魔術錬成と材料づくり
しばらくするとアイも落ち着いてきた。だが、まだサトシが離れるのはダメらしい。さっきからしがみ付いている。よほど怖かったんだろう。
『さて、どうするかな。』
サトシは、思いを巡らせていた。アイを守る方法が思いつかないので、とりあえず、先ほどの戦いの反省点を洗い出していた。
『まず、周囲の確認がおろそかになってたな。』
カールにも指摘された、「攻撃に気を取られすぎ」なところがまだ治っていなかった。周囲にも目を向けなければ、複数の敵を相手にすることはできない。それと
『魔術錬成に時間が掛かり過ぎだ。』
魔術を使い馴れていないため、結果と魔法陣のイメージに時間が掛かっている。これでは咄嗟の時に術が出ない。
『まずは、魔術錬成に慣れる事かな。』
サトシは座ったまま魔力を流し始める。軽く手を伸ばし、遠くの草むらを指さす。座っている地面から魔力を借り受け、指先から草むらに向かって魔力のビームを放つ。そしてそれらが燃え上がるイメージをすると、
ボワァッ!!
遠くの草むらが燃え始める。
『いいな。じゃあ、魔法陣を重ねてみよう』
同じ手順で他の草むらを指さす。今後は魔法陣を重ねる。するとそこでは火柱が上がる。
『あそこに野兎を出せば、ここからでも丸焼きにできるかなぁ?』
酷いことを考えるものである。少ない労力で、食材と経験値を得ようという何ともものぐさな考えであるが、さっそく実行する。
サトシの位置から野兎は確認できなかったが、頭の中に鳴り響くファンファーレで野兎を倒したことがわかる。
座ったまま経験値が稼げると分かった途端、サトシの目がぎらつく。
『野犬だな。』
野犬を草むらに呼び出しては、火柱を上げて燃やし尽くす。SNSに上げようものなら自分が炎上するところだが、異世界では経験値がもらえるという鬼畜仕様だ。
そんなことをせっせと繰り返していると、周囲は焼け野原となっていた。
『さすがに燃やすのはまずいか。燃やさないとすると……氷…だと後で捌くのが大変だな。なら最初からぶつ切りになってりゃいいか。鎌鼬いけるかなぁ』
と安直に考えてみる。
同様にイメージしながら魔力を流す。が、今度は指はささず、竜巻が起きてほしい場所を注視してみる。すると、その場所につむじ風が生まれる。
『イケそうだな』
そこに魔法陣を重ねると、みるみるつむじ風が強力な竜巻になる。
テッテレー!
メロディーが頭の中に鳴り響く。
「属性適合が発現しました。」
『来たか!』
ステータスを確認すると
『属性適合 魔術 火:Lv3 風:Lv1 無:Lv3』
いつの間にやら、火と無もレベルが上がっていたようだ。そこで、サトシはまたもや賭けに出る。
『一匹なら何とかなるかなぁ』
悪い癖である。またもゴブリンを呼びだす。焼け野原にノコノコとやってきたかわいそうなゴブリンは、遠くのサトシに炎と風の合成魔術で攻撃されることになる。
ゴブリンは訳も分からず炎に焼かれ、風に切り刻まれるが、意外に耐える。傷だらけ、火傷だらけになりながらも周囲に気を配り、攻撃してきた敵を探しているようだ。
サトシはステータスを確認する。
『ゴブリン LV:14 HP:72/295 ATK:90 DEF:60 弱点:火』
『一撃じゃぁ無理か。もういっちょ』
非情である。再度炎と竜巻がゴブリンを襲う。四肢を切り刻まれ燃え尽きたゴブリンが風に巻き上げられ散って行く。
テテレテーレーテッテレー!!
