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中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?  作者: ミクリヤミナミ
サトシの譚
33/343

辺境の少年

 ぼんやりと人影が見える。

 ひとだろうとは思うが、顔がはっきりと見えない。

 いや、見えてすらいないのかもしれない。


 そこに人がいると、感じている気がする。


 顔は見えないが、ただそこでぶつぶつとつぶやいている…気がする。

 何を言っているのかはわからない。


 ふと、匂いがした。

 懐かしい匂いだ。


 なんだろう、懐かしいが、すこし悲しく、胸が締め付けられられるような

 よく嗅いだ匂いだ。

 いつ頃だったか…


 急に目の前が明るくなった。

 そこに人がいる。


 まだぶつぶつ言っている。

 顔は見えた


 が、


 表情が読み取れない。



 感情のない、焦点の合わない目をしている。

 

 これは、病院の臭いなのか……


 目の前の人がつぶやいていた言葉が、急に理解できた。


 「見つけた……」


 目の前が暗くなる。


 ゆっくりと落ちていく感覚……


 どんどん深い闇の中に落ちてゆく……


 ……


 小屋の中で少女に起こされて目覚める。

 少女はジル。おぼろげな記憶はあるが、何だろうこの感覚


 以前にたような経験をした気がする。


 そう、夢だ

 夢の中で「これは夢だ」と気づいたとき、

 あのときと同じ感覚だ。


 また夢なのか?


 目の前のジル……と思われる美少女は怪訝そうな顔をしている。


『かわいいなぁ』


 スラブ系?、北欧系?

 目鼻立ちははっきりしており、瞳は深めの青。

 艶のある黒髪をポニーテールにしている。


 頬のあたりはふっくらとしていて幼さが残っている。

 外国人の年齢はよくわからないが、14~5と言ったところだろうか?


『今回の夢はアタリだな』


 意味もなくそう思った。


「サトシ?起きてる?まだ寝ぼけてるの?」


「ああ、起きてるよ、どうした?」


「どうしたじゃないよ。もう日が昇ってるよ。みんな作業始めてるんだから、サトシも早く支度して!!!」


 ふくれっ面もかわいいなぁ、などと考えていると、

 腕を引っ張られる。


 かなり強く引かれたのか、肩に痛みを感じた。


『痛み?』


 たしかに、今まで見た夢の中でも痛みを感じたことはある。

 よく、「夢かどうかをほっぺをつねって確かめる」という描写を見るが

 夢の中で痛みを感じたこともあるし、匂いや味もあった気がする。

 なので、いま痛みを感じたところでそれほど驚くほどの事でもないのかもしれないが、



 今回の痛みは少々違う。

 ずいぶん痛い。


「あ、ごめん。痛かった?」


「ああ」


 夢じゃないのか?どうもいろいろ腑に落ちない。

 とりあえず、寝床から出ることにする。

 

