潜入捜査
クレータ街 フリードリヒ宅 会議室
「お前ら、こんな感じで覗いてたんだな……」
フリードリヒさんがあきれた様子で俺に尋ねてきた。
ウルサンでカルロスと戦っている様子をここから眺めていた時のことを言っているんだろう。
「あれ?話してませんでしたっけ?」
フリードリヒさんは俺の言葉に、腑に落ちない様子で答える。
「いや、聞いてはいたけどよ……。まさか、ここまでとはなぁ」
彼は軽い怒りをにじませながら会議室の中央に浮かぶ大スクリーンを睨みつけていた。
今会議室にいるのは、フリードリヒさんとカールさん、オットーさんたちSランク冒険者の3名と俺。あとは、フリードリヒさんの部下が数名後ろに控えている。
転生者が新たに生まれない状況に、ブギーマンの影を察知したフリードリヒさんは、ウルサンにあるブギーマンの拠点を調査すると言い出した。
当然、フリードリヒさんが直接出向くことはできないし、俺達だって面が割れている。
そこで、フリードリヒさんの部下がウルサンに潜入調査をすることとなった。
しかし、もしこの状況の裏にカルロスがいるとするなら、調査は一筋縄ではいかない。なぜなら、カルロスは「人心掌握」や「ひったくり」のスキル持ちだ。
奴が復活しているとなれば、潜入者もかなりの手練れでなければならない。
かといって、潜入者の能力値を極限まで上昇させた場合、奴にその体を奪われる可能性もある。
なかなか難しい判断ではあったが、フリードリヒさんが従える部下の中では比較的普通の人物を選定した。
能力不足を補うため、臨機応変な対応が必要な時に、俺たちが随時状況を把握できるよう会議室にスクリーンを配置し、周囲の状況を逐一把握できる環境を作ろうということになった。
で、天命の書板をつかって会議室中央にスクリーンを出現させ、潜入者の視界と周囲の状況をモニタリングできる状況を作ったわけだ。
そしたら、この言い草ですよ。
「便利でしょ?」
「便利って……言うのか、これを。そんなレベルのもんじゃなかろ?えぐいぞ」
「まあ、それは否定しませんけど」
以前もこの様子を見ていた、オットーさんたちSランク冒険者3名は、「まあ、こうなるよね」的に達観した表情で様子をうかがっている。
カールさんは「すげーなぁ」と言いながらも、何がすごいのかよくわかっていなさそうだ。
ある意味順応性が高いといえるな。
「まあいい。便利なことは間違いないからな。とりあえず、使えるモンはありがたく使わせてもらおう。アルゴ!聞こえるか?」
今回潜入者として選ばれたのは、アルゴだ。年齢は30歳らしい。身長180センチほどで、中肉中背。見た目は普通のおっさんで、特徴らしい特徴がない。しかし、身体能力は高く、Aランク冒険者くらいなら難なく制圧できるらしい。潜入捜査にもってこいの人物で頼もしい限りだ。
アルゴは、王都に住む豪商の使用人という設定である。
……
昨日その件をフリードリヒさんに尋ねたら、嬉々として説明を始めたんだよねぇ。
「実はな、その豪商ってのがエルネスト・ヴァルトってんだ。以前はただの土地持ちの豪農ってところだったんだが、王国魔術省から一人の魔術師が訪れたことで奴の人生はがらりと変わっちまうんだ。
奴らが極秘で研究開発を進めていた「農業用ゴーレム」の実証試験を、エルネストの広大な農地で実施したいと言うんだよ。魔術省は、このゴーレムが農業に革命をもたらし、収穫量を飛躍的に増大させると力説した。最新技術への投資を厭わないエルネストは、その提案を快諾。農地の一部を試験場として提供したんだ。
で、試験は順調に進むかに……」
「いや、いいです。そんな細かい設定はどうでもいいんで、潜入捜査の作戦内容を教えてください!」
いやはや。なんだろうね。急に早口でまくし立てるし、あんなキャラだったっけ?
急なキャラ変に気圧されちゃったよ。
……
まあ、それは置いておいて、その豪商の使い、アルゴが向かったのは、ウルサン南部のスラムにある孤児院「夕顔」だ。
ここは表向き孤児院となっているが、ブギーマンのフロント組織、つまりは隠れ蓑といったところだろう。人身売買の窓口になっているらしい。
「はい、聞こえてます」
念話のため、画面に映るアルゴの口は動いていないが会議室にアルゴの声が響く。
ウルサンの街は王都に引けを取らないほど整然としていた。荒くれ物の巣窟だった以前の面影は微塵もなく、行き交う人々の表情も心なしか明るい。
そんな街の目抜き通りを過ぎ、通りを南に進むと、先ほどまでの明るい雰囲気から一転する。行き交う人々は、身なりの良いアルゴを鋭い目つきで追っている。まるで、獲物を見つけた肉食動物のようだった。
「おい、ありゃ上客だぜ」 「こっちの獲物だ。手ェ出すんじゃねぇ」
耳ざとい連中が、すでにアルゴの周囲に集まり始めている。道端でたむろしていたごろつき風の男たちが、露骨にアルゴの足取りを追っていた。その視線は、獲物の品定めをするように、彼の懐具合や持ち物を探っている。数は、ざっと見て五、六人。スラムの底辺で生きる彼らにとって、王都の豪商の使用人という設定のアルゴは、まさに絶好の獲物だろう。
フリードリヒさんが眉をひそめ、大スクリーンに映るアルゴの周囲を注視した。 「厄介なのが集まってきたな。アルゴ、お前、気づいているか?」 「はい。路地裏に身を隠している連中もいます。合図があればすぐ動けるように、常に意識はしています」
アルゴは冷静に答えるが、彼の向かう先にある孤児院「夕顔」の入り口は、あと百メートルほど。このままでは、彼は確実に囲まれる。
あの程度のごろつき達なら、囲まれたところでどうということはないだろうが、ここで派手な立ち回りを披露すれば、ブギーマンの連中に怪しまれてしまう。
ここはまず、奴らの足止めだろうな。
俺は視線をスクリーンの端、路地の陰に潜む、最も動きの鋭い二人組のごろつきに合わせた。
「フリードリヒさん、やりますよ」 「おい、待て!何をやるつもりだ!?」
フリードリヒさんが焦った声をあげるが、俺は構わず、タブレットの仮想画面に浮かび上がった魔法陣を指でなぞる。
「軽い『加速』と『方向転換』をかけます。あいつらがアルゴに追いつく前に、足元にでもひっくり返ってもらいましょう」
俺の指先が魔法陣の中心を突いた瞬間、会議室の全員には感知できない微かな魔力の波が、空間を飛び越えウルサンのスラムに到達した。
画面の中の、アルゴを取り囲もうと路地から飛び出してきた二人のごろつきが、何もない地面に足を滑らせたかのように、勢いよく前のめりに転倒した。その拍子に、一人は手に隠し持っていたナイフを取り落とし、もう一人は顔面を地面に強打した。
「ぐあっ!」 「てめぇ!」
二人のうめき声と怒鳴り声が、念話を通して会議室に響く。他のごろつきたちは、突然の仲間の転倒に一瞬動きを止め、戸惑いの表情を浮かべた。
「……なるほど、そういうことか」 フリードリヒさんは、驚きと納得の入り混じった顔で画面を見つめている。
「今のうちに、アルゴは孤児院へ。はやく潜入してください」 俺はアルゴへ念話で指示を飛ばした。




