酒場にて
俺とエリザ、ヨハン、オットーの4人は、冒険者ギルドからほど近い酒場「カネェノ・ナルキー」で飲んでいた。
「で、どうするんだ?受けるのか、受けないのか。悪い話じゃないだろ。騎士団長直々の依頼だぞ!」
とオットー
偉そげなビクトール様は騎士団長だったようだ。わざわざお忍びでギルドを訪問し依頼をしてきたらしい。が、そんなことが問題じゃない。
「良い、悪いの話しじゃないんだよ。」
「じゃぁ、何だよ。」
煮え切らない俺の態度に、オットーが苛立っている。
「だいたい、お前最近まともな仕事にありついてないだろ?」
そんなことはわかってんだよ。
俺だけでなく、この三人にも声がかかっている。今回の依頼報酬は、かなりのものだ。
「カールが同行してくれるのなら、我々としても心強いですが……」
魔術師のエリザ。
弓使いのヨハン。
盗賊のオットー。
それぞれが、規格外の力量を持った一騎当千のSランク冒険者たちだ。
3人とももともとはソロだったらしいが、ヘルプでいろんなパーティーに参加するうちに3人でパーティーを組むようになったらしい。最近はちょくちょく俺も誘われて4人で組んでいる。
ギルドの冒険者は、S、A、B、C、Dのランクがあり新人冒険者はルーキーとよばれランク外とされている。
上のランクに上がるには、冒険者ギルドが指定する依頼を規定数こなし、かつギルドの昇格審査をパスしなければならない。
現在、王都の冒険者ギルドには8000人ほどの登録者が居るらしいが、その内ルーキーが20%、Dランクが50%、Cランクが25%、残りがBランク以上だ。
Aランクは16人、Sランクに至っては4人しかいない。そのうち現役はこの3人だけだ。残りの一人は引退したギルドマスターだ。
魔術師のエリザベートは、王国随一と言われる魔力と、攻撃・治癒・支援・妨害の上級魔術を使いこなし、こと攻撃に関しては、水・火・土・風・光・闇・無の全属性に適性を持つなど異次元の強さを誇る。
弓使いのヨハン、盗賊のオットーは、エリザほどではないものの、オールマイティに攻撃、防御をこなす。
ヨハンは超長距離からの正確無比な射撃を得意とし
盗賊のオットーは、トラップの解除や敵の気配の探知に関しては右に出るものはいない。
当初は3人ともソロで活動しており、ランクの低い冒険者パーティーの助っ人として稼いでいたらしい。
まあ、俺も剣の腕については自信がないわけじゃぁ無い。祖父と伯父は国王から英雄の称号を与えられた稀有な剣士で、王国の守り神として戦時・平時問わず活躍をしてきた。祖父とパーティーを組んでいたラファエルに剣を教えてもらってるので、爺たちほどではないにせよ。そこいらの冒険者にゃ負ける気はしない。
が、俺は鍛冶屋だ。王国随一の鍛冶屋と呼ばれた親父にあこがれて、今は自分の店を持っている。鍛冶屋と言う職業柄、金属や鉱石などの多くの素材が必要だ。希少な素材からは強力な武器・防具を製作することができる。だから俺はいつも素材を探し回っている。
普通の鍛冶屋なら、素材集めを冒険者ギルドに依頼するが、俺は自ら集めに行く。大概の魔獣は問題なく屠ることができるからな。
鍛冶屋として独り立ちしたころから、魔獣の住処やダンジョンを求めて飛び回っていた。そんな中で、やつらと知り合った。
「だから渋る理由はなんだよ?」
オットーのやつずいぶんイラついてるなぁ。
「報酬は十分じゃないですか」
まあ、エリザの言う事ももっともだ。
冒険者は、冒険者ギルドから依頼を受けて、成功報酬やダンジョンに潜って手に入れた希少なアイテムを売るなどして生計を立てている。
ギルドから受ける依頼のほとんどは魔物の討伐依頼だ。
これらの討伐依頼は、魔獣発生に手を焼いた田舎の山村が懸賞金を出している。
農作物や特産品に被害が出ているから依頼を出すんであって、当然食い詰めて困っている農民が潤沢に懸賞金を出せるはずもないし、ギルドはその懸賞金からさらに上前を撥ねる。だから冒険者に渡る懸賞金は微々たるものだ。
つまり、冒険者はスズメの涙ほどの懸賞金と名誉で依頼を受けることになる。
