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顛末

 2033年9月10日(土)10:35 生方ゼミ


「えーと。ここだな。見える?ここにある管理者け……」 

 そう言いかけたところで目の前がブラックアウトし、後頭部から脊椎に掛けて激しい電気的な衝撃が走る。



「たったった!!」

 痛み、と言ってもハリセンで叩かれたような軽いものだった。


 目の前には消灯したHMDヘッドマウントディスプレイがある。周囲の様子を探ることが出来ず、生方は慌ててHMDを頭から取り外す。


 すると、彼の目の前に、中腰になって何やら床の物を拾い上げている男が居た。


 彼には見覚えがある男だった。


「あ!おざーす」

 中腰の男はチャラい挨拶をすると、そそくさとその場を立ち去ろうとする。


「うおぉい!なんで君が居るんだよ!?」

 生方は慌てて中腰で去ってゆこうとする男を呼び止める。

 男は声をかけられると、ピタリと動きを止め、そこからゆっくりと直立の姿勢に直る。

 ばつが悪そうに振り向く表情に生方があきれて声をかける。


「だから……なんでいるの?」

 

 その男は矢野であった。

 最初こそばつが悪そうにしていたが、その顔が徐々ににやけてくる。

 

 彼は総務と経理の係長を兼任している。本来なら土曜である今日に出勤しているはずはない。加えて生方の研究室に来ることなどほとんどなかった。


「いやあ、ちょっと用事がありまして……」

 頭をぼりぼりと掻きながら薄ら笑いで答える。

「あ!」

 生方はPCの電源を確認する。

「ああぁぁ!」

 PCのモニタは真っ暗で、生方の悲痛な顔が映っていた。それを見て力ない悲鳴のような言葉を発しながら矢野の所へ駆け寄る。

 矢野の足元にはコンセントから抜けたPCの電源プラグが転がっていた。


「いやぁ。引っ掛かっちゃいまして。すんません」

「すんませんじゃねぇよ!」

「いいところでしたか?」

 矢野は生方より早くプラグをを取り上げると、元あったようにコンセントに差し込む。そして一段とにやけた表情になる。

 生方はその様子に言葉の意味を理解して慌て始める。


「いや!ゲームしてたわけじゃねぇし。いや、……してたけど。け!け!研究だし!!」


 その狼狽した様子に矢野はやれやれと肩をすくめる。


「わかりましたよ。研究ですよね。研究。当然です。大丈夫です。俺、誰にも言いませんから」

「だから誤解してんじゃねぇか!?」

「わかってますって。大丈夫ですよ」

「絶対誤解してるし……あ!?」

 生方は自分が強制ログアウトさせられた事を思い出し、あわててPCの画面を確認する。PCにはOSが再起動されているメッセージが表示されていた。

『早く再ログインしないと……』

 生方は画面に映し出される時間待ちのアイコンを憎々しく睨みつける。


 その様子を横目に矢野は生方の横へと歩み寄り

「早くログインしなくちゃですよね。他のユーザーが先生の帰りを待ってますもんね!戦友と書いてともと呼ぶって奴でしょ?知ってますよ」

 今にも嗤い出しそうな顔で生方の事を揶揄する。


「だから!ホントに研究なんだってば!」

 PCが起動するまではどうにもならないと踏んで、生方は矢野への言い訳に注力することにした。


「いま、管理替えしたデータをこのゲーム上でシミュレートしてんだよ」

「そっすか。ちゃんと研究ですね。大丈夫です。問題ありません」

 生方の言葉を聞く気が無いように矢野はおどけながら答える。

 その様子を見て誤解を解くのが無理だと判断した生方は質問を変える。


「で、なんでここに居る?」

「あ!気づいちゃいました?」

「気づいちゃいましたじゃねぇよ。土曜日だろ?なんでいるんだよ」

「いやぁ。ちょっと書類提出するの忘れてまして」

「なんの?」

「経理関係ですよ。ある意味生方先生にも関係ありますけど」

「へ?あんの?何の書類?どこ宛て?」

「科学技術部ですよ。先週管理替えした書類を送り忘れてたんですよ。まさにこの機器です」

「ふーん。今日送れって言われてんの?」

「いえ、昨日の17時までって言われてました」

「過ぎてんじゃん!」

「ほら。昨日の17時だと、勤務時間外じゃないっすか向こうの担当者も。だから正味な話、月曜の始業前に届いてれば無問題!」

「『無問題!』じゃねぇよ!ったく」

 と言いつつ、生方も『確かに』と思っていたのは内緒だ。

「いや。そうじゃない。そこじゃない。なんでここに居るんだよ!」


 矢野は「バレたか」という顔で肩をすくめながらもなお抵抗する。


「いやぁ。そこ聞いちゃいます?」

「だからさっきから聞いてんだろ?」

「いや。書類はさっき提出したんですよ。クラウドでチョイっと記入するだけですから。

 で、誰も居ない学内を歩くことってあんま無いじゃないっすか。で、折角なんで生方ゼミに入ったニューマシンがどうなってるかなぁって。ほら。書類も出したことですし」

「『出したことですし』じゃねぇよ。大体「ニューマシン」っつったってアプリとデータだぞ!?ここ来たって見れんだろ?」

「あ~。やっぱ気づいちゃいましたか。まあ、正直言うと、事務所で仕事終わって機械警備のモニタ見たら、生方ゼミが開錠になってたんで、先生居るなぁとおもって。遊びに来たんすよ」

