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中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?  作者: ミクリヤミナミ
サトシの譚
36/343

レベル上げと逃げてきた少女

 意識が飛びそうな痛みの中、暗闇にぽっかり空いた星を散りばめた丸い空が見える。

 癪に障る甲高いゴブリンの笑い声とが聞こえ、時折石礫が丸い空から降ってくる。大きなものもあり当たれば痛いが今の体の状態からすれば撫でられた程度にしか感じない。

 サトシは必死に催眠ヒュプノシスで治癒を試みる。意識を失えばすべて終わりだ。よく見えてはいないが体の半分以上は水につかっている。出血していることから考えても治癒を止めれば死は時間の問題だろう。

 必死に意識をつなぎ止め、頭部のダメージを最優先に治療する。意識がはっきりしたところで全身の様子を確認する。腕や足はそれほどダメージを受けていないようだが、出血箇所が水につかっているのはまずい。失血を防ぐため、全身の傷を治癒し、その後は内臓に取り掛かる。一番ダメージを負っていたのは内臓と背骨のようだ。全身の傷を治しても手足が動かなかった。

『全身の状態を確認したい。』

 サトシにとっては願いそのものだった。それに呼応するように目の前に映像が映し出される。人体を模式的に表した図のようだ。顔を横に向けてまっすぐ直立したピクトグラムのような人体図。その体のパーツが赤く点滅している。点滅個所に視線を移すと別パネルが開き状態の説明が文章で現れる。

『脊椎損傷(大) 全身不随』

『肝臓損傷(大) 出血』

『腎臓損傷(大) 出血』

『左肩脱臼』

『右大腿骨骨折』

 ……

 外傷は治療できたようだが、生きているのが不思議なくらいの惨状だ。サトシは顔に石礫が当たる感覚を感じながら一つずつ順に治療してい行く。時折石と呼ぶには大きすぎる衝撃を受け、意識が飛びそうになるが、頭部の治療も行いながら確実に治療を続ける。


「ステータス」

『ユーザー:サトシ 職業:子供 LV:5 HP:1/42 MP:5/5 MPPS:1 STR:7 ATK:8 VIT:6 INT:6 DEF:6 RES:5 AGI:33 LUK:25 EXP:220

 スキル:催眠ヒュプノシス☆ 剣:Lv6 棍棒:Lv1 損傷個所 前額部裂傷(小)』


 治癒が終わり、ステータスを確認する。先程まで聞こえていたジルたちの悲鳴やゴブリンの嫌な笑い声も聞こえなくなっていた。

 サトシは手足を動かしてみる。骨折していた部位も問題なく動き、不具合はなさそうだ。目を瞑り暗闇に慣れさせる。俯いて目を開けると水面から首だけが出ている状態だった。腰の下には水くみに使っていた木桶があり、これが浮きの代わりになっていたようだ。井戸の大きさはサトシが両手を広げた大きさよりは狭く直径1.2mと言ったところだろう。腰の木桶を退かすと浮力を失い沈む。完全に潜っても足が付く気配はない。2m以上の深さはありそうだ。サトシは水の中から顔だけ出すと、両手を広げて井戸の壁を掌で押す。そのまま腕の力で体を持ち上げると、今度は両足を広げ、壁を押し体を固定する。両手を壁から離し、足の力で体を持ち上げる。そうやって壁をよじ登って行く。

 催眠ヒュプノシスでHP回復しながら井戸をよじ登る。地上までは5mほどだった。井戸の淵から恐る恐る顔を出し、当たりの様子を窺う。井戸の暗闇に慣れたサトシの目には周りの様子が明るく映る。

 すでにゴブリンたちの姿はなく、周りは何事もなかったように静まり返っている。井戸からはい出し、辺りを見回す。小屋から少し離れたところにぼろ布のようなものが見える。近づいてみると、鈍器のようなもので殴打された人の亡骸だとわかった。服装から辛うじて父であることが分かったがすでに原型をとどめていなかった。