 麻のようなチクチクする布を掛布団にして、ゴザの上に寝ていたようだ。

 ずいぶん質素な寝床だな。夢なら豪華にすればいいのにと思った。


 顔や体も、寝汗でべたつく。ずいぶんリアルな夢である。

「顔を洗いたい……」

「はやく準備してね。あたしは先に行ってるから。じゃ」


 そとに井戸があったはずだ。

 家の中も粗末なつくりだ。

 ログハウスっぽいが、樹皮がついたままの木も使われている。

 大きさは12畳ほど、床は土だ。中央に囲炉裏、その周りにもゴザが退いてあり、食事などはそこでとっているようだ。

 奥の方には竈も見える。


 寝床の横には、おそらく靴だろう……獣の皮でできた靴下みたいなものが2つ置いてある。

 それを履き、ぽっかり口を開けた出入口らしきものから外にでる。

 小屋の隣に井戸があり、ロープにつながった木桶を中に落とす。


 水を汲んで、中を覗き込む

 木桶の水に映った自分の顔は整った顔をしているが、ずいぶん幼い。

 ジルと同じぐらいの年齢だろうか


 水も冷たいし、軽く井戸の組石をたたいてみる

 やはり痛い。夢の中での痛みとは少し違う気がする。


 それに、ジルや自分の両親の事など、いくつかの記憶がある。

 が、思い出というわけではなく、文章として教わったような記憶だ。


 両親はこのあたりで農家を営んでおり、ジルとは幼馴染で、現在一緒に生活している。

 2年ほど前、ジルとジルの両親は隣り合う牧場を営んでいたが、ゴブリンの群れに襲われて

 牧場はほぼ壊滅状態となり、その際に抵抗したジルの両親は惨殺された。


 それから、ジルを我が家に引き取り、両親はわが子のように育てている。

 俺(この少年)は、またいずれ襲ってくるであろうゴブリンの群れから両親とジルを守れるように冒険者になりたいと願っている。


 という、自分のものなのかよくわからない記憶がある。

 昨日の夜に両親やジルと交わした会話についてもおぼろげながら記憶もある。

 どうやら今日は畑仕事の手伝いをしなければならないようだ、そのために、ジルが起こしに来たらしい。


 両親はすでに畑に出ており、これから準備をして芋を掘りにいかなければならない。


 とりあえず、顔も洗い目が覚めたところで、手伝いの準備をする。

 また小屋に入ると、ジルのもとへと向かうために、役に立つのかわからない農耕具らしきものを手に取る。

 

『なんだよこの道具、中世か?


 ……


 ……中世?


 ヨーロッパ


 日本


 令和……平成……ん。ああ、おれの名前はサトシか……


 いま、自分の記憶とつながった気がする。


 なんだっけ、こういうのは……


 …………


 まあ、いいか。』


 こんがらがった記憶を追いやり、とりあえずみんなのもとへ急ぐ。

 サッカーグラウンドほどの大きさの畑の真ん中あたりに両親の姿が見える。父が芋を掘って、母が土を落として箱に詰めている。


『父さん……と……母さん』

 今の自分同様、ずいぶん整った顔立ちである。


『……父さん?……母さん?』

 

『父さんと母さんはこんな顔だっけ?』

 徐々に記憶がつながってゆく。


『これは夢……なのか?

 これが夢なら、現実の俺は……』


 現実の記憶がよみがえってくる。


『ああ、これラノベでよく読んでた異世界転生ってやつか。』

 少し腑に落ちた。


『じゃあ、なんだ、おれ死んだのか?』


 そこは思い出せない。

 まだ、もやがかかったようになっている。

 怪訝そうな顔で両親のもとに近づく。すると、

「まだ寝ぼけてるのか?向こうでジルが待ってるぞ、早く手伝ってこい」

 汗と土にまみれた顔で、顎をしゃくってジルの方をさす。


「うん。わかった」


 異世界・ゲーム…………いろいろなことが頭をよぎるが、考えがどうにもまとまらない。

 とりあえず、ジルのもとに行き、芋ほりを手伝おうと周りを見渡した。


「じゃあ、掘るのは任せるね。わたし箱に詰めるから」

「ああ」


 スコップのような農耕具で芋を掘り出してゆく

『なんだこれ?』

 それはあまりにも奇妙な光景だった。

 土の中から芋が現れる。そう、現れたのだ。本来なら、土の上に葉が生い茂り、茎が地面から生えていて、その茎を引っ張ると根のところに芋がついているはずだ。

 しかし、この芋堀は全く状況が異なった。

 確かに地面に葉っぱが生えている。茎もある。が、それはあくまで目印のようで、その真下に芋がある。

 というより一定の深さまで掘ったところで芋が現れたのだ。


 サトシには訳が分からなかった。ゲームでもしているかのような体験だった。

 そう、ゲームだ。ゲームだと思えば合点がいく。


『ゲームなのか?』


 しかし、目の前にいるジルという少女や、先ほど見た両親。自分が寝ていたであろう寝床など、「リアル」の一言で片づけるにはあまりにも自然な『現実』としか思えない状況がある。このギャップに混乱していた。


「サトシ?何してるの?早く収穫しないと。日が暮れちゃうよ!」

「ああ」

 ジルに促されて、収穫を続ける。収穫というより作業だ。地面を「掘る」と「芋」が現れる。その作業を延々繰り返す。

 ただ、その芋も、毎回現れるわけでは無いようだ。葉っぱを引っ張り、地面を掘っても芋が現れないこともある。確率的には30%と言ったところだろうか。

『やせた土地ってことなのかなぁ』

 芋を掘り起こしながら思いを巡らせる。

『ラノベで見た異世界転生なら、ステータス見れるのかな?』

 そう、自分や他人の能力値を可視化する事ができるのか、サトシは試してみようと考えた。

『ステータス』

 心の中で呟いてみる。すると


 ピキーン!