 大学は基本警備会社と契約しており、閉庁日は全館施錠とセンサー警備をしている。が、研究者たちはいつでもゼミで研究ができるように網膜認証で自分の研究室だけ開錠できるようになっている。

「遊びにって……。研究棟には入れんだろ?君の権限じゃ」

「ほら。僕総務も兼任してるんで。マスター持ってますし」

「おいおい。職権乱用も甚だしいな。ってか、マスターって誰でも使えるのか?」

「いえ。課長以上ですね。金庫に保管されてますから」

「じゃあ。君ダメじゃん。係長だろ?」

「あ、大丈夫ですよ。金庫の暗証番号知ってますんで」

「全然よくねぇよ。無茶苦茶だな」

「まあ、そう堅い事言わずに。ね?」

「ね?じゃねぇ……

 いや。また話逸らされた。そこじゃねぇよ。なんでうちの部屋に入って、挙句そこに居たんだよ」

 生方は先ほどまで矢野がしゃがみ込んでいたコンセントの方を指さす。

 そこは、PCデスクの向こう側で、座っていた生方の正面に当たる場所だった。


「いやぁ。流石ですね。よくぞ気づきました。何とか話をそらそうと思ったんですけどね」

「どういうことだよ!ったく。良いから言いなさい。怒らないから」

「それ怒る奴じゃないですか。知ってますよ」

「うるせぇ。とっとと話せ!」

 矢野は観念したというよりは、やれやれと言った表情でここに居た理由を話し始める。


「一応、これも業務ですからね。まあ、遊びに来たってのは半分ホントで半分冗談ですけど。一応総務課の規定では休日に学内のどこかが開錠されてた場合はそこを確認する決まりになってるんですよ。本来なら上長に報告の上……って事になってますけど、課長も忙しいっすからね。あの人も総務・経理兼任ですし。せっかくの休みを邪魔しないように、俺からの気づかいです」

 と愁傷なことを言っているが、彼は以前報告して指示を仰いだところ、「報告は問題が起きてからでいいので、休みの日に連絡するな!」と雑な対応をされたことをいまだに根に持っていた。

「そうか。で、半分ホントってのは?」

「まあ、泥棒が入ってたら課長に報告でしょうけど、そんなことも無いでしょうしね。どうせ生方先生が研究室で徹夜したんだろうと思ってましたから、せっかくなら今晩飲みにでも誘おうかと思ったんですよ」

「おごってもらいたかっただけじゃないのか?」

「鋭いですね」

「いや。だから。そこじゃねぇ。なんで机の向こう側に居た?」

「ああ、楽しそうにゲームしてるもんだから……つい。脅かそうかと思って真正面に回ったら……まさかコンセントがあるとは」

「あるだろうよ。普通は……」

 予想外の子供じみた理由に生方は呆れる。

 が、

「あ!PC」

「立ち上がってますね」

 矢野もモニタを覗き込み、ログイン画面になっていることを確認していた。

 すると、生方ははたと閃いたように矢野の方に振り向く。

「あ!そうだ。矢野君。ちょっと頼みがあんだけど」

「いやです」

「はえーよ。まず内容を聞けよ」

 矢野は疑わしそうな目で生方を睨みつける。

「なんか良からぬこと企んでませんか?」

「企んでねぇし。いや。君は断れんだろ?なんせPCの電源落としちまったんだし。これで研究が失敗するかもしれんのだぞ!?」

「そんなこと言っても無駄ですよ。俺が知らないとでも思ってるんですか?このPC落としたところでアプリはスパコンの方で動いてるでしょ?」

 矢野は中々の切れ者である。事務を一手に取り仕切っているだけあって、学内の研究内容についてかなりの所まで理解していた。

「なら話が早い。でも俺を強制ログアウトさせたことは事実だ!さ!受けるだろ?」

「嫌なとこついてきますね。でもそんなに暇じゃないからなぁ」

「さっき呑みに行くっつってたじゃねぇか。暇だろ確実に!

 ん~。ええい。わかった。今晩奢るから。な?聞いてくれるよな?」


 矢野は腕を組みあからさまに悩んでいる雰囲気を出すが、気持ちは決まっていた。


「じゃあ、俺の指定する店で良いですね?」

「な!?

 あ、足元見やがって。

 え~い!わかった。手を打とう。じゃあ頼む!」

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