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犯罪者

 「50人ですか……大量殺人ですね」

 この世界にもシリアルキラーみたいな奴らが居るんだろうか。

 そう考えてたら、オットーさんは俺の言葉を待たずに否定してきた。


「全部が殺人ってわけじゃねぇよ。人攫いも含まれてる」

「人さらい……」

 フリードリヒさんが反応する。が、これまたオットーさんは即座に否定した。

「攫われてるのは子供じゃねぇんだな、これが。大人ばかりだ。で、そいつらのほとんどはダンジョンの奥で見つかった。


 まあ、あれな状況ではあったけどな」


「あれってどういうことだ?」

「……いろいろだったけどなぁ」

 そう言いながらオットーさんは思い出すようにぽつぽつと答える。


「茫然自失ってのかな。生きちゃいるが、ぼやーっとしたまま、まともに返答もできない奴や、半狂乱で叫びまわってる奴。あとは眠ったままどうやっても起きない奴。ずっとケタケタ笑ってるって奴もいたな」


 あー。それは助かったとはいいがたいなぁ。よほどひどい目にあったのか……


「カルロスの関与はありそうか?」

 フリードリヒさんが俺の考えを先読みするようにオットーさんに尋ねた。が、オットーさんの返事はそっけない物だった。


「何とも言い難いな。ひったくり(スナッチ)だっけ。疑いだせばきりがないが、確証は持てないな」

「そうか」

 確かにそれだけの情報では何とも言い難い。むしろフリードリヒさんが直接その人たちを確認するしか方法がないだろうな。


 にしても、そんなに人が攫われてるのにほったらかしって、ヴェストリアの治安はどうなってるんだ?


 という思いが顔に出ていたのか、オットーさんがニヤつきながら話し始めた。


「ヴェストリアの治安は悪くはねえよ」


 やだ!怖い。念話チャットしてないよね?

 

「お前もカールに似て来たな。考えてることが表情に出るようになったよ」

 

 そういうと、ケタケタ笑いながらオットーさんは続ける。

 

「ヴェストリアはな、王都に比べても犯罪者に対しては遥かに厳しい町だ。王都じゃ、ちょっとした盗みや無銭飲食程度じゃ、せいぜい罰金か数日の拘留で済まされることも多い。ところが、ヴェストリアでは大違いなんだよ」


 オットーさんは一度言葉を区切り、真剣な眼差しをこちらに向けた。


「ヴェストリアでは、軽微な犯罪でも、再犯の可能性があれば容赦なく隔離されるんだ。その隔離場所ってのが、町から北に位置する深い渓谷だ」

「渓谷?」

「そうだ。闇の渓谷ノクス・ヴァルディスと呼ばれる場所だ。犯罪を犯した者は、その渓谷に送られ、二度と町へは戻れない。事実上の島流しだな」


「最近じゃあ汚物ステルクス渓谷なんて言われてるみたいだな」

 フリードリヒさんがつまらなそうに車窓を眺めながら独り言ちた。

 

 「汚物渓谷」に島流しか。なるほど。嫌だな。


 一瞬納得しかかったが。次の疑問が湧いてきた。


「じゃあ、オットーさん。犯罪に厳しい町なら、どうしてそのダンジョンに犯罪者が集まるんですか?そんな町の近くなら犯罪者は寄り付かないんじゃ?」


 フリードリヒさんが、フッと鼻で笑った。


「それは、サトシ。お前が日本の基準で『犯罪』を捉えているからだ」

 

 え?


「お前が腹を割って話せって言ったんだろうが。まあ、このことについてはオットー達にも理解しといてもらわないと、とっさの時に困るからな」


 オットーさんも「え?」という顔をしている。そりゃそうだ。日本って言われても困るよね。なにそれって。

 俺も、まさか念話チャットを使わず日本の話を始めるとは思ってなかったからびっくりしちゃった。


「オットー。ヨハン。お前らも一応覚えておいてくれ。サトシは別の世界で生活した記憶が残っている所謂「転生者」だ。だから俺達とはずいぶん違う価値観で動く。すぐに対応してくれとは言わないが、そのことを肝に銘じておいてくれ。咄嗟の時にお前たちには想像がつかない行動をとることがあるってことだな」


「そりゃ。想定のしようがねぇな」


 オットーさんはおどけて肩をすくめる。が、おそらくその事実はわかっていただろうし、ある程度の想定をしていたんだと思う。動揺の色はない。

 どちらかと言えば、それをフリードリヒさんが公言したことに驚いている雰囲気だった。


「さて、話を続けるか。サトシ、『犯罪者』というのはな、為政者いせいしゃが定めた法を破った者、つまり『ルール違反者』のことだ。日本のように必ずしも善良な市民にとっての『悪人』とは限らない。実際この世界に民主主義なんてものは存在しない。


 例えば、タオパ伯爵に逆らった商人は、たとえ無実でも『不正行為』で捕まる。町のギルドマスターに反抗的な冒険者は『規律違反』で資格を剥奪される。そういった、伯爵にとって不都合な者たちも、この町では『犯罪者』として汚物ステルクス渓谷に送られる」


 つまり、治安が良いかどうかは、また別の話だと。タオパ伯爵が町の『ルール』を恣意的に運用している可能性がある、ということか。

 確かに、フリードリヒさんが言うように、頭ではわかっていても、日本で生活していた印象で咄嗟に考えてしまうな。


「だから、犯罪者が減っているからといって、町の治安が良くなっているとは限らねぇ。むしろ、伯爵の支配を逃れたい者たちが、ダンジョンという『法の外』の場所に集まっている。今回の討伐依頼は、その不満分子を一掃するための、伯爵の『政治的な依頼』だという側面もある、ってこったな」


 オットーさんが補足してくれた。

 

 そうか。法が為政者の都合で曲げられるなら、法を破る者たちもまた、一概に悪人とは限らない。俺は深く考え込んでしまった。


「……なるほど。為政者の都合、ですか」


 重い空気が車内に流れる。


「まあ、そこは深く考えなくていいさ、サトシ。俺たちの仕事は、今回の件がカルロスに関係しているのかどうかを確認することだ」


 フリードリヒさんはそう言うと、窓の外を指さした。


「ほら、話している間に着いたぜ。あれがヴェストリアの町だ」


 俺は深く考え込むのをやめ、顔を上げた。窓の向こうには、灰色の石造りの壁に囲まれた、重厚な町並みが広がっていた。

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