加えて、受けることができる依頼は、冒険者ランクによって制限がある。
ランクが高い冒険者は、難易度の高い依頼しか許されなことが多い。
これは、ギルドの決まりで、低ランク冒険者を育てるためだ。
報酬があまり変わらないのであれば、誰でも低難易度の依頼が良いに決まってる。
でも、ランクの高い冒険者が、低難易度の依頼ばかりをこなしていては、いつまでたっても若い冒険者が育たない。
世代交代ができずに、いずれギルド自体が立ち行かなくなる。
それを防ぐために、このようなシステムが出来上がっている。
じゃあ、高難易度の依頼ってのは一体どのようなものか、
何十年かに一度は災害クラスの巨大魔獣が現れることもあるが、それこそ稀で、大抵の場合は、魔獣の大量発生だ。弱い魔獣であっても大量発生すればよほどの手練れでなければ駆逐することができない。なので、高ランク冒険者には、結構な頻度で魔獣の大量駆除依頼が届く。
実際、Sランク冒険者であるやつら三人は、王都随一と言われるほどの手練れだ。確かに、やつらなら大量発生した魔獣の討伐など造作もないだろう。
でも、さっきも言ったようにその討伐報酬では生活なんてできやしない。
一日へとへとになりながら討伐を行い。その挙句にもらう報酬が自分たちの昼飯代にすらならない……てこともざららしい。
まったくもって割に合わない。
と、いつもオットーが愚痴っている。
まあ、知ったこっちゃないが。
実際のところ、Sランク冒険者とちやほやされているが、この三人はそれほど儲かってはいないのだ。
と聞くと、普通は高ランク冒険者を目指すものが減りそうなもんだ。でも、ほとんどの冒険者はランクアップを目指す。
なぜか。
王国の内外を問わず、この世界には多くのダンジョンがある。王都付近のダンジョンはほとんど踏破されているが、世界には、今だ最奥まで到達したものがいないダンジョンも少なくない。
新しいダンジョンが見つかると、そこは国が管理して町を作り、ダンジョンへの侵攻に制限をかける。これは、昔起こった災害の教訓だ。
ある街で新しいダンジョンが見つかった。そこは希少な魔獣や古代文明の遺物が多かったらしく冒険者が殺到した。
その冒険者のほとんどが、駆け出しの低ランク冒険者で、一獲千金を夢見てダンジョン攻略に乗り込んでいった。
が、そのダンジョンに巣くう魔獣は恐ろしく凶暴で、古代文明の一部だったダンジョンは悪辣なトラップも多く仕込まれてた。そのため、ほとんどの冒険者が命を奪われた。
だが、それで終わらなかった。
そのダンジョンに放置された死体はアンデットとして蘇り、ダンジョンから逆侵攻をかけてきたからだ。ダンジョンのあった街は壊滅し、周囲に点在していた農村までアンデットが闊歩する死のエリアとなった。このことから、ダンジョン攻略は冒険者ランクの制限を設けることになった。
なので、一獲千金を求める冒険者は、千載一遇のチャンスにかけて高ランク冒険者になりたがるってわけだ。
でも、今では王都周辺に未攻略のダンジョンはほとんどない。
じゃあ、高ランク冒険者はどうやって生計を立てているのか。
それは素材やアイテムの収集だ。
ギルドから依頼を受けた場合、その依頼達成の証拠として数匹分の魔獣の死体を持ち帰る必要はある。が、残りは必要ない。そこで依頼中に討伐した魔獣の肉や骨、皮、牙、それに、内臓の中に入っている生前に飲み込んだであろう希少なアイテム……おそらく襲われた冒険者等の遺品だろうが……を回収しギルドや道具屋に売る。
特に、大量駆除の場合、素材、アイテムともレアなものがまぎれていることが多く、売れば結構な金になる。多くの冒険者たちはここから稼ぎを得ている。
とはいえ、それも簡単じゃない。
討伐だけなら、粉砕して血しぶきにしてしまうのが手っ取り早い。
しかし、素材を回収するとなると倒し方にも細心の注意が必要だ。
魔獣の体は、金になる素材だらけだ。貴重な部位を傷つけないように倒す必要があるからだ。
そして、倒した後も時間がかかる。
一匹の魔獣から素材を回収するためには、適切に血抜きをし、皮を剥いだ後、腐りやすい内臓を取り出す。
