情報共有その四
「こりゃ快適だな。揺れもほとんどねぇし。驚くほど速いな」
なんやかんやと文句をつけていた割に、オットーさんはご満悦のようだ。
ヨハンさんも無口だが満足げにシートにもたれかかってくつろいでいる。
「ん~」
さっきからフリードリヒさんは、納得がいかない表情でシート周りの快適装備をいじり倒している。
俺のディーゼルトラック……というか、タンクローリーに何か不満でも?と聞きたいところではあるが、本当に何か言われると面倒なので、その様子をうかがっている。
すると、後席のクーラーやら、パワーウィンドウの動作の確認をしたところで、重い口を開いた。
「これ……どうやって作った?」
「どうやっても何も、天命の書板と、俺の創造主使って作ったに決まってるじゃないですか」
「量産できるのか?」
「いや、量産までは流石に。ほとんどのパーツをワンオフで作ってますからね。それに電子制御だとメンドクサイんで、全部機械的に制御してますし」
「パワーウィンドウは?電子制御じゃないのか?」
「これ、モーターとスイッチ直結です。一番上まで行くと止まりますけど、挟み込み防止無いので気を付けてくださいね。頭とか挟むと最悪死にますから」
「おいおい。安全度外視かよ!?」
「仕方ないじゃないですか。そのあたりは機械制御だと逆に面倒なんですよ」
「なら、電子制御入れればいいじゃねぇか」
「だから……無理なんですってば。世界のコンピューターの歴史を俺一人で辿れって言うんですか?それもこの短時間で?無理っしょ?」
「半導体は作れるんだよな?集積回路は?それができればプログラムだって書板から呼び出せるだろ?」
「いやいや。簡単に言いますけどね。そうそう単純な話じゃないんですってば」
俺の言葉にフリードリヒさんは顔を顰める。
そんな顔したって駄目なもんはダメなんだって。駄々っ子ですか?
「確かに半導体は作れますよ。当然製造装置も作ろうと思えば作れますけど……それを動かすためには大量のケミカル材料も必要なわけですよ。ね?加えて集積回路なんて、あっちの世界でも最初は単純な回路しか作れなかったわけでしょ?それをどんどん微細化してったわけじゃないですか。その技術を一足飛びに作ろうってったって、そりゃ無理ってもんですよ。図面や作業手順書はあっても、それを運用するノウハウが蓄積されてませんから。結局ものづくりは人ありきです。人づくりですよ。職人技がないとできません。そっすね。カールさんもそろそろ創造主使えるとは思いますけど、でも、一人や二人増えたところでどうなるもんでもないですよ。だから、今回のタンクローリーはあくまで試作です。で、これを見本に職人を育てて徐々に技術力を上げていくしかないんですよ」
フリードリヒさんは俺の話を静かに聞いていたが、残念そうにため息をつくと、話題を変えた。
「で、オットー。確認したいんだが、ヴェストリアにあるダンジョンは攻略済みなんだよな?」
今までの俺たちの会話に全く反応していなかったオットーさんだが、気怠そうな表情でフリードリヒさんにこたえる。
「ああ、一応攻略済みってことにはなってるな。公式には」
公式には?
俺の疑問顔をオットーさんはすかさず拾う。
「あの町にも冒険者ギルドがあるんだが、タオパ伯爵の影響が強くてな。ギルドに持ち込まれた依頼についても、タオパ伯爵が認めないものは却下されるんだ。あそこのギルドマスターは単なるお飾りなんだよ」
「それと、ダンジョンと何の関係があるんです?」
「まあ、そう急くな。でな。あの町のギルドは冒険者ランクの昇格基準が厳しいんだよ」
「昇格基準?ランクアップ条件のやつですか?」
「そうだ。基本的に昇格基準については定期的に行われてるギルドマスターの会議で決定される。最後に改定されたのは10年以上前だったはずだ。あとは、その基準に沿って各ギルドが判定していくことになってるんだが……、あそこは特に昇格には厳しい」
そういえば、俺もAランクになってたな。なんかルークスさんに言われるがまま昇格してたから特に気にしてなかったけど。
「でも、厳しくてもいいんじゃないですか?ランクが上がってもあんまりメリット無いですよね?」
以前パーティーを組んだオズワルドがそんなことを言ってたと思う。ランクが上がるほど割のいい依頼を受けられなくなるって。
「まあ、ちゃちな依頼はそうだろうけどよ。ダンジョン踏破となりゃ話は別だ。ダンジョンの奥には相応のお宝が眠ってる。あたりを引けば一生遊んで暮らせるほどだ。となりゃ、冒険者なら一獲千金を目指すもんじゃねぇか?」
「はあ。そんなもんなんですかね」
あんまり金に頓着がないので、そのあたりはよくわかんないけど……ほら。俺油田王だし。
「さすが、金持ちは言うことが違うね。金も力も兼ね備えたサトシにはわからんかもしれんが、ほとんどの冒険者はその一獲千金を夢見てランクアップを目指すのさ。まあ、ランクアップしてからその弊害に気づくやつも多いがな」
「そう思うと、昇格基準が厳しいっていうのは、親切なんじゃないですか?」
「そういう考え方もできるが、実際はそういうことじゃねぇ。あのダンジョンに入るために必要な冒険者ランクはAだ。必然的にダンジョンに潜れる冒険者は限られるってことだ」
