出生率
「で、もう一個はなんでしたっけ?」
「カルロスたちを倒してからこちら、3年近く転生者が生まれてない」
はい?なに、この世界も出生率気にするの?社会保険料が……高齢化社会が……ってことですか?
「訳が分からんって、顔してるな。まあ、まて。今説明する」
「あ、ありがとうございます」
「まず、俺の配下がウルサンで孤児院を経営してる。どうやら地元では「雨女」と呼ばれてるみたいだがな」
「カルロスもなんか言ってましたね。って言うか「雨女」ってフリードリヒさんたちが名付けたわけじゃないんですか?」
「雨女って聞いて、なにかいい印象あるか?まあ、雨が好きな奴にはいいのかもしれんが……俺のセンスではないな」
「そうですか」
「この話題にまったく興味がなさそうだな」
「わかります?」
「手に取るようにな。だから、もう少し付き合え。今わかるように説明する」
そういうと、フリードリヒさんは紐で綴じた紙束を見せてくれた。
どうやら、今まで雨女で保護した子供たちのリストのようだ。パラパラとページをめくると、見慣れた名前に目が留まる。
「ハルマン?テンス?」
「ああ、気づいたか。奴らもうちの孤児院出身だ」
「マジっすか。躾がなってないんじゃないっすか」
オットーさんたちがぎょっとした表情で俺の顔を凝視する。さすがに魔王相手にこんなこと言うとは思わなかったんだろう。
いくら礼儀知らずとは言え、俺もそこまで馬鹿じゃない。
『フリードリヒさん。いいですか?』
『なんだ。突然』
『この話、オットーさんたちにしても大丈夫なんですか?』
転生者。つまりは『ユーザー』だ。この話をこの世界の人間にしてもいいもんなんだろうか?
第一、いい悪いの前に「理解できるか」という問題もある。どういった考えでフリードリヒさんがSランク冒険者の3人にこの話を伝えようと思っているのかを確認したかった。
フリードリヒさんは怪訝な顔で俺を睨みつける。周囲から見れば一触即発といった雰囲気だろう。
「いつの間にか、フリードリヒさんともそんなに親しくなってたんですね」
そういう理解になります?想像の斜め上どころか、桂馬張りのトリッキーな思考回路だ。エリザさんが俺の顔をしげしげと眺めながらつぶやいた。
フリードリヒさんは、やれやれといった表情で、周囲を見渡すと。念話で返した。
『大丈夫だ。以前奴らにも軽く話してる。で、奴らの中では、『転生者は魔力持ち』って判断だ』
『それは嘘にはならないんですか?』
『嘘ではねぇさ。正確じゃぁないが、間違えてもいない。転生者のほとんどは魔力の大小に差こそあれ、魔力持ちであることに間違いはない。例外が存在するかもしれんが、俺はまだ見たことがない』
『でも、転生者じゃなくても魔力持ってるケースはありますよね』
『確かにな。魔力持ちだからと言っても転生者とは限らない。俺の部下がそれだ、NPCだが魔力を持ってる。俺は『転生者は魔力持ち』っていっただけだ。『魔力持ちが転生者』と入ってない』
『詭弁でしかない気がしますが、まあ、それで3人が納得してるんならいいかもですね』
『十分だ』
「で、続きを話してもいいか?」
「ああ。はい。どうぞ」
フリードリヒさんは、わざとらしく大きなため息をつくと、ぼつぼつと語り始める。
「転生者の家系から、転生者が生まれる可能性が高い。逆に言うと、この3年近く転生者が生まれてないってことは、かなり異常だってことだ」
「今までこれだけ生まれて来たのに……ってことですか」
俺は、名簿の紙束を見やる。
毎年百数十人の子供たちが、ウルサンやその周辺の集落から集められている。これら全員が転生者ということらしい。
100発100中、これはフリードリヒさんだからできることだろう。転生者。つまり「ユーザー」と「NPC」を見分ける能力があるからこそできる技だ。当然その能力を彼の部下に与えているため、彼が出張らなくても、周辺の集落から「ユーザー」だけを集めることができる。
年100人以上いた「ユーザー」がまったくいなくなるというのは、確かに不自然だ。半減程度なら、あり得ることかもしれないが、0は確かに異常だろう。
「これが、ウルサン周辺だけってんなら、まだそんなこともあるかと思えたんだがな」
「!?ウルサンだけじゃないんですか?」
「今おまえさんに見せたリストはウルサンとその周辺のもんだ。だが、この3年は王都にまで足を延ばしてる。だから、ウルサンから王都までの間にある中小の都市国家も含めて生まれてないってことだ」
「デールはどうなんだ?」
カールさん!話聞いてたんですね!?すいません。目を開けて寝てると思ってました。
「デールはもともと転生者が少ない。だから出生率も低いんだ。この三年生まれなかったとしても、それほどおかしなことじゃぁ無い」
フリードリヒさんは、そう答えた後、少し視線を落としながら話をつづけた。
「これは確証があるわけじゃねぇんだが……」
「なんです?」
「神隠し……って、わかるよな」
「ああ、人が突然いなくなる奴ですよね。まあ、実際のところは誘拐とか、遺体の見つからない殺人の類なんでしょうけど」
俺がそう答えると、フリードリヒさんは考えを巡らせるように言葉をつつける。
「もともと、神隠しや人さらいの類は、この世界じゃよくあることだったんだが、この3年。ウルサンや王都で数が増えてるようなんだ」
「それは、どのくらいですか?」
「いや、今までも統計を取ってるわけじゃねぇからな。あくまで住人の肌感覚だ。ウルサンや王都で部下達が聞き込みをすると、「赤ん坊が神隠しにあうことが多くなったような気がする」って声が聞かれるらしい」
「神隠しですか」