 目の前に電球が灯ったような明るさを感じ、甲高い音が頭の中に鳴り響く。そして

「スキル『念願』を獲得しました。」

『は?』

 なんだそれは?という疑問というよりは呆れに近い感情がサトシに浮かぶ。

「念願」そんなスキルがあるのか?

 そもそもやはりゲームなのだろうか?頭の中を疑問がぐるぐる回り続ける。そんなサトシをあざ笑うように、目の前に文字と数字が表れる。


『ユーザー:サトシ  職業:子供 LV:1 HP:5/5 MP:1/1 MPPS:1 STR:1 ATK:1 VIT:1 INT:1 DEF:1 RES:1 AGI:1 LUK:8 EXP:1

 スキル:念願』


 サトシは持っていた芋を落としたことにも気づかず目の前に浮かぶ文字を凝視する。


『やっぱりゲームなのか?それとも異世界ではこれが当たり前なのか?』


 自分のステータスを一通り眺めたところで、ジルに視線を移す。


『ステータス』


 もう一度念じてみる。すると、ジルの頭の上に文字と数字が表れる。


『ジル 職業:子供 LV:1 HP:2/2 STR:1 ATK:1 VIT:1 INT:1 DEF:1 RES:0 AGI:1 LUK:0』

 いまだ自分の目の前に浮かんでいるステータスとジルのステータスを比較する。


『HPは良いとして、俺にMPがある?魔法が使えるのか?MPPSってなんだ?聞いたことないステータスだな。』


 サトシは今ある記憶を頼りに、ゲームのステータスについて考える。体力(HP)や魔力(MP)はもとより、力(STR)や攻撃力(ATK)生命力(VIT)知性(INT)防御力(DEF)抵抗力(RES)素早さ(AGI)運(LUK)経験値(EXP)スキルポイント(SP)など比較的聞きなれたパラメータが並んでいた。が、MPPSは記憶に無かった。


「ちょっと、何ボーっとしてるの!早くしないと今日中に終わらないよ!」


 ジルに声をかけられ、はっと我に返る。


「ああ、ごめん。」


 サトシは慌てて落とした芋を拾い上げる。そして、そのまままた考え込んでしまう。


「ねえ、ちょっとどうしたの?大丈夫?」


 心配そうに顔を覗き込むジルに、サトシは疑問をぶつけてみた。


「あのさ、ステータス見れる?」

「すてーたす?」


 ジルは何のことだかさっぱりわからない様子で聞き返す。それを見てサトシは慌ててとりつくろう。

「いや、何でもない。気にしないでくれ。」

「今日のサトシおかしいよ?体調が悪いなら休んておく?」

「大丈夫。できるよ。ごめん。さあ、やろうか。」


 サトシはジルと芋ほりの作業を進めながら自分のステータスを再度確認する。

 主要なパラメータの下に『スキル:念動』と書かれたパネルが浮かんでいる。そのパネルの記述を見つめると文字の色が赤く変わり、横に説明が現れた。


『望む事象が10%の確率で発現する』

「低っ!」

「え?なに?」


 つい声が出た。その声にジルが反応する。


「いや、何でもない。」

「そう。」


 ジルはあまり気にしていないのか、また作業に集中し始める。


『10%って、低すぎないか?願う意味っていったい……この確立は上げられるのか?』


 サトシは、スキルによる10%を体感できるのか実験してみようと考えた。先程から単調に繰り返しているこの作業『芋堀り』で。


『さて、どうなるか、さあ芋出てこい』


 念じながら芋の葉を引っ張り芋を掘り起こす。


 はずれ。はずれ。はずれ。はずれ。はずれ。あたり。あたり。はずれ。はずれ……


 だんだん身体が馴れるにしたがって作業効率が上がる。


 はずれ。あたり。はずれ。あたり。はずれ……


『あたりが増えてるのか?33%くらいってこと?』


 この実験のやり方ではこんな微々たる変化を確認できない。


『別の方法を考えるか……』


 と思った時だった。


 テッテレー!

