ブギーマン
「ブギーマン全盛期の頃、やつらの拠点は王都にまで及んでた。たいしたもんだよ。さっきオットーも言ってたろ、タオパ伯爵は王都の貴族にも影響力があったって」
「言ってましたね」
「その影響力の源泉がブギーマンだ。ブギーマンが運営する孤児院から各貴族の屋敷に里子が出されてる。それもかなりの数だ」
「その里子って、もしかして奴隷ですか?」
「まあ、奴隷と呼ぶのもはばかられるほどの扱いを受けてた奴が多いんじゃねぇかな。家畜以下、おもちゃ扱いだろうな。まだ牛や豚の方が良い生涯を送れるんじゃねぇかってほど地獄だったと思うぜ」
その言葉にオットーさんを除く皆が顔をしかめる。
「それ以外にも、用心棒として荒事をさせられる奴らもいただろうしな。どちらにしても汚れ仕事を押し付けられてたってことだな」
皆暗鬱な表情となっていた。
「なんだサトシ、腑抜けた顔してるな」
どうやら考え事をしている顔が、腑抜けた顔に見えたらしい。失礼な。
「考え事してたんですよ。で、ちょっと伺いたいんですがいいですか?」
「なんだ?」
「まあ、用心棒とか、性奴隷とか、臓器売買用の部品取りボディですか?まあ、そんな感じなんでしょうけど……」
「おい。随分な言い方だな……」
フリードリヒさんが柄にもなく絶句した。いやいや、そのくらいの話、現代の日本でもあったでしょ?ない?よく聞くよ。あれ?違ったっけ。まあいいや。
「で、ですよ。それこそ品行方正な世の中で、清廉潔白な貴族様が裏でそんなことしてました……という前提なら、その裏の顔を知っているブギーマンに脅されるとか、タオパ伯爵に脅迫されることもあるかもしれませんが……そんなホワイトな世界じゃないでしょ?だったら、そんな悪さの一つや二つ、露呈したところで家名に疵がつくようなことはないんじゃないですか?むしろ誇るくらいの野蛮貴族が多いんじゃないかと踏んでるんですが」
俺の言葉に、フリードリヒさんは腕を組み唸った。なに?そんな変なこと言った?
「あのなぁ。お前どんな人生送ってきたんだよ。あ、そうか。そうだったな。結構苦労人だったな。この世界来て。すまん。忘れてた」
いや、この世界関係ないっすけど……まあいいや。
フリードリヒさんはすまなそうに「今の無し」と言わんばかりに手を振りながら話をつづけた。
「まず、第一に……」
フリードリヒさんは一度言葉を区切って、俺の目を見つめながらゆっくりと語り掛ける。
「奴らは自分たちがやってることを悪いことだなんて思ってねぇからな」
「へ?」
素っ頓狂な言葉を上げる俺に、オットーさんたちが驚きの表情を向ける。
「奴らは、自分たちの行動を恥ずべきものだと思っちゃいない。当然だ。金持ちの……いや、権力者の特権だからな」
「あ……」
俺が疑問の声を上げる前に、フリードリヒさんは念話を飛ばしてきた。
『まて。まず前提条件として、この世界には法律なんて物はないからな。あ、いや。あるにはあるか。ルドルフが作った最低限度の律令はある。が、それは本当に最低限度のものだ』
なるほど。法律の話となると、オットーさんたちに一から説明しないといけなくなるから、念話を飛ばしたのか。
『最低限度って……どんな感じなんです?』
『人のものを盗むなとか、人を殺すなとか、そんな程度だ。奴は王国を作ったとき、街を大きくすることに一生懸命だったからな。法律なんて適当にしか作ってねぇよ』
『でも、ちゃんとあるじゃないですか。盗みや殺人はダメなんでしょ?刑罰があるんじゃないですか?』
『無いいわけじゃないが、なにより、それが適用されるのは対等な場合だ。貴族が平民や奴隷を殺したところで裁きを受けるわけじゃない』
『いやいや。いい加減に作りすぎでしょ?ルドルフさんでしたっけ?ちょっとやる気なさすぎじゃないですか?』
『別に、奴が法律の細部まで作りこんだわけじゃないからな。適当に下のやつに「こんなルールを作っとけ!」と命令しただけだ。それを部下が律令の形にするんだから、当然自分たちの都合のいいようにするだろうよ』
『でも、さすがにルドルフさんも出来上がった法律がそんななら起こるんじゃないですか?』
『……趣味に没頭してるとき、周りから何か言われて、それを逐一チェックすると思うか?だいたいお前やカールだって同じ穴のムジナだろうが。自分の興味のないことは他人に任せっきりじゃねぇのか?』
『ああ』
思い当たることがありすぎるな。すげーシンパシー感じるよ。ルドルフ国王に
「まあ、貴族でもないお前さんには納得いかないだろうが、権力者の認識はそうなんだよ。別に何をしようが後ろめたいとは思ってない」
「ん~。なら、なおの事、なんでブギーマンに弱みを握られるんですか?」
「弱みってのは、都合の悪い場合だけ握られるわけじゃねぇよ」
「といいますと?」
「恋愛とか経験ねぇか?」
「なんですか、急に。まあ、ないわけじゃないですけど……ああ、惚れた弱み的な奴ですか……、って。惚れないでしょ!?普通」
「例えだよ」
フリードリヒはあきれ気味に肩をすくめてにやけた表情を俺に投げかける。
「恩を受けりゃ返さないとと思うだろ?普通。そりゃ、サイコパス的な奴だったら、そんなことは考えないのかもしれねぇけどな。ふつうは、なにか便宜を図ってもらったら、次も期待するから、何かしら「お返し」をするもんだ」
「いやいや、そんな、悪党がそんなことします?」
「ん~。お前の認識ではそうなのかもな」
フリードリヒさんは腕を組みながら天井を見上げる。そして飛んでくる念話
『まあ、こまけぇ話は、今度サシでやるとしようか。お前に逐一説明するには、このメンツは煩わしい。で、あんまりのんびりもしてらんねぇから、話を進めてぇんだがいいか?』
『たしかに、随分話がそれましたね。本題に戻りましょうか』
念話で了承したことで、フリードリヒさんは無理やり話を戻した。
「まあ、お前さんの認識がどうなのかはおいておいてだ、ブギーマンの話に戻そう」
急な展開に、エリザさんとヨハンさんは、俺とフリードリヒさんの顔を交互に見ながら怪訝顔だ。
オットーさんは何やら察したように視線をフリードリヒさんに戻した。
カールさんは、いつも通りだな。何も考えてなさそうだ。




