ヨウト探訪
サトシは鍛冶屋に置いていた装備を装着しヨウトに向かう。父親のダンには斧と短剣を渡しておく。
ヨウトに向かう道すがら、ダンと母親のアンヌからヨウトについて二人が覚えていることを教えてもらう。
「そうねぇ。私がヨウトを出たのは今のジルより小さいころだったから……私の父さんと母さんがずいぶん怯えながら村を出たことくらいしか覚えてないかな」
「そうだな。アンヌは俺より5つ下だからな。俺が家族と村を出たのは、ちょうどサトシくらいの歳だったなぁ」
「おじさんたちは何でその街を出たの?」
「生ける屍が出たんだよ」
「生ける屍?」
ジルは何のことだかよくわかっていないようだった。
「死人が夜な夜な蘇って人を襲うんだよ。で、襲われた人は生ける屍になる」
「なにそれ!怖い!え?そんなところに行くの?なんで」
ジルは矢継ぎ早に疑問を投げつけてくる。サトシはとりあえずなだめて両親の話を促す。
「で、どんな街だったの?」
「もともとはきれいな町だったよ。そうだなぁ200人、いや、300人近くの人が住んでたかな。当時はよくわからなかったが、街道沿いだったこともあって宿場町としても栄えてたんだと思うよ。王都から冒険者もよく来てたよ」
「でもある時から、畑を魔獣に荒らされるようになってな。最初のうちは、爺さんたちが自警団を組んで追い払ってたんだ」
サトシは一度聞いた話だが、話の腰を折らないように適当に頷いていた。
「だが、ある時、夜回り担当だった若い衆が魔獣に襲われて亡くなったんだ。まあ、自警団員が怪我をすることも多かったし。その時は残念な事故という雰囲気だったらしいが、葬儀が終わって数日してからだ。みんなが寝静まった夜の村をその死んだ男が歩き回ってるって噂が流れてな」
「ああ、その噂は覚えてるわ。よく父さんと母さんから言われたもの。早く寝ないと『バンクさんに連れていかれるぞ!』って」
「ああ、そうそう。バンクさんだったな。最初はそんなただのうわさ話だったよ。だから、誰も真に受けてなかったんだ。でも、それは事実だった。実際にその死んだ男が寝静まった村を徘徊してたんだ。生ける屍だよ。次の犠牲者は確か、飲み屋で酔いつぶれて店の前に放り出されてた酔っぱらいだったな。そうしてるうちに、被害者がどんどん増えて行った。そっからはネズミ算式だ。町の住民の半数以上がアンデッドになっちまった。昼間はただの死体なんだけどな。夜になると動き出すんだよ。生き残った住民は皆出て行った。ほとんどは北にあるウサカに行ったけどな。ウサカは土地が枯れてるから畑が持てないんで、爺さんたちはあの集落に来たってわけだ。まさか、今度はゴブリンに襲われるとは思ってなかったけどな」
最後はやはり自嘲気味に話を締めた。
「父さんたちは、その生ける屍を見たことあるの?」
「ん~。なかったなぁ。大人たちは家族を守るために家の戸締りを「これでもか!」ってほど厳重にしてたからな。そのうわさが広がってからは窓も内側から板で目張りされて出入りできなくなってたからな。そんな話が出るまでは、夜中に窓から家を抜け出して、仲間と遊びに出歩いてたんだけどな。それもできなくなったよ」
『なるほど。結構やんちゃしてたんだな。』
ダンが昔話を懐かしそうに語っていると、アンヌも何かを思い出したように話し始める。
「ああ、そういえば……。村を出る少し前だけど、変な魔導士みたいな人を見たのよ」
「変な魔導士?村に魔導士なんていたか?」
「そうなのよね。私もついさっきまで忘れてたけど……確か、村を出る1、2日前くらいだったかしら、近所のお婆さんが亡くなって葬儀に参列してる時だったと思うんだけど」
「ああ、そのころはもうウチの一家は村を出てたかもな」