 軽快なメロディーが頭の中に鳴り響く。


「スキルの熟練度が向上しました!」


『スキルの熟練度?』


 サトシはステータスを確認する。先程のようにスキルのパネルに視線を合わせ説明を表示させると


『スキル:念願 望む事象が20%の確率で発現する』

 

『まじか!』


 特に何をしたわけでもない。芋を掘り続けただけだが、ステータスが向上した。サトシはすぐにステータスを確認する。


『ユーザー:サトシ  職業:子供 LV:1 HP:5/5 MP:1/1 MPPS:1 STR:1 ATK:1 VIT:1 INT:1 DEF:1 RES:1 AGI:1 LUK:8 EXP:1

 スキル:念願☆』


 HPもMPなど、主要なステータスで低下したものは無い。


『今のところリスクなしで熟練度を上げられてるな。これを繰り返せば確率向上狙えるか?』


 この事でサトシの「やる気スイッチ」が入った。

 サトシは額の汗をぬぐうと、手の泥を落とし気合を入れる。勢いよく芋を抜いてゆく。はずれ、あたり、どちらが出ても関係ない。ここからはスピード勝負だった。次々と芋の茎を握っては引き抜き、その場に放り投げてゆく。先に芋が付いていようと付いていまいとお構いなしだ。


「どうしたの?サトシ!そんなに慌てたら最後まで体がもたないよ!!」


 ジルの声も聞こえない。次から次へと芋を掘り返してゆく。すると、先程の倍以上掘り返したところで。


 テッテレー!

 またうれしいメロディーが頭の中に鳴り響く。


「スキルの熟練度が向上しました!生命力が向上しました。素早さが向上しました。運が向上しました。」


『来た!』


 手を休めてステータスを確認する。


『ユーザー:サトシ  職業:子供 LV:1 HP:4/5 MP:1/1 MPPS:1 STR:1 ATK:1 VIT:2 INT:1 DEF:1 RES:1 AGI:2 LUK:9 EXP:3

 スキル:念願☆☆』


 スキルの内容も確認する。


『スキル:念願 望む事象が30%の確率で発現する』 

『ようし!来たな。あ、HPは下がるか。体力は消費するんだな。そうなると』


 サトシは畑の様子を確認する。今のところ掘り返した芋は畑全体の1/7と言ったところだ。ジルはサトシの事はお構いなしに芋を箱に詰めている。


『まだ十分あるな。一気に行くか!』


 気合を入れると纏めて抜き始める。素早さの向上による効果か、効率がすこぶるよくなった。また、運も向上したため、芋を掘り起こす確率が50%を超えている。両手を使って複数の株を抜いてゆく。みるみる芋が掘り起こされてゆく。


「っ痛!」


 畑の半分ほど抜いたところで手に痛みを覚えた。掌にできたマメがつぶれて血が出ている。握力も限界に近い。


「限界かなぁ。ステータス」


 目の前にステータスが現れる。


『ユーザー:サトシ  職業:子供 LV:1 HP:3/5 MP:1/1 MPPS:1 STR:1 ATK:1 VIT:2 INT:1 DEF:1 RES:1 AGI:2 LUK:9 EXP:8

 スキル:念願☆☆』 


 わずかながら経験値は上がっているが、これでレベルが上がるとも思えない。しかしHPは下がっている。ここでふと疑問に思った。


『回復ってどうやるんだ?』


 ゲームなら薬草やポーション、ケア系の魔法など手段はある。今の状況でそれらは利用できないだろうし、休息をとったからと言ってすぐに回復するとも思えない。何か手段は無いかと考えて、はたと気が付く。


『願うと叶うんだよな。たしか。』


 物は試しと、手の傷を凝視しながら『治れ!』と願う。治らない。それでも願い続ける。まだ治らない。目をつぶってみたり、天を仰いでみたりしながら意識を集中しながら繰り返し願う。すると。


 ピキーン!