 隠れていた小屋のあたりまで行ってみる。そこには腕と頭を切り落とされたゴブリンが横たわっている。ジルや母の姿は無く連れ去られたようだった。

 サトシはその場にへたり込むと、その場に嘔吐する。ただただ自分が情けなかった。力がないことを嘆くわけではなく、自分自身の臆病さに嫌悪した。

 正直なところ、サトシにとっては記憶があっても出会って一日の家族と幼馴染である。父の亡骸を見ても、ジルや母がさらわれたと知っても悲しみや怒りの感情は湧かなかった。ただ、自分の目の前で人が殺され・嬲られているのにわが身可愛さで逃げ出す自分の卑怯さが許せなかった。自分自身の矮小さを嘆き、悲しんだ。そしてそれが怒りに塗り替わって行く。怒りの矛先をゴブリンに向けなければ気がふれてしまいそうだった。

「憶えてろよ糞やろぅーーーー!」

 サトシが空を見上げて大声で叫ぶ頃、空は白み始めていた。


 サトシは父の亡骸を畑の向こうの小高い丘に運ぶ。丘にある大きな木の根元に穴を掘り、亡骸を埋めると小さな墓標を立てた。何も書かれていない墓標に手を合わせると、サトシは計画を立て始める。

「まずは、レベル上げだ。せめて一対一ならゴブリンを倒せる程度の力がないと。」

 そのためにはステータスが低すぎた。催眠もレベルの高い相手には効かないことから自分のレベルを上げるしかない。まずは野兎などの野生動物を狩ってレベルを上げる必要があると考えた。

 小屋の周囲で見つけた鉈と父の短剣を使い野兎でレベル上げを始める。

 野兎を呼び出しては、行動不能スタンを利用し仕留める。昨日のようにすぐにはレベルが上がらないが、剣の熟練度を上げるためにも繰り返し野兎を仕留める。

 仕留めた野兎を周囲に放置していたためか、犬のような動物が3匹こちらに集まってきた。サトシの様子を窺いながら遠巻きに野兎の死骸を狙っているようだ。サトシは敵のステータスを確認する。

『野犬 LV:5』

「ちっ!レベルしか確認できないのか?パラメータが見えなきゃ意味がないだろ!」

 怒りに任せて愚痴を言う。すると

『野犬 Lv:5 HP:25/25 ATK:15 DEF:5 弱点:火』

「よし。行ってみるもんだな。」

 自嘲気味にサトシはつぶやく。レベルはサトシと同じだ。実験だとばかりにサトシは念じる。

行動不能スタン

 野犬のうち一匹が金縛りにあったようにその場に倒れ込み痙攣している。残りの二匹は警戒して後ずさる。すかさずもう一匹にもスタンをかける。すると残りの一匹は脱兎のごとく逃げてゆく。サトシはその様子を確認して、行動不能に陥っている二匹に短剣でとどめを刺す。


 テテレテーレーテッテレー!!

「経験値100獲得、サトシのレベルが6に上昇、体力の最大値が上昇しました、魔力が向上しました。腕力が向上しました。攻撃力が向上しました。生命力が向上しました。素早さが向上しました。防御力が向上しました。知性が向上しました。運が向上しました。剣の熟練度が向上しました。」


ステータスを確認する。

『ユーザー:サトシ 職業:子供 LV:6 HP:57/57 MP:6/6 MPPS:1 STR:9 ATK:10 VIT:7 INT:7 DEF:7 RES:6 AGI:40 LUK:45 EXP:460

 スキル:催眠ヒュプノシス☆ 剣:Lv7 棍棒:Lv1 損傷個所 無し』

『そういえば魔力の使い道ってなんだ?やっぱり魔法か?でも催眠ヒュプノシスで十分事足りてるしなぁ。』

 実際のところ、催眠ヒュプノシスはチート級のスキルであった。レベルが高い相手には使えないが、自分には無尽蔵に利用できる。バフ・デバフにも活用できるとなると魔法を覚えるメリットをサトシは感じていなかった。

『まあ、いずれ使えるようになるんだろう。』

 サトシはあまり深く考えないようにし、当面の目標であるレベル上げに集中する。

『そういえば、さっきの野犬は死体に寄ってきたな。これ使えるかもな。』

 そう考えると、サトシは見晴らしがよい場所を探し始める。そして、大木の方へ移動する。ここは大木の周りに背の低い草が生えており、野兎と野犬の死体を置いておくと遠くからでも見通せる。そして風も通るので、周囲に獲物の匂いをまき散らせそうだった。

 サトシは、大木によじ登るとひと際太い枝の上に座りチャンスを待つ。

 しばらくすると、野犬よりも一回り大きい犬型の動物が寄ってきた。サトシは静かに念じる。

『ステータス』

『狼 Lv:6 HP:45/45 ATK:10 DEF:5 弱点:火』

 息を殺しながらサトシは機会をうかがう。心の中で『行動不能スタン』を何度も叫ぶ。すると、3回目で狼がその場に倒れ込む。

『いまだ!』

 枝から飛び降り、体重を乗せて首元めがけて短剣を突きさす。短剣は狼の首を貫く。

 テテレテーレーテッテレー!!