勝利のメロディーが流れる。
「経験値1630獲得」
「これ楽でいいなぁ」
つい、言葉が漏れた。
「ん?」
アイがサトシの顔を見上げる。
「いや、何でもない。大丈夫。ゆっくり休んでな。」
と言いつつ、頭をなでながらサトシの肩にもたれかからせる。そして、アイの死角になる位置にゴブリンを呼びだしながら、炎と風で血祭りにあげてゆく。
いつの間にやら、アイは眠っていた。これ幸いと、サトシはレベル上げを続ける。
炎と風で大ダメージを与えつつ、『泥沼による足止め』と、『水攻め』も試す。どうやらサトシは「火と水」、「土と風」どちらにも適合しているようだった。
多くの犠牲の元、サトシは素早く魔術錬成を行えるようになっていた。攻撃方法も多彩になり、燃やしてダメージを与えるだけでなく、「泥沼による広範囲の足止め」や「竜巻により吹き飛ばす」など戦闘を有利に進める方法も編み出していった。
「サトシ?」
アイが起きて、サトシは作業を中断する。
「大丈夫かい?」
「うん。大丈夫。」
「じゃあ、ご飯にしようか。」
「うん。」
サトシはアイの視界に入らないように、ゴブリンの死体をすべて炎で燃やし尽くす。
「じゃあ、あそこの獲物だけ取ってくるね。ここで待ってられる?」
「うん。」
そういうと、サトシは丘をかけ下り、切り刻んだ野兎の肉を拾い集めた。ついでに使えそうなゴブリンの装備も回収する。今回は小柄なゴブリンも居たので、アイの防具として使えそうだった。それらを急いで拾い集めると、アイのところへ戻り、手をつないで小屋へと戻る。
『こういう生活もいいかもなぁ』
サトシはこういうのんびりとした生活も良いなと考えていた。これがのんびりとした生活と言えるかどうかは定かではないが。
小屋に戻ると早速竈に薪をくべ、火を入れる。火が安定するまで外で肉を捌く。捌くと言っても切り刻んであるので、毛皮をはぎ取る程度だった。アイはエリザベートから料理についても習っていたらしく、いそいそと料理を始める。どうやら調味料もいくらかもらっていたようだ。
捌いた肉をアイに渡すと、料理が出来上がるまでサトシは手持ち無沙汰になった。先ほど拾った装備を眺めて思いにふける。
『武器と防具をそろえるにしても、材料が少ないよなぁ。』
大学で機械工学を学んでいたサトシは、材料についての知識に明るかった。今手元にある武器・防具のほとんどは鋼製だった。それなりに強度はあるが何より重い。アイが着るとなれば軽いほうが良い。それこそケブラー繊維とか、カーボンファイバーなど軽くて強い素材が欲しいところだが、おそらく手に入らない。あったところで現状では加工方法もない。となればカールに習った鍛冶スキルで金属材料を加工するのが最良だろう。とはいえ。
『鋼だけじゃなぁ。強度で言えば、ステンレスや合金鋼。軽さで言えばアルミ合金。理想的にはチタン合金なんかがあるとありがたいんだけど……』
ぱっと見た限りそれらは望むべくもない。
「ん~。」
サトシは暇に任せて考え込んでいた。すると、
「作れないのかなぁ?」
ステータスを確認する。自分のスキル。観念動力を再確認する。
『観念動力:精神力(魔力)を消費して対象を変化させることができる。』
「変化させることができるんだよね?」
そう。対象を変化させることができる。
『チタン出来ろ!チタン出来ろ!!」
サトシは念じ続ける。ひとしきり念じたが、まったく発生する気配がない。当然である。あくまで変化は可能だが、このスキルでは無から生み出すことはできない。
『ああ、やっぱりだめかぁ。結局「創造系」のスキルじゃないとだめなのかぁ』
ただ、サトシは諦めが悪かった。
『俺、原子も見えたよな。』
確かに、カールと剣を鍛えていた時、結晶構造を確認することができた。その際には原子が見えていた。ぼんやりとではあるが陽子と中性子も見えていた。どういう理屈かは本人にもよくわかっていないが。
『変化させるんなら、核融合はできんじゃねぇ?』
試しに、と、サトシは井戸で水を汲む。木桶に入ったきれいな水を眺めて、念じる。
『分子見えろ!』
『あ!』
サトシの頭の中に水の分子が見える。うろちょろと動いている。そこで、
『分解!水素と酸素に分かれろ!』
すると、やはり頭の中で、一つの水分子が水素と酸素に分かれる。途端にどちらも飛び去って行く。
『ああ、難しいなぁ』
水を分解することはできるが、出来たとたんに水素も酸素も飛んで行く。サトシはぶつぶつ言いながら木桶の中を覗き込んでいる。一種異様な光景であった。
「いけたぁ!!いや、違う。そうじゃない。水素が欲しいんじゃない。」
そう、彼が試したいのは核融合である。水素だけ作っても仕方ない。
「まずは重水素だ。」
またぶつぶつ言いながら木桶を覗く。料理用の水がなくなったため、アイが井戸の方にやってきたが、サトシのこの様子を見て、後ずさりして台所に戻る。
「おお、重水できた!いける!いけるぞ!」
台所まで聞こえる声でサトシは喜んでいる。アイは微妙な顔になっていたが、気にしないように料理を続ける。
「トリチウムー!らーくしょー!!いけたぁ!!!」
というわけで、重水素と三重水素が取り出せたようである。サトシはそれをもとにして核融合を試みる。
今度は木桶に顔を突っ込まんばかりに覗き込み、念じ続ける。料理ができて呼びに来たアイは、その姿を眺めて悲しそうな顔だ。
サトシは必死で念じ続ける。そこに周囲から大量に魔力を借り受けて一気に流す。するとサトシの頭の中では、途轍もない爆発が起きる。
が、木桶の中では、小さな、極々小さな泡が発生して消えた。
「いけたぁ~!!核融合成功!!!」
サトシはガッツポーズをする。が、
「ってあほかぁ!!!一個だけ作ってどうする!!!」
その通りである。材料を作ると言いながら、たった一個のヘリウム原子を作るのにこれだけ時間が掛かっていたのでは、希望する物が出来上がるのにどれだけ時間が掛かるのか想像もつかない。そのことにサトシはようやく気が付いた。
アイは、声もかけられずに遠くから眺める事しかできなかった。せっかく作った料理はとうに冷めていた。