 目の前が明るくなり、甲高い音が頭の中に鳴り響く。そして

「スキル『切願』を獲得しました。」

『お!新しいスキルか!』


 掌を確認する。


「治ってる!」


 サトシが急に大声を出したため、ジルはぎょっとした顔でこちらを見ている。が、そんなことはお構いなしでサトシは続ける。


「ステータス!」


 新たに獲得したスキルを早速確認する。

 スキル『念願』パネルの下に、二つのパネルが並んで現れた。そのうちの一つ、左側のパネルに

『スキル:切願 望む事象が40%の確率で発現する』

 と記載されている。右側にあるもう一枚のパネルは無地でグレーアウトされている。まだ使えないと言う事だろう。

「いよぉし!これで行けるんなら、芋を掘り返さなくってもいけるんじゃないか?」

 喜びのあまり独り言も大きくなっていた。サトシは芋堀をやめ、体力回復を願うことにした。ステータスを出したまま、体力回復を願う。すると、HPが3から4に上昇する。確かに確率は4割と言ったところだが、願うだけで回復するのはありがたかった。

『これは使えるぞ!』

 何度も何度も体力回復を願う。その時


 ピキーン!

『来たー!』

 目の前が明るくなり、甲高い音が頭の中に鳴り響く。そして

「スキル『自己暗示』を獲得しました。」

『ん?』

 喜びが、一瞬で疑問に変わる。『自己暗示』?これはイケてるのか?

 やはりステータスを確認してみる。

 スキルのパネル。先程グレーアウトしていた下段右側のパネルに『スキル:自己暗示』と記載されている。

 内容を確認すると


『スキル:自己暗示 自らの身体に望む事象が60%の確率で発現する』

『自分の体に?』


 という疑問が浮かんだが、とりあえずためしてみることにした。まずは体力回復について自己暗示をかけてみる。

 目の前に表示されているステータスのHPが5/5となった。


『じゃあ、パラメータも向上できるのか?

 試してみる価値はありそうだ。まず上げるなら、これかな。』


 サトシはRPGで素早さを重視している。レトロゲームのコマンド選択型ターン性RPGにドハマりして一心不乱に俊敏性を上げ続けた経験があった。そうと決まれば一心不乱に頭の中で唱え始める。


『俊敏性向上。俊敏性向上……』

 

 テッテレー!

 メロディーが頭の中に鳴り響く。


「素早さが向上しました。」

『やっぱり早い!』


 確率が向上したからだろうか。向上のタイミングが早い。


『さあて、どのくらい向上したかな。』

『ユーザー:サトシ  職業:子供 LV:1 HP:5/5 MP:1/1 MPPS:1 STR:1 ATK:1 VIT:2 INT:1 DEF:1 RES:1 AGI:2 LUK:9 EXP:8

 スキル:念願☆☆ 切願 自己暗示』 


「あれ?」

 向上したと頭の中にアナウンスが流れたが、数値は向上していない。はて?としばらく考え込んだところで

『小数点以下か』

 という結論に達した。となると厄介だ。どの程度向上したか確認のすべがない。今回の向上で0.5上がっているなら、自己暗示を続ける効果は大きいだろう。しかし、これが1/100未満ともなれば別の方法を探した方がよさそうだ。


『小数点以下が見れたらいいんだけどなぁ』


 すると、目の前のステータスがバグる。

『ユーザー:サトシ  職業:子供 LV:1 HP:4.9999999999999999/5.0000000000000000 MP:0.9999999999999126/1.0000000000000000 MPPS:1.0000000000000000 STR:1.0000000000000000 ATK:1.0000000000000000 VIT:2.0000000000000000 INT:1.0000000000000000 DEF:1.0000000000000000 RES:1.0000000000000000 AGI:2.0009999999999999 LUK:9.0000000000000000 EXP:8.0000000000000000