「経験値75獲得」

 

 その後、同様に狼や野犬を倒すが、思うようにレベルは上がらない。日も高くなり、サトシは空腹に気づく。昨日から緊張状態で睡眠も食事も摂っていない。一度休むことにする。食事用に野兎を1匹だけ手に取ると小屋へと向かう。

 小屋の竈に薪をくべて火を入れる。ある程度灯が大きくなったら、外で野兎を捌く。捌き終わると肉を持って小屋へと入る。竈の火は安定し十分な火力になっていた。捌いたばかりの肉に昨日両親がウルサンでもらってきた塩をまぶす。鉄鍋をフライパン代わりにして肉を焼く。火が通ったらそのまま手掴みで食べる。正直ちぬきも不十分だし獣臭さも抜けていないが、空腹のサトシには十分だった。ある程度腹を満たしたところでレベル上げの作戦を練る。サトシには焦燥感しかない。ゴブリンがまた来たらとてもではないが太刀打ちできない。倒すことができたゴブリンはレベルが低かった個体だった。格上と思しきゴブリンには急所を狙っても太刀打ちができなかった。自分のレベルを上げる事しか解決法が無い。その現実を目の当たりにして今の状態はじり貧に思えた。だが、この方法以外に思いつくものはない。せめて効率が良い獲物を発見するしかない。先程の方法を試しながら、野犬や狼よりも効率が良い敵を見つける。焼き過ぎて硬くなった肉を頬張りながらサトシは決意する。


 レベル上げについてサトシに忌避感はない。しかし、今回は命がかかっている、加えて時間制限がある。どのくらいの猶予があるかもわからないと来ている。サトシの焦燥感はかなりのものだった。睡眠時間を催眠ヒュプノシスで補う。ロスレスで体力回復ができるのはありがたいが、気持ちは焦るばかりだ。午後の作業は狼と野犬を相手に行ったが、日が暮れたころから死体に群がるのは魔獣となった。剣や打撃が通りにくいスライムに手こずりながら熟練度と各種パラメータを上げてゆく。


 何度目かのスライムとの戦闘中だった。

 サトシは、スタンの効かないスライムと距離を取り、ヘイストをかけながら打撃でHPを削って行く。攻撃を加えては、距離を取る。左右にフェイントをかけながら。その時ふと既視感に襲われる。

 

『あれ?なんだっけ?これ。』


 サトシがスライムの攻撃範囲を外れた位置で左にフェイントをかける。すると、ワンテンポ遅れてスライムは左に動く。右でも同様だ。フェイントをかけるとその方向にワンテンポ遅れて動く。

 何度かの戦闘で、スライムの弱点が内臓であることは判っている。内臓だけは変形できず、直接攻撃できれば一撃で撃破できる。が、スライムは意外に素早いうえに内臓を狙っても位置をずらされる。しかし、フェイントの時だけは無防備な動作となる。


『これ、どっかで見たことあるんだよなぁ。』

 そう、サトシには覚えがあった。おそらくこれは転生してからではなく、以前の記憶。そう、現代日本でゲームをしていた時の記憶だ。

 もともとサトシのプレイスタイルは、数をこなして『はめ技』を探す。モンスターからすればストーカー気質のプレイスタイルである。MMORPGでは他のプレーヤーから鬱陶しがらていた。そんなこんなで、以前プレーしたゲームでこの挙動については覚えがあった。

 そこで、勝負に出る。自分にヘイストをかけた上で、左にフェイント。ワンテンポ遅れて動くスライムの内臓めがけて突きを放つ。


 バシャァン!!!