「確かそうだったと思うわ。あの頃、村に残ってた人が少なくて、葬儀に参列してる人もまばらだった覚えがあるもの。でね。葬儀が終わってみんなが家に帰ろうとしたときに、墓地の奥にある教会からローブを着た人が出てきたのよね」
「教会から?確か、あそこの牧師さん家族は早々に村を出たんじゃなかったっけ?」
「それはよく知らないけど、教会が留守になって随分荒れ果ててた事だけは覚えてる。だから私の友達もみんなあの教会には近づかなかったんだけど……」
「その出てきたローブの人が変な魔導士ってこと?」
言い淀むアンヌに対してサトシは話を促す。
「ああ、そうそう。その魔導士風の人が、私の隣にいた友達に話しかけたのよ。葬儀はその友達のお婆さんの葬儀だったんだけどね」
「へぇ。なんて?」
「『お婆さんに会いたいか?』って」
「亡くなったお婆さんにってこと?」
「たぶんね。あの時は、何のことを言ってるのかよくわからなかったから、気味が悪くて友達と走って逃げたんだけど……」
「どんな人だったの?」
「そうね。真っ黒なローブを着てフードまで被ってたからよくわからなかったけど、色白の細身な感じだったように思うわ。村では初めて見る人だったわね」
『父さんより5歳年下。ってことは村を出たときはアイ位の年か……よく覚えてるな。言うて20年近く前の話だよね?』
サトシが訝し気な顔をしている横で、ジルは終始二の腕をさすりながら怖がっている。
「そんな村に言って大丈夫なの?ねえ、おじさん!おばさん!もう。サトシも。余計に危ないんじゃないの?」
ジルの意見も尤もである。正直なところ誰もその問いには答えられなかった。ゴブリンの群れと生ける屍。どちらも普通の村人からすれば太刀打ちできるようなものではない。
そんなやり取りをするうちに、ヨウトに到着する。
「ああ、こんなだったなぁ。随分建物も傷んでるなぁ」
ダンがしみじみとつぶやく。
「あれ?いつもウサカへ行くときに通ってるんじゃないの?」
「いや、通らないよ。暗くなると生ける屍が出るからな。魔獣よりよほど質が悪い。魔獣なら噛まれてもケガや病気で済むが、生ける屍に噛まれたらこっちも生ける屍だからな。さすがに近づく気にはならなかったよ。だから迂回してウサカに行ってた」
『マジか。』
サトシは自分がRPG脳になっていることをつくづく思い知らされた。せいぜい割のいい経験値養分くらいにしか考えていなかった。
「よし、立てこもるなら父さん達が住んでた家がいいだろうな。墓地からは一番遠いし、確か出入口も板で覆って守ってた覚えがある」
まずは皆でダンの生家に向かう。夜に見る街並みとは随分印象が違っていた。板壁がはがれている家も多く、ほとんどの家で木戸が壊れていた。長年の風雨にさらされたせいか朽ちかかっている家が多かった。
ダンの生家は街道から少し入った村の外れにあった。墓地は村の反対側にあるため一番遠い家だ。骸骨騎士もここまでは来ないかもしれない。
入り口の扉は長年の風雨で痛んではいたが、ちゃんと機能していた。周囲の家に比べれば痛みが少ないように思われた。4人は中に入る。
家の中は、埃と雲の巣だらけではあったが、家自体はしっかりとした造りで今よりよほど快適な生活が送れそうだった。
『あぁ、シンデレラとかフランダースの犬とか、アニメやゲームで見たな。この感じ。』
サトシが子供のころに見たアニメや歴史もののアクションゲームに出てくる家のイメージと一致した。できることならこの家に住みたいとまで考えていた。
「すごい!お城みたい!」
ジルの物言いはさすがに言い過ぎだとは思うが、確かに今の生活から思えば天国だろう。ダイニングにはそれなりに立派なテーブルとイス。リビングにはソファーもある。そして、キッチンには大きな調理台と竈がある。
「二階には寝室があったはずだ。行ってごらん」
ジルは嬉々として階段を駆け上る。そして、
「うわぁ。すごい!ベッドがある」
