しょうたい
「なんです?それ」
俺の質問にフリードリヒさんは答えず、ただ黙って赤黒く染まった漢字の文字を凝視している。
『フリードリヒさん!』
念話を飛ばすと、フリードリヒさんは我に返ったように俺に顔を向けた。
「で、どういう意味なんですか?」
フリードリヒさんは静かに、言葉を選ぶように説明を始めた。もちろん、周りの二人には聞こえないように、念話で。
『この文字は、漢文だ』
『漢文?中国語、ですか?フリードリヒさん、中国語が読めるんですか?』
『いや、俺も高校で習った程度の漢文しかわからんよ。だが、これは間違いない。日本の古典で学ぶ、あの漢文だ』
『マジっすか……ってことは、やっぱりこのメッセージを残した奴も、俺たちと同じ世界の人間、日本人なんすね』
『そうとしか考えられん。そして、この文章の意訳だが……「この文字が読める者は、記された場所へ行け」だ』
記された場所へ行け?
『明らかに俺たち転生者に向けたメッセージじゃないっすか』
『ああ。だが、この文字が何らかの魔法陣の残滓として残っていたとなると……やはりカルロス一味か、あるいはブギーマンの手の者が関わっている可能性が高いな』
俺は一気に気が焦った。せっかく故郷の味に再会したのに、そんな感傷に浸っている場合じゃない。
「すいません!フリードリヒさん!俺、腹ごしらえは十分です!そろそろ出発しませんか!」
俺は無理やりテンションを上げて、フリードリヒさんに提案した。
「ああ、そうだな。すまないが、食事は切り上げだ」
フリードリヒさんはそう言うと、残りの料理に未練を残しつつ立ち上がった。
「なんだ、もう行くのかよ、ウルフの旦那」
オットーさんが不満そうにビールジョッキを一気にあおる。ヨハンさんも静かに俺たちを見ている。
「この魔法陣は危険だ、すぐにでも向かう必要がある」
フリードリヒさんは強い口調で言った。
「マジかよ! で、俺にもついて来いって事か?」
オットーさんはおどけて肩をすくめるが、その眼は真剣そのものだった。
「そうだな。道案内を頼みたい」
頼む……とは言ってるけど、命令っすよね。わかります。
オットーさんも理解した様子で答える。
「行ってやるけど、俺は魔法陣についちゃぁ専門じゃねえぜ。エリザは連れて行かなくていいのか?こういう古代の魔法陣みたいなもんは、あいつの専門だろう」
オットーさんはそう進言したが、フリードリヒさんはにべもなく却下した。
「必要ない。この情報はお前たちの目線から見てもただの古い石碑の残滓にしか見えんのだろう?なら、それでいい」
オットーさんは少し不満そうな顔をしたが、フリードリヒさんの命令口調に逆らう気はないらしく、「了解」とだけ答えた。ヨハンさんも無言で立ち上がっている。
いやいや、フリードリヒさん、エリザさんがいれば解析が進むんじゃないですか?
俺は慌ててフリードリヒさんにチャットを飛ばした。
『フリードリヒさん!さすがにエリザさんが居たほうが良いんじゃないっすか?魔法陣の解読のことも考えて!』
フリードリヒさんは歩きながら、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で返信してきた。
『ヴェストリアは、王都の中でも特に警戒が必要な場所だ。あの都市には、タオパ伯爵の息がかかった貴族や商人が多く住んでいる。タオパ伯爵はブギーマンとの繋がりが強い。下手に魔術師を連れ込めば、面倒事に巻き込まれる』
『じゃあ、ヨハンさんとオットーさんは大丈夫なんですか?』
『本来なら連れて行かない方が良いが、この情報を知っている二人を、この場に置いておく方が危険だ。そして何より、重要なのは二点目だ』
『二点目?』
『これは魔法陣ではない可能性が高い。ただの石碑だ。そして、たとえ魔法陣だったとしても、俺たちの様な転生者からのメッセージである以上、この世界の住人には、可能な限り伏せておいた方が良い』
『石碑…ですか』
『ああ。この世界の住人から見れば、それはただの古代文字。だが、俺たちにとっては、次の目的地を示した招待状だ。この秘密をエリザが知った場合、やつはこの事実を王に報告しなければならない義務がある。そうなれば、全てが公になってしまう。それは避けたい』
『なんでエリザさんが王に報告するんです?知り合いなんですか?現国王と』
俺の質問に、フリードリヒさんは視線で訴える。
(なぜ、天命の書板で調べない……)
わかります。そんな気がしてますもの。ああ、今ならルークスさんの気持ちが少しわかる。一瞬存在忘れるんだよね。この便利ツール。
でも、ここまで来たら、聞いた方が早い。いや、早いのか?
などと考えていると、やれやれ言う声が聞こえそうなほどの気怠い念話が飛んできた。
『……エリザはSランク冒険者だが、それと同時に王立魔術研究所の研究員だ。あくまで一介の研究員だから、潤沢な報酬や十分な研究費が出てるわけじゃない。だから生活するために冒険者もやってたって事だな。まあ、研究材料探しって一面もあるんだろう。でなきゃ、お偉いさんの親族だとしても王立研究所なんかに出入りできるわけねぇだろ』
『そう言う事なんですね』
とはいうものの、依然貰った情報からそこを察しろってのは無理じゃないっすかね?スパルタっすね。
まあ、それはいい。これで理解できた。
ヤバい情報だからこそ、二人には黙っていてもらう必要があるってことか。エリザさんは信頼できるけど、立場が立場だ。
『了解しました。俺もそのつもりで口を閉じます』
『頼むぞ、サトシ』
こうして、俺たち四人は、情報を得るためにヴェストリアへと向かう。