 内臓を破壊され、一撃でスライムがはじけ飛ぶ。

「おっしゃぁ!」

 サトシは歓喜の雄たけびを上げる。これで効率が上がる。そこからの作業は早かった。スライムを召喚しては『はめ技』で屠る。これの繰り返しである。


 何度目かのスライムを倒した時

 

 テテレテーレーテッテレー!!

「経験値30獲得、サトシのレベルが7に上昇、体力の最大値が上昇しました、魔力が向上しました。腕力が向上しました。攻撃力が向上しました。生命力が向上しました。素早さが向上しました。防御力が向上しました。知性が向上しました。運が向上しました。剣の熟練度が向上しました。」


『やっとLv7か。まだまだだ。もっと繰り返さなないと』

 サトシはそう言いながら、また死体目当てに集まって来たスライムに『はめ技』を使おうとしたとき、フェイント後の突きを避けられる。


「なっ!」

 これはゲームでも経験があった。何か『はめ技』を発見し、それを多用するとAIがそれを学習し対策をたてられてしまう。

「やられた。また探さないと……って。おい。やっぱりゲームなのか?これ」

 また、その疑問が浮かぶ。このスライムにこの方法をとるのは初めてだ。さっきの個体は『はめ技』を経験すると同時に倒している。ということは、全体を統括するAI、つまりメタAIがあると言う事か?それともそれがこの世界を統治する神だとでもいうのか?

 その思いにたどり着いたとき、サトシは考えるのをやめた。

『AIだろうが神だろうが、やる事は変わらないしな。今できる事はまた『はめ技』を探すしかないってことだ。』

 割り切りは早かった。いまサトシが置かれている状況はそんな悠長に世界の成り立ちを考えている暇はない。今日死なないために実力をつけるしかなかった。

 スライムでの作業効率が下がったことで、この場を離れる踏ん切りがついた。より強い魔獣を求めて場所を変えるしかない。どのみち『はめ技』を探す必要があるなら、経験値の低いスライムを狙うより、より大物の方が効率的だ。サトシは集落から離れた場所まで移動することにする。

 

 この道は、両親がウルサンへ向かう際に使っていた街道だ。以前はこの近くにも町があったらしい。しかし、野党に襲われ今では廃墟だけになっていると聞いたことがある。なので、両親も日中しかこのあたりを通らなかった。言われてみれば建物らしきものも見える。サトシは建物に近づいてみる。

 思っていたよりちゃんとした建物だ。今住んでいる集落よりよほど栄えていたのだろう。サトシが住んでいる家は『小屋』という程度のものだが、ここにある廃墟は『家』と呼んで差し支えない。今は外れているが、玄関にはしっかりとした扉があったようだ。地面に立派な戸板が転がっている。家の中に入ってみると存外広い。居間には暖炉らしきものものあり、台所には竈と調理台が備え付けられていた。

『ここで暮らした方がいいんじゃないか?なんであんな所に住んでたんだろう?畑かなぁ。』

 素朴な疑問である。確かに、このあたりに畑は見当たらないが、家の佇まいだけ見ればこちらの集落の方がよほど立派だ。雨風を凌げるだけの今の家よりよほど良い生活ができそうなものである。

 しかし、何件かの家を覗いてから集落の裏手に回る。圧巻だった。100を遥かに超える墓石。

 『この町で何があったんだ?』

 流行り病か。戦争か。何があったのかはわからないが町の住人のほとんどが死んだ事は明らかだった。そして、ここに新たな住民が来ない理由。今目の前でそれが起ころうとしている。墓石が動いて、地面から骸骨が出てくる。スケルトンだ。手前の方の墓石から湧き出てくる。それだけでも20匹はいるだろうか?全部が出てくればゴブリン襲撃と変わらない。スケルトンのステータスを確認する。

 

『スケルトン Lv:10 HP 220/220 ATK 20 DEF 30 弱点:火 光』

 これが20以上。分が悪い。サトシは距離を取る。スケルトンの動きが緩慢なことが幸いした。大きく距離を取ると、最も近い位置にいるスケルトンは追ってくるが、それ以外はまた自分の墓に戻ろうとする。

「いけるな。これなら。」

 サトシはレベル上げに使えると判断した。一匹ずつなら何とかなるかもしれない。サトシは一定の距離を保ちながら一匹だけをおびき出す。そして自分にヘイストをかけ各個撃破を試みる。まずは足を攻撃する。鉈であることが幸いした。切れ味の鋭い剣よりも、打撃に近い鉈のため骨を砕ける。砕かれた骨は元に戻ることなく、スケルトンは足を失いその場に倒れ込む。続いて、腕。最後に頭を砕いてスケルトンを倒す。

 

 テテレテーレーテッテレー!!