サトシも二階に上がる。確かにベッドがあるし、大人と子供で部屋が分かれている。かなりいい生活をしていたようだ。
「父さんたちはこんなきれいな家に住んでたの?」
今は埃まみれで、ところどころ穴が開き傷んでいるが、当時の生活水準が高かったことを物語っていた。
「今の場所だって、ちゃんとした家が有ったじゃないか。ゴブリンの襲撃で壊されちまったけどな」
サトシは記憶をたどる。やはり文章として覚えている記憶では、確かにちゃんとした家に住んでいたようだ。2年前のゴブリン襲撃で住人たちにもかなりの被害を受けたが、その際にほとんどの家は焼かれてしまい、今は残った廃材でバラックの様な所に住んでいる。
「確かにそうか」
サトシは一応納得してみる。
「で、サトシ。これからどうする?」
「そうだね。玄関はカギがかかる?」
「壊れてなければかかると思うが、どうかな。うん。かかるようだな」
確かに扉には小さい閂が付いていて、外から開けられないようになっている。が、心もとない。
「じゃあ父さん、夕方俺が外に出たら、大きめの家具を玄関に置いて外から入れないようにしてよ」
「え?そうしたらお前はどうするんだ!」
「俺は何とかなるよ。いざとなったら逃げるし。大丈夫。心配ない。あの魔法の威力見たでしょ?」
「そうは言うけどなぁ。俺も戦うよ」
「いや、父さんは二人を守ってよ」
サトシとしては、ダンが足手まといなだけだが、さすがにそれは言いにくかった。そして、二人を守れと言われればさすがにダンも否とは答えられなかった。
「わかった。絶対に無理するなよ」
「わかったよ。大丈夫。任せてよ。で、あと窓も木戸を締めて、出来るだけ大きい家具で塞いでほしいんだ」
「窓も全部か」
「うん。最低限1階は全部。できれば2階も」
「よし、それじゃあ玄関以外は塞いでしまうか」
「そうだね」
そう言うと、全員で家中の窓を閉め、ベッドやテーブル、ソファーなど大きな家具を扉の前に立てかけてバリケードにする。だいたいの目途がついたころ、サトシは家の外に出て墓地に向かう。
墓地には未明に倒した骸骨騎士の武器が散乱していた。それらを選別し、まだ使えそうな武器を集める。明るくなってから確認すると、意外にいい物が多く落ちているようだった。そのまま使う武器と、素材として溶かしてしまうものを選別し広場にまとめておく。そんな作業をしているときに、立派な建物に目が留まる。
「これか」
教会だった。アンヌが不自然に覚えていたこともあり、サトシは調べるべきか迷っていた。ゲーマーとしての勘とでもいうのだろうか。イベントが進行している中で、別のイベントが発動フラグは立てたくないと考えていた。
「なんかありそうなんだよなぁ」
嫌な予感がしつつも、好奇心を抑えられない。夜中にRPGをプレーしていて中ボスを倒した後、セーブして寝るハズが、『次のマップではどんな敵が出てくるのかなぁ、それだけ見て寝よう』などと言いながら突っ込んでしまい。結局朝までプレーするタイプのプレーヤーだった。
サトシは教会に近づき、半開きの大扉の隙間から中を覗く。
昼間だと言うのに、中は驚くほど暗かった。中に光を入れるため、大扉を力ずくで開ける。すると、入り口の方から入った光が、礼拝堂全体をぼんやりと照らす。
サトシは宗教には疎かったが、代表的な宗教くらいは知っていた。
「キリスト教の教会に似ているな」
周囲を見渡しながら、中に入って行く。中央には祭壇に続く絨毯が敷いてあり周囲には椅子が置かれていた。サトシの知っているキリスト教の教会そのものだった。
祭壇に近づくと、そこには分厚い本が一冊置かれていた。
この作品をお読みいただきありがとうございます。
「ブックマーク登録」または「★★★★★」評価いただけると励みになります。
よろしくお願いします。




