ヨウトでの生活
『とは言ったものの……』
ダンたちが、持ってきた材木で家の補強をしている様子を眺めながら、サトシは悩んでいた。
『さて、どうしたものか。』
使用する魔法陣が強化されたことで、屍術師討伐は不可能ではなくなった。とはいうものの今まで失敗続きであるため、不安な気持ちがぬぐえない。
『ま、悩んでも仕方ないしな。』
サトシは、ダンの手伝いをすることにした。
出入り口や窓を補強し、壁のいたるところにある小さな穴も塞いでゆく。可能な限り外からの侵入を防ぎ安心して夜を過ごせるように補強してゆく。
家の中の調度品は、所々傷んではいるものの、利用できそうなものが多かった。皿やコップなどの食器類から、調理用具。テーブルやいすなど掃除すれば十分に使えそうだった。布製品については傷んでいるものも多かったが、補修すれば使えそうなものもある。サトシはこれからの生活が豊かなものになりそうだと心躍っていた。
「これは父さんが子供の頃に使ってたものなの?」
「ああ、そうだな。この町を出る時に置いて行ったものだな。あの頃は行く先も決めずに町を出たからな。あまり荷物を持っていけなかったんだ。」
「それじゃあ、この近所の家にもいろいろ荷物が置いてあるってこと?」
「たぶんな。おい、何だ?盗みに行くのか?」
「いや、まあ、使えるなら使った方がいいかなぁと思ってさ。」
「ん~。まあ確かに、当時は捨てて行ったって感覚だからなぁ。泥棒ってわけでもないか。後で見に行ってみるか?」
「そうだね。いい物があるかもね。」
サトシは反対されるのではないかと心配だったが、ダンは思いのほか柔軟な思考の持ち主だった。
そうこうしていると、台所から声がする。
「ダン!サトシ!御飯ができたわよ!」
サトシはこの世界での食事にそれほど期待を持っていない。確かにカールたちが来た時は多少ましなものを食べることができたが、それでも日本での食事のように満足できるものではなかった。ほとんどの食材は味気なく、肉は獣臭いものだった。
「はい。今行く」
とは言いながら、『また芋か』と足取りは重かった。
案の定、芋を煮ただけのスープと、野性味あふれる肉の丸焼きが食卓に並ぶ。食器がきれいになった分、味の残念さが際立っていた。しかし、サトシにとっては、これが初めての家族団らんの食事だった。今までゴブリンに襲われ続けて、この家族とはまだ食事をとっていなかった。ようやく家族になったような不思議な感覚だった。
……
「ご馳走様」
サトシは、自分の食器を片付けながら、ダンに話しかける。
「父さん。この町に鍛冶屋はあった?」
「ああ、どうかな。道具屋があったな。そこで剣も扱ってたよ。道具屋の親父に見せてもらったことがある。たまに冒険者が立ち寄ってたからな。俺も昔は冒険者にあこがれたけどな。アンデッド騒ぎがあって、とてもじゃないが俺には無理だと思ったもんだよ。」
「冒険者にあこがれてたの?」
「ああ、当時は冒険者だけじゃなく、騎士団も街道を良く行き来してたからな。かっこよかったぞ!俺もああなりたいって思ったもんさ。」
「へぇ。」
意外だとサトシは思った。サトシの記憶にあるダンの印象は、「ザ・農夫」といった感じだった。
「なにか役に立ちそうな道具がないか探したいんだけど、その店教えてもらえる?」
「ああ、連れて行ってやろう。」
ダンはそう言うと、家の前の道を墓地の方に歩いてゆく。この通りが町の中心らしく、周りには店らしき建物がいくつもあった。
「これだったと思うな。」
頑丈そうな扉が付いた建物の前でダンは立ち止まる。扉についた大きな取っ手を引くと、あっけないほど簡単に開いた。
「扉が壊れてるな。まあ、いいや。ちょっと入ってみるか。」
ダンはずかずかと中に入っていく。サトシはその後ろをおずおずと着いて行く。
「ごめんくださ~い。」
「なんだサトシ。変なとこ律儀だな。もう誰も居ないだろう。」
「まあ、そうなんだろうけど。なんとなくね。」
そう言いながら、サトシは建物の中に入って行く。入り口を入ってすぐの部屋は商品の展示と販売スペースのようだった。店主が町を出る際に持って行ったのか、野党に盗まれたのかはわからないが商品はほとんどなくなっていた。
店舗内には店主が店番をするためのカウンターがあり、その奥に扉があった。サトシはカウンターの中に入り、その扉を開ける。
扉の先は工房になっていた。木工や板金、各種工作のための場所と言った感じだった。工房の奥には狭いながらも鍛冶スペースがあった。
「どうだ?いい道具はありそうか?」
サトシは工房を物色しながらダンの質問に答える。
「お店の方にはあまりなかったけど、工房の方には結構いい道具が残ってるね。」
その言葉通り、大ぶりのハンマーやヤスリ、のこぎりなど工作に利用できる工具がいくつか残っていた。集落の鍛冶屋にあった道具と合わせれば、それなりのものが作れそうだった。そこでサトシはふと気づく。
「ところで、集落の鍛冶屋さんはこのお店の人?」
「えらく他人行儀な良い方だな。ジョシュさんの事覚えてないのか?あの人はウルサンから来た人だな。ウルサンで鍛冶屋をやってたらしいが、なんかいろいろあったらしい。あまり詳しくは聞けなかったけどな。まあ、集落の住人としてはありがたかったけどな。腕のいい鍛冶屋さんが来てくれて。」
サトシはこの世界での記憶をたどる。情景は浮かばないが、文章として覚えている記憶の中でジョシュには良くしてもらっていたようだ。たびたび工房にも遊びに行っていたらしい。そしてジョシュは前々回のゴブリン襲撃の際にジルの両親等と同様に殺されていた。
「ああ、そうだったね。いろいろ教えてもらったよ。」
サトシは、その記憶を探りながら、話を合わせることにした。ジョシュと仲良くしていたのは好都合だった。
「あの頃鍛冶の作業を教えてもらってたんだけど、最近魔力が使えるようになってできるようになった事があるから、この工房の道具でいろいろ作ってみたいと思ってさ。」
「へえ。おまえ鍛冶屋になるのか?」
『それもいいな』とサトシは思った。正直今のサトシは冒険者になりたいとは思っていなかった。のんびりとした生活と、それなりにまともな食事が食べられればそれでよかった。カールやエリザベートと過ごした日々は彼にとって非常に心地よかった。とはいえ、その心地よい生活もアンデッドを排除しなければ得られない。サトシはその準備にかかる。
「鍛冶屋になるかどうかはこれから考えるけど、父さんの装備を整えたいんだ。」
「そうか、助かる。」
サトシはそう言うと、以前拾ってダンに渡していた斧等の武器と、自分の剣を魔力で鍛える。本来なら火入れをしたい所だったがそんな時間の余裕は無かった。
ダンとサトシの装備が整った頃、日は沈みかかっていた。
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