「経験値230獲得、剣の熟練度が向上しました。」


「230か。武器も持ってないみたいだし、効率がいいかもな。」

 サトシはそういうと、また一匹誘い出すため墓地に近づく。武器を持っていないあたりからもスケルトンも生前は普通の町民であると思われる。それを考えるとサトシも少々気が引けるところがあるが、自分が生き残るために利用させてもらうことにする。それに、このスケルトンが現れ無くなればこの町に暮らせるのでは?という思いもあった。そこからは喜々としてスケルトン駆除に当たる。

 

 テテレテーレーテッテレー!!

「経験値230獲得、サトシのレベルが10に上昇、体力の最大値が上昇しました、魔力が向上しました。腕力が向上しました。攻撃力が向上しました。生命力が向上しました。素早さが向上しました。防御力が向上しました。知性が向上しました。運が向上しました。剣の熟練度が向上しました。催眠の熟練度が向上しました。」


「ステータス」

『ユーザー:サトシ 職業:子供 LV:10 HP:134/134 MP:10/10 MPPS:1 STR:15 ATK:16 VIT:12 INT:12 DEF:12 RES:10 AGI:78 LUK:73 EXP:11420

 スキル:催眠ヒュプノシス☆☆ 剣:Lv13 棍棒:Lv3 損傷個所 無し』


 各個撃破を続けてすでに40匹は倒しただろうか。サトシの周囲には粉々の骨がうずたかく積まれている。ステータスの確認を終えるとサトシは空を見上げて一息つく。東の空が明るくなっている。

「これ続ければあの家で暮らせるかなぁ。」

 墓場のスケルトンを駆逐すれば今よりも生活レベルが向上する。そんな期待を抱いている。ある意味現実逃避だった。期待していたようなステータスの向上は得られていない。確かにあれから丸1日。そのくらいで急に強くなるなど、ゲームでなければあり得ない。次にゴブリン襲撃があればおそらく助からないだろう。現実を突きつけられてサトシは諦めに近い気持ちを抱いていた。上ってきた太陽を見て、ようやく空腹に気が付いた。

 朝日を受けて目の前の骨が蒸発するように消えてゆく。その様を見て少し嫌な想像がサトシの脳裏に浮かんだが、それを無理やりかき消し自分の小屋へと向かう。

 帰り道、夕方に放置していた野兎や野犬・狼の死骸はきれいさっぱり消えていた。血の跡が残っていることを見ると、他の野生生物か魔獣に奪われたらしい。やれやれと思いながらサトシは朝食の為に野兎狩りをする。

 すでにスタンを使わなくても一撃で狩れる程度にはステータスが向上しているようだった。一旦小屋に帰り、食事をとってから催眠ヒュプノシスで疲労を回復させる。まさに『寝る間を惜しんで』を地で行く。

 その後、日中は野生生物を狩り、夜になった。

『スケルトン複数相手にできるんじゃなかろうか。』

 サトシには勝算があった。レベルも11になり、スケルトンにもスタンを使える可能性が出てきたからだった。意気揚々と街道の街へ向かう。立ち並ぶ家を通り抜けて裏手の墓地へと向かう。墓地に到着すると案の定墓石が傾き、地面からスケルトンが這い出して来る。

『ああ、嫌な予感が当たった。』

 建物寄りの墓から這い出てきたスケルトンは、昨日40体ほど倒しているはずだが、そこからもスケルトンが這い出して来る。

『無限湧きだな。』

 昨日の時点では、一つの墓から一匹のスケルトンしか出てこなかった。つまり、墓から出てきたスケルトンを倒すと、その墓の下は空になっていた。しかし、どのタイミングなのかはわからないが、昨日空にしたはずの墓からもスケルトンが出てきている。つまりリセットがかかったと言う事だった。

