そういえば、随分魔術が上達しておったな。それに其方は呪文を唱えないんじゃな」
「ああ、はい。いま魔法陣を研究していまして、で魔術錬成を使うので、呪文は唱えないんですよ。」
「その魔術錬成とはなんだ。初めて聞くぞ。」
魔術錬成を知らないと聞いてサトシは驚いた。
「じゃあ、モースさんはどうやって魔術を使ってるんですか?」
「魔術は我々が思えば起こる事柄の事だ。人間が魔術を使うときには、何やら呪文を唱えたり魔法陣を地面に書いたりしておるようじゃが、それが魔術錬成なのか?ワシらには良くわからんな。」
「ではモースさんはどのように魔術を使うんですか?」
「なぜそんなことを聞く?」
「たんに興味がありまして。」
「そうか、まあ良い。そうじゃな。魔術を使うときは起こす現象を頭に思い浮かべる。そして神々に魂を捧げ祈るのじゃ。」
前半は魔術錬成と同じだが、後半は魔術書で読んだ内容と一致した。サトシは魂の事について聞いてみる。
「魂を捧げるんですか?死んでしまいませんか?」
「魂を全て捧げるわけではない。ワシらの魂は、体の中に充満しておるし、この世界にも満ち溢れておる。ワシらの魂を呼び水として世界の魂を神にささげるのじゃ。」
『モースさんの言う魂って魔力だな。エリザベートさんが言っていた魔力を借り受けると言うのはこの事か』
とサトシは腑に落ちた。ある意味魔力持ちは普通の人間とは違うと言う事らしい。
モースと話し込んでいる間に、空が白み始める。モースはやおら腰を上げると教会の中に入って行く。
「其方、名をなんと申す?」
「サトシです。」
「そうか、サトシ、この町に住むのは構わぬが、夜中に墓場をうろつくのは控えたほうがいいな。常識ある者の行いではないぞ。」
「……ハイ。そうします。」
サトシは自分の行動を反省した。
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