また、毛皮採取をする場合、討伐方法が限られてくる。
完全な状態の毛皮は高く売れるが、細切れの毛皮はただのごみ扱いで、まともな金額では買い取ってもらえない。
毛皮を完全な状態で得るには腹、または背から一刀両断にするか、弓などでの鋭い一撃のもと仕留める必要がある。
魔法で燃やしたり感電させたりなどもってのほかだ。ちまちまと一匹ずつ丁寧に倒さなければならない。
しかし、そこまでして剥いだ皮も、脂肪がついたままだと腐ってしまうから、適切に処理しなければならず早急に町で売る必要がある。
そのため、長期に渡る討伐などでは高価な毛皮をあきらめ、討伐効率を優先するケースも多い。
毛皮をあきらめても、まだ金になるものはたくさんある。まあ、処理は迅速にしなければならないが。
魔獣によっては溶解液を内臓にためている物も居るため、手早く正確に処理しなければ、体がグズグズに溶けてしまう。
肉も売れるし、当面の食料にもなる。牙は通貨としての価値もあり奇麗に抜いておかなければならない。
小型の魔獣であっても、一人で処理できるのは一日十数匹が限度。
大型の魔獣であれば、一匹を複数人で一日がかりと言うこともある。だからと言って時間をかければ死体は腐るし、死体を漁りに別の魔獣がやってくる。
何にせよ、そう易々とは稼げないもんなんだ。
「……キャラバンが居るから素材回収が楽だろう」
ヨハンがぼそりとつぶやく。
「そうだよ。拾った素材もすぐに金にできるし。いいことずくめじゃねぇか。まあ、確かに遠征期間は長げぇけどよ。これ以上のうまい話はねぇぜ?」
この三人からすれば、報酬だけじゃなく、キャラバンに売りつける素材のほうが割がいいと踏んでるんだろう。
確かに、俺も素材は欲しい。
以前こいつらは、BランクやCランクの冒険者と組んでたこともあったらしい。が、ずいぶん苦労したそうだ。
オットーは索敵と、討伐後の素材回収向きだ。だからヨハンとエリザベートで魔獣を狩ることになる。エリザベートは大火力での討伐は得意だが、ちまちま一匹ずつ綺麗に狩るとなると話は別だ。精度よく急所を狙いながら、一匹ずつ……とやってるうちに、魔獣に取り囲まれてしまう。
なんせ、Sランク冒険者なので、討伐依頼は大群だ。相性が悪すぎる。これは遠距離からの攻撃を得意とするヨハンも同じこと。
なので、囮役が必要だ。
でも、これをBランクやCランクに任せるとえらいことになる。
王都に名を馳せるSランク冒険者とパーティーを組むんだ。そりゃ、いいとこ見せようと張り切るだろ。で、突っ込むのはいいんだが、攻撃力も低けりゃ、体力もない。防御も弱いし、気持ちだけ先走りうろちょろして守りにくい。最初こそエリザやヨハンもタンク役をフォローしようと頑張るが、頑張れば頑張るほど、タンクが暴走する。そして勝手に窮地に陥る。
最終的には素材回収をあきらめて、囮役を助けるためにほとんどを消し炭にするしかなく、依頼達成も危うい状態って感じがほとんどだったらしい。本末転倒もいいとこだ
まあ、そんなだから、頑丈な囮役を探してたらしい。
確かに、頑丈さには自信があるよ。俺。
それに、魔獣程度に周りを囲まれても、特段困ることはないし。
大概の魔獣は……というか冒険者も含めて……トロいからな。止まって見えるんだよね。興が乗ってくると。
だから、調子がいいときは魔獣を腹から裂くか、背から裂くか……なんて、のんびり考えながら切り伏せることもできる。正直、最近までこれが普通だと思ってたんだけどなぁ。なので、奴らの言う囮役にはもってこいらしい。
まあ、冒険者じゃない俺は、一人では依頼は受けられない…らしい。ずいぶん昔、まだ俺が若かったころギルドで突っぱねられた。俺としては別に一人で狩っても問題ないんだ。討伐報酬なんぞ要らんし。要るのは素材だけだから。
でも、こいつらとパーティー組んで狩ると、たまーに取り逃がした獲物を、ヨハンが仕留めてくれるし、疲れた時や、効率が上がってないときにエリザがバフやデバフで助けてくれるし、素材回収ではオットーの手際がいいから助かるし、