『まあ、いいか。良い生活は無理そうだけど、レベル上げはちょうどいいや。』

 サトシは気持ちを切り替えた。生活水準を上げる夢は潰えたが、レベルが効率的に上がるならそれでいいと考えることにした。で、早速スケルトンの大量駆除に取り掛かる。まずは、這い出して来る途中のスケルトンを狙う。無防備だった。頭蓋を鉈で勝ち割る。すると鳴り響くファンファーレ。

『モグラたたきだな。』

 まさにその通りであった。ヘイストで加速し、這い出して来るスケルトンを狙い頭を勝ち割る。かなりの効率だ。まだ数分で20匹は倒せただろう。スタンを使う必要すらない。が、徐々に物量に押されてきた。湧き出すスケルトンの数が多い。一旦サトシは距離をとり、スタンを使いながら各個撃破の作戦に入る。確かにスタンは効いている。動作の遅いスケルトンはレベル上げに最適だった。目の前の数匹をスタンで固定する。これで後ろのスケルトンからの攻撃を受けなくて済む。大量のスケルトン委囲まれてはいるが、実質戦っているのは、周囲の5~6匹だけだ。後はそれを繰り返せばレベルがどんどん上がって行く。

 確かに、周りを囲まれているため、一度体制が崩れるとゾンビ映画で襲われた一般人のような絵面になるが、スケルトンの動きが緩慢なので、ヘイスト状態のサトシなら間を抜けて距離を取ることも可能である。一応退路となる方角を用意しておく必要こそあるものの、効率的なレベル上げステージと言えた。

 先ほどから頭の中でファンファーレが鳴り響いている。レベルアップ。熟練度向上。ステータス向上など、かなりの成果だと言える。

 100匹以上を屠っただろうか。一度スケルトンの群れから距離を取る。一匹だけはついてくるが、これはすぐに撃退出来た。


『さて、ステータス確認っと』

『ユーザー:サトシ 職業:子供 LV:12 HP:95/181 MP:12/12 MPPS:1 STR:18 ATK:19 VIT:14 INT:14 DEF:14 RES:12 AGI:102 LUK:87 EXP:45200

 スキル:催眠ヒュプノシス☆☆☆ 剣:Lv19 棍棒:Lv3 損傷個所 無し』


 かなりレベルも上がっているし、戦いも手馴れてきた。が、集落を襲撃してきたゴブリンのレベルを考えると、まだ1対1でさえが勝てない可能性が高い。加えてあれだけの数だ。今は動きが緩慢なスケルトンだからこんな戦い方ができるが、ゴブリンに囲まれたら数分と持たないだろう。


『とりあえず、続けるしかないかぁ』

 サトシはまた墓地へと向かう。後は夜通しスケルトンを屠る。やっているうちに囲まれてしまうよりは、モグラたたき状態の方が効率がいいことに気づく。モグラたたきが間に合わなくなり、囲まれ始めたら墓地から大きく距離を取り、時間をおいてから再度湧き出るスケルトンのモグラたたきを続ける。何度か繰り返すと、ステータス向上の恩恵か、スケルトン叩きを延々継続できるようになった。

『俺、いったい何やってんだろう。』

 と、たまに我に返る時もあるが、生き残るためと気持ちを奮い立たせる。そうこうしている間に夜が明けた。


『ステータス』

『ユーザー:サトシ 職業:子供 LV:17 HP:25/321 MP:17/17 MPPS:1 STR:25 ATK:26 VIT:20 INT:20 DEF:20 RES:17 AGI:178 LUK:122 EXP:881320

 スキル:催眠ヒュプノシス☆☆☆☆ 剣:Lv25 棍棒:Lv3 損傷個所 無し』


 スケルトン叩きがルーチンワークとなってきた頃から、サトシはレベル上げに必要な経験値を確認していた。レベル16から17に上げるために40万ほど経験値が必要だった。先程から倒しているスケルトン一匹が230。ということは1730匹は倒したと言う事だ。確かにヘイストをかけて行うスケルトン叩きは効率が良かった。墓地の中を縦横無尽に走り回り、1匹あたり2秒と言ったところだろう。繰り返しているうちに取りこぼしがちらほらと現れ、20分も戦っていると、4~5匹の取りこぼしが出てくるので、一旦その場を離れて仕切り直す。これを繰り返していた。結果レベルを1つ上げるのに1時間強と言ったところだった。