「でも、そんなの無視して入っちゃえばいいんじゃないですか?」
そういうと、オットーさんたちは微妙な表情になった。
「カール的な発想だな。強者の思考というかなんというか……。お前らはそれができるからな。そう考えるんだろうが、普通は無理なんだよ。実力が無きゃダンジョンで死ぬし、ある程度実力があっても、依頼無視や規律違反は罰則対象だ。今回の討伐依頼と同様に、闇でダンジョンに潜った奴には莫大な罰金が科せられるか、討伐依頼が下るよ」
「討伐依頼までですか!?やりすぎじゃないですか?」
「鉄の掟って奴だな。少なくとも冒険者ギルドは荒くれ物の集まりだ。それを束ねるには、より強力なルールが要る。だからだよ」
そういうオットーさんの目は、何やらもの悲しさを湛えているように感じた。
が、その表情はすぐに切り替えられる。
「で、あの町にいる冒険者のほとんどはBランク以下だ。討伐依頼があったとしてもダンジョンに潜ることは出来ねぇ。で、今回俺に話が回ってきたってこった」
なるほど。Sランク冒険者が要れば、BランクやCランクが居たとしてもダンジョンに入れるってことか。
「で、どうだったんだ?」
事前説明に業を煮やしたらしいフリードリヒさんが、先を促す。
「せっかちさんばっかりだな。一応サトシにもわかるように話しておかねぇとな」
そういうと、フリードリヒさんの表情が曇る。が、それは我慢してもらわないとね。俺がわからない話をされても困る。
その気持ちを酌んだらしく、フリードリヒさんは話を続けろとばかりに顎をしゃくった。
「あの町にAランク冒険者は数えるほどしかいねぇ。それも、よそから流れてきた盆暗なやつらばかりだ。で、あのダンジョン自体はAランク以上じゃないと入ることも許されない。と聞いて、何も疑問を持たないかい?」
「本当に踏破されているか……確認できる冒険者が居ないってことですか?」
俺の言葉に満足したのか、オットーさんは満面の笑みで答える。
ん~。ご本人は満面の笑みなんでしょうけど。ちょっと馬鹿にされてる気がするんだよねぇ。このあたりがカールさんと会わないところなんだろうなぁ。
まあ、それはいいとして。
「ご名答。俺も「踏破済み」っていう噂を聞いただけで、「誰が」「いつ」踏破したかは聞いた覚えがねぇ」
「でも、そんなあやふやな情報だったら、それこそ一獲千金を目指して入ってみようって言う冒険者がよそから寄ってくるんじゃないですか?」
というと、一段とオットーさんがにやけた。
だから、そういうところですよ!カールさんに嫌われてるのは。
「むしろ逆だ。入ってみて何もなきゃ。骨折り損のくたびれもうけ。何より、「踏破済み」ってのは、「めぼしい宝がない」と同義だからな。確かに、隠された財宝がないとは言い切れないが、言い切れないだけで、確率は限りなくゼロに近い。なら、そんな危険を冒してまで再探索しようなんて奴はよっぽどの変わりモンか……」
「今回のような犯罪者ってことですか」
「そういうこと。それにな。この依頼はヴェストリアの冒険者ギルドで何回も却下されたって話だ」
「犯罪者の捕縛がですか?どういう理由で?」
「犯罪を立証できないってよ」
立証できない?
「よくわからんって顔だな。今回の依頼は、魔獣じゃなく人間相手だ。討伐対象としてはかなり特殊なんだよ。そうだなぁ。さっき言った「ギルドの掟を破った」みたいな場合は比較的簡単に討伐対象として認定されるんだけどな。まあ、いきなりってことはないが、再三の注意と、罰金の支払いを無視したりすると討伐対象認定されるな。
でも、今回のは、あくまで家族を殺されたりした被害者達からの依頼だ」
「でも、被害者から依頼があるんなら受けるんじゃないですか?」
「その被害者が嘘ついてたらどうする?」
あ、ああ。立証できないってのはそういうことか。
「確かに、それだとどちらの言い分が正しいかわかりませんね。無実の人間を討伐対象にしないために、確実な情報がない限り討伐依頼を受けないってことですね。じゃあ、正しい判断なんじゃないですか?却下っていうのは」
「今回依頼された犯罪者たちは、ちゃんとした証拠が挙がってるんだよ。なにより王立騎士団からも指名手配されてる」
「じゃあ、依頼を受けないのはおかしい……というより、指名手配されてるなら、それでいいんじゃないですか?わざわざ金払って依頼来出さなくても騎士団が捕縛してくれるでしょ?」
「お前もあんまり騎士団のことわかってねぇみてえだな。そんなに頼りになるもんじゃねぇよ。ありゃ単なる王侯貴族の子息が寄り集まったお遊びみたいな奴らだ。以前は魔力が高く屈強な戦士が集まってたらしいが、ここ十数年は弱体化が進んで全く頼りにならねぇよ」
無茶苦茶な言いぶりだな。確かにカールさんもそんなようなこと言ってたけど……。あの人は実害を受けてるからそういう物言いになるんだと思ってたけど、オットーさんもこう言うなら、事実なのかもなぁ。
「じゃあ、頼りにならない騎士団に見切りをつけて、被害者自ら私財をなげうって討伐依頼を出したってことですか?」
「ああ、それに被害者は一人や二人じゃねぇ。50人は下らねぇって話だ」