 スキル:念願☆☆ 切願 自己暗示』 

「うわぁ!」


 目の前に、0と9が並ぶ。驚いた拍子にしりもちをついた。


「0.000999… って、1/1000か。これじゃあ自己暗示だけで上げてくのは無理か。」


 サトシは「あちゃー」といった表情で天を仰ぐ。こんな微々たる量では、この方法をあきらめるしかなさそうだった。

 それにしても、このステータスは見辛くて仕方ない。


『切り替え可能になる。切り替え可能になる。』


 と自己暗示をかけてみる。すると表示が元に戻った。


『でもこのスキルは使えるな。まあステータスアップは無理そうだけど。』


 一通り試してみて納得がいった。サトシはやおら立ち上がると、尻についた泥を落とす。

 すると、先ほどの様子を心配してジルと作業を終えた父親が駆け寄ってきた。


「どうしたの?」

「何かあったのか?」


 ジルと父親に声をかけられ、そちらに目をやる。


「ああ、大丈夫だよ。」


 そういいながら、父親のステータスを確認する。


『ダン 職業:農夫 LV:5 HP:125/128 STR:105 ATK:10 VIT:300 INT:110 DEF:150 RES:0 AGI:40 LUK:0』


 その数値を見てサトシは落胆する。


『Lv5の農夫でこれか、1/1000づつ上げていくのは時間の無駄だな。』


 サトシの記憶では、この少年はゴブリンから家族を守るため冒険者になりたいはずだ。だが、農夫でさえがパラメータの多くで100を超えている。冒険者ならより高い値にする必要があるだろう、1/1000づつでは埒が明かない。サトシは別の方法を考えることにした。


「にしても、今日は随分気合を入れて収穫したな。もうこのくらいで十分だ。後は箱詰めを頼む。」

「はい、父さん。」


 サトシはそういうと、ジルと共に箱詰めに取り掛かる。


「じゃあ、ちょっと早いが昼にしなさい。父さんと母さんはウルサンに行ってくるよ。」


 昼と言っても太陽の位置から考えて、まだ10時ごろだろう。サトシの記憶では、両親はウルサンの食事処と取引をしていて、収穫した芋を定期的に納品している。かなり買い叩かれている様だが貴重な収入源だ。両親は荷車に収穫した芋を乗せてウルサンまで徒歩で向かう。今から出ても到着は昼過ぎだろう。帰りは夕方になる。あまり遅くなれば魔獣に襲われることもあるので、早めに出なければならない。

 小屋では母は収穫した芋をゆでているようだ。あれが昼飯か。両親は道中でその芋を食べるらしく袋に入れて持ってゆく。サトシとジルも小屋に戻って粗末な昼食をとる。


「行ってらっしゃい。」

 二人を見送った後は農耕具の整備やら洗濯をジルと分担しながら行う。それらが終わると夕方までは自由時間になる。サトシは農耕具の整備をしながら、レベル上げの方法について考える。


「やっぱり魔獣を倒すのが手っ取り早いのかなぁ。」


 記憶の中にある魔獣は、スライムと、襲ってきたゴブリンくらいだ。このあたりに魔獣はあまり出ないようだ。後はリスや野兎、たまにイノシシも出る。


「勝てるとすると野兎が限界かなぁ。」


 イノシシもウリボウなら何とかなりそうだが、親イノシシも一緒となると逃げるのもままならない。せめて武器と防具がそろっていればと整備中の農耕具から程よいものを物色する。すると、小屋の奥に薪を割るための小斧と鉈がある。攻撃力が高そうなのは小斧だ。サトシは手に取ってみる。


「重いなぁ。」


 持ち上げるのがやっとで、振り抜くことはできない。なにより重さに負けて地面に落とした時に自分の足を傷つけそうになった。


「こりゃ無理だ。」


 あきらめて鉈を手に取り、数回振り回してみる。


「このくらいかな。」


 攻撃できる範囲は狭いし、攻撃力は低そうだが仕方ない。


「とりあえずこれで試してみるか。」


 洗濯ものを干し終わり一休みしているジルのところに向かう。


「ジル。ちょっと出てくる。夕方には戻るよ。」

「どこに行くの?」

「あたりの様子を見てくる。魔獣が居たら困るしさ。」


『レベル上げに魔獣を倒しに行く』などと言えばジルは心配して止めるか、ついて来てしまいそうだ。適当な言い訳でごまかしておく。


「無茶しないでね。何かいたらすぐに戻ってくるんだよ?」

「ああ、わかった。戸締りはしっかりしておいてね。」


 そう告げると、サトシは畑の向こうまで走っていった。

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