『ここからは先が長いな』

 サトシはどっと疲れを感じてしゃがみ込む。確かに1時間でレベルが1上がるならば効率がいい。しかし、これから先はレベルを1つ上げるために必要な経験値も増えてゆくはずだ。スケルトンばかりを相手にしていたのでは、指数関数的に時間がかかる可能性がある。頭をくしゃくしゃと掻きむしり、陰鬱な考えを意識の向こうへ押しやる。

「さて!帰るか!」

 カラ元気も元気の内と言わんばかりに、勢いをつけて立ち上がると、鉈を振り回しながら街道を小屋に向かって歩き出す。途中リスや野兎を発見し、一撃のもとに屠る。スタンやヘイストを使わなくても倒せるようになった事にわずかな満足感を感じて、多少足取りが軽くなっていた。


 小屋の前に到着し、リスと野兎を捌こうと準備をしているとき、視界の端に動くものが見えた。

「!?」

 サトシは咄嗟に身を隠す。小屋の中からわずかに顔を出し、様子を窺う。それは畑の向こう、小高い丘を覚束ない足取りで下ってきている。小さい人影。ここからでははっきりと確認できないが、魔獣の類ではなさそうだ。

 サトシは両手に短剣と鉈を持ち、低い姿勢で小屋から忍び出る。遮蔽物に身を隠しながら、畑の方へと進み出る。

 小さい人影は、途中何度も転びながら丘を下る。倒れては、起き上がり、足を引きずるようにこちらへ向かってくる。サトシが畑の前まで来た時、その人影が10歳くらいの少女であることが分かった。サトシは短剣と鉈を持ったまま、勢いよく駆けだす。少女に近づくとあたりを警戒したうえで声をかける。

「おい、大丈夫か?どうしたんだ!」

 少女は体中に暴行を受けた後があり、着衣もボロボロだ。泥の中を這いずり回ったのか泥だらけでいたるところから出血している。

「大丈夫。すぐよくなるから。俺が治してあげるよ。痛みも治まる。血も止まる。傷も消えるさ。」

 サトシはやさしくそう言うと、少女をお姫様抱っこの形で抱きあげた。サトシの言葉で催眠ヒュプノシスが効いたのだろう。少女の体の傷は徐々にふさがり、出血も治まっていた。とりあえず治療はできたが、抱きかかえたとたんその少女はぐったりとし、気を失ってしまったようだ。

「ステータス」

 サトシは囁くようにそういうと、抱きかかえている少女のステータスを確認した。

『アイ 職業:子供 LV:1 HP:1/2 STR:1 ATK:1 VIT:1 INT:1 DEF:1 RES:0 AGI:1 LUK:0 損傷個所:無し』

『生きてはいるな。何があったのかはわからんが、魔獣にでも襲われたかな。」

 とりあえず、小屋に連れて行くことにした。

 抱きかかえたまま小屋の中に入り、少女をゴザのような薄い敷物の上に横たえる。寝具と言えるものはこのゴザの様な物しかないので、両親が使っていた敷物を掛布団代わりに使うことにする。先日のゴブリン襲撃で泥だらけになっていたので、軽くはたき泥を落として少女の上にかけてやる。こんな物でもないよりましだろう。

 サトシは途中だった食事の準備に取り掛かった。


 サトシが食事をとり終わっても、少女は目を覚まさない。生きているのか心配になり、呼吸を確認する。どうやら生きてはいるようだ。それにしてもよほどひどい目にあったのだろう。来ている服はボロボロだ。もともとの服装としては、今サトシが着ているものよりよほど上等だ。かなり破れてはいるが、サトシが知る中世ヨーロッパの一般市民が着ている服装と言った感じだった。それに対してサトシの服装はみすぼらしい物である。麻布の様なごわごわした生地を縫い合わせた縄文時代と言った雰囲気の服装だ。

「さて、どうしたもんかなぁ」

 サトシはおもむろに隣の小屋に向かう。隣の小屋はもともとジルの家である。あそこにはジルの着ていた服があるはずだ。世が世なら少女部屋での下着漁りと逮捕を免れない案件であるが、この状態ならどうということは無いだろう。比較的ゴブリンに荒らされていないところから着替えを一着持って来る。これをこの少女が来てくれるかは微妙なところだが、血だらけ泥だらけで破れた服よりはましだろう。