ってな感じで、最近奴らと組むのが楽しくなってきてるのは事実だ。
「それはわかってるんだよ。ただなぁ」
今回の依頼は、「魔王討伐」
当然「魔王」配下には「魔王軍」が居るらしい。主に魔獣の群れで2万は下らないとの話だった。まあ、実際に「魔王」と「魔王軍」を討伐するのは王国騎士団の仕事だ。
俺たちの仕事は、討伐遠征に参加する商隊の警護と武器整備。
普段の行軍なら、商隊など連れて行かない。だが、魔王の居城である「魔都」は、大陸の西の果てにある。どれだけ急いでも2~3か月はかかる大行軍となる。
兵站の補給等を考えると騎士団だけでの行軍では負担が大きすぎる。そこで今回の行軍では、周辺諸国との交易も兼ねて商隊を出してしまおうという事らしい。
とはいえ、魔王軍と遭遇した際に商隊が居たのでは足手まといになる。商隊はある程度距離を置き、必要に応じて合流する形となる。
となれば、商隊を守る警護も必要となる。それを冒険者に依頼しようという話だ。
また、これだけの長丁場となれば、武器・防具も消耗する。町の鍛冶屋を連れて行ったところで、炉のない野営地では応急処置が関の山だ。
そこで、俺に白羽の矢が立った。
確かに俺は魔力持ちだし、特殊スキルを持っているから炉がなくても素材の熱処理や硬化処理などの材料強化を行うことができる。これほど行軍にうってつけの鍛冶屋は居ないだろう、とは思う。
でもなぁ。
「俺は奴らが嫌いなんだよ。」
俺は騎士が大嫌いだ。というか憎んでいる。
俺が尊敬してやまないのは、英雄騎士団だった祖父でも伯父でもなく、親父だ。
親父は、王都随一の名工で、俺の「材料強化」という特殊スキルも親父に教えてもらった。
俺は幼いころから工房で親父の作業を見ていた。いずれは親父と一緒に工房で鈍く輝く剣や防具を作りたいと夢見ていた。
それを打ち砕いたのが、一人の騎士だった。
その時の記憶はひどく曖昧なもんだが、当時一人の騎士が親父の工房に押し入り、幼かった俺に襲い掛かった。それを庇って親父は帰らぬ人となった。
ほどなくその騎士は捕えられ処刑された。後で聞いた話では、薬物で錯乱したうえでの犯行だったため、事件性は無しと結論付けられた。
結局理由もわからないまま、親父の命は奪われた。
確かにすべての騎士が悪いわけではないのかもしれないが、どこにもぶつけられない怒りが俺の中にはくすぶっている。
その言葉を聞いて三人は言葉に詰まる。
俺の父親の話は、ずいぶん昔の話ではあるが、王都ではかなり有名な事件だ。
「……気持ちはわからなくもないが」
「嫌いって……別にあいつらと一緒に行動するわけでもねぇんだしよ。そこは何とかならねぇか?」
「我々は主にキャラバン側みたいですし。騎士とも顔を合わせなくてもいいんじゃないでしょうか?」
説得してくる気持ちもわかるが、俺にも譲れないものがある。
「やっぱり俺は……」
「玉鋼……」
ん?
オットー?
今なんつった?
「いや、実はよ、西の方からやってきた冒険者の荷の中に玉鋼ってのがあったってのよ」
なんですと!
「まあ、小指の先ほどの欠片らしいが、随分と高値が付いたって話だ。」
いやまて。まてまて。
「その話はどこから出てきた?誰から聞いた話だ!」
「そこは俺の専門だろ?情報が命なんだよ。俺にとっちゃ。で、どうする。西に向かえば手に入る可能性もあるが……」
こいつだけは食えねぇなぁ。
またにやけてやがる。殴りてぇ。なんと殴りてぇ顔だ。
だが、玉鋼は譲れない。
親父の形見……そう、親父の最高傑作の材料が玉鋼だ。
親父に近づきたいとあらゆる武器を作り、試行錯誤を繰り返したが、あれだけは作れなかった。
「……」
憎き騎士団の依頼。
むぐぐぐぐ。
……
いや、素材探しだな。
これは、
そう、素材探しのついでのキャラバン護衛と、野営地での仕事だ。
騎士関係ない。
そう、
僕知らない。
「こほん。まあ、仕方ない。受けようじゃないか」
一段とオットーがにやけた。
ああ、殴りてぇ。
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