 そうこうしていると、少女が目を覚ました。少女はサトシと目が合うと急に飛び上がり、掛布団を抱えたまま後ずさる。その様子を見て、サトシはゆっくりとした口調で話しかける。

「ああ、落ち着いて。ここは安全だよ。僕はサトシ。君に危害を加えるつもりはない。だから安心して。」

『まあ、安心してって言われても普通は無理だよな。」

 サトシは語りかけながらも、おそらく警戒を解いてもらうことは難しいだろうと諦観していた。が、少女対応は意外なものだった。

「サトシなの?」

「ああ、サトシだけど。どうしたの?」

 サトシは少女が自分の事を知っているような口ぶりに、警戒心を抱きながらも努めてやさしく語りかける。

 少女はサトシの言葉を聞いて、掛布団を抱きかかえたままその場にへたり込む。顔には安堵の色が見えた。が、それも束の間、少女の目が潤み、大粒の涙を流しながら嗚咽を始める。目の前で少女が泣いている様に、サトシはうろたえる。

「大丈夫?どこか痛いところある?」

 サトシは、心の中で『ステータス』と唱えて少女のステータスを再度確認する。

『アイ 職業:子供 LV:1 HP:2/2 STR:1 ATK:1 VIT:1 INT:1 DEF:1 RES:0 AGI:1 LUK:0 損傷個所:無し』

 損傷個所:無し サトシはその表記に安堵する。が、どうなだめてよい物やら思案するも答えが出ない。仕方がないので泣き終わるまで待つことにする。


 ひとしきり泣いた後、少女は落ち着いたのか、ぽつぽつと話し始めた。


「ジルってお姉ちゃんが助けてくれたの。」

「ジルが?」

「青い肌をしたお化けに襲われて、洞窟に掴まってたら、お姉ちゃんたちも連れてこられて……」

『ゴブリンか。ゴブリンは人間の子供を食料に、成熟した人間の女は繁殖用として巣に持ち帰ると聞いたことがある。おそらくこの少女も……』

 襲撃の後、父の死体だけで、母とジルが居なかった理由も同様だろう。つまりこの少女はかなりのトラウマを植え付けられたことになる。思い出すのもつらい出来事だっただろうとサトシは察した。

 ところどころよくわからない話ではあったが、断片的な少女の言葉をつなぎ合わせ、サトシが補完した状況は次のようなものである。


 少女は「アイ」という名で、母と二人でウルサンに住んでいた。何があったのかはよくわからないが、母と二人でウルサンを出て旅をしていた。3日ほど前ゴブリンに襲われ、二人はゴブリンの巣に連れて行かれる。牢屋のようなところに囚われ、母親はゴブリンに凌辱され殺されてしまったようだ、アイも遊び半分で暴行を受けていたのだろう。そんな中で、サトシの母親とジルがさらわれてくる。二人も同じ牢屋に入れられたようだ。昨晩ゴブリンたちはサトシの母親を連れてどこかへ出かけたようで、その際に牢屋の警備が手薄になったため、ジルがアイを逃がしてくれたとのことだった。ジルはその時にサトシのところへ行き、一緒に遠くへ逃げるようにと伝言を託していたようだ。


 アイの話を聞きながら、わずかばかりの違和感を感じたものの、母親とジルがまだ生きていることに焦りといら立ちを覚えやり場のない怒りを募らせてゆく。


 刻んだ野菜をゆでただけの味気の無いスープを作り、アイに食べさせる。ここ数日碌に食事をしていなかったらしくようやく人心地が付いたようだ。落ち着いたらしいアイはその場でうとうとし始める。

「眠っていいよ。大丈夫、俺はここに居るから。安心してお休み。」

 すると、アイは安心したようにその場で横になり寝息を立て始めた。その様子を見てサトシもここ数日緊張状態だったことに気づく。催眠を使い寝る間を惜しんで経験値を稼いでいたが、いったん落ち着いて体を休めることにする。日が出ているうちはゴブリンや魔獣も襲ってこないだろう。そう考えて、サトシも横になる。

『今ゴブリンの根城に向かっても返り討ちに合うだけだ。二人を助けるなんてとても無理だろう。これからどうしたもんかなぁ』

 答えのない考えが頭の中をぐるぐると回る。そのうち、サトシも眠りについていた。

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