利用される男
「なあ、カール」
会議室に向かう途中、小声でカールに話しかける。
「あ?」
相変わらずカールは緊張感がない。まあ、それも仕方ない事か……行ってみればこの世界最強の男と言っても過言ではないからな。ヒエラルキーの頂点だ。緊張感もなくなろうというものか。よっぽどこいつの方が魔王っぽいんじゃないだろうか。
「お前サトシのことどうする?」
「どうするって……ホントにあいつがサトシなのか?」
「まだ信じてなかったのかよ。少なくとも俺にはそう見えるが……」
俺がそう言うと、怪訝そうな顔で反論する。
「いや。お前元々サトシ知らねぇだろ!?」
「会ったことは無いが、あいつはサトシだ。そう書いてある」
「書いてあるって……どこに?」
「俺には見えるんだよ」
「そう言うスキルって事か?鑑定みたいな」
「まあ、そう言うことだな」
「そうなのか……」
なんだ?結構素直に信じるんだな。
「お前から見て、そのサトシってやつは信頼がおけるタイプか?」
「……そうだな。良い少年だったよ……」
まだ今一つ納得はしてないみたいだな。
「本人もお前と鍛冶屋をやりたいっつってんだから、まずは工房で一緒に刀づくり頑張ってみたらどうだ?」
「……ああ、そうだな。二人の方が作業も捗るしな」
「なにより、あいつ「創造主」持ってるしな」
「は?「創造主」?」
「ああ、お前の親父と同じスキルだよ。あれはかなり使えるぞ。お前も逆に教えてもらったらどうだ?」
「逆にって……別に俺がサトシに教えたわけじゃねぇよ。そうか。やっぱりアイツがサトシなのか……」
「しばらく一緒に作業してみろって。それでわかることもあるだろうよ」
「……それもそうだな。わかったよ」
うん。単純で助かる。
「ああ、それと、サトシにあのルークスって奴の事を聞いといてくれ」
「あ。ああ。あの禿か」
「禿に冷たいな。毛が無いくらいで差別するなよ。犬や猫なら貴重なんだぞ」
「ん?どうした?急に。やたらと禿を擁護するな」
「そう言うわけじゃねぇが、抜け毛を掃除する必要もないし。いいことづくめじゃねぇか。禿を差別するな。な!」
「いや。別に禿げてるからって全身の毛がない訳じゃないだろうが。抜け毛はあるだろ普通に。まあ、別に差別してるわけじゃねぇよ。特徴を言ったまでだ」
「そうか。それならいい」
「どういうことだよ」
カールはぶつくさ言っているが、本題からそれてしまった。話を戻そう。
「その話はどうでも良いんだ。で、あのルークスって魔導士が信用できるかどうかを確認したい」
「ああ、確かにちょっと怪しいもんな。サトシとは親しげだが……わかったよ。それとなく聞いておく」
「あいつも俺たちに協力してもらえると助かるんだよ。できれば仲間に引き込みたい」
「そうか。でも、あいつ何かの役に立ちそうか?魔導士が必要ってんならエリザが居れば十分だろ?」
「まあ、エリザの実力は評価してるけどよ。それとはちょっと別物なんだよあいつの雰囲気は」
「ふ~ん。そうなのか。魔王にはわかるんだな」
と言いながらも、カールは判ったようなわからないような表情で頷いた。たぶんわかってないな。まあ良いが。
板張りの廊下を進んで大きな襖の前に来ると、下働きの「魂無し」が襖を開けてくれる。中は畳敷きの宴会場だ。今は会議室として使っている。正直普段は利用するとしても雑談ばかりで会議らしいことは何もしていないが。
何より今の俺には会議をする必要もない。相談する相手も少ないし。カールたちが来て、久々にこの会議室を使った気がする。
すでに会議室(宴会場)には座布団とお膳が用意されている。お膳には簡単なつまみと瓶ビール、コップが置かれていた。
日本に居た頃は、昼間っから呑むようなことは出来なかったし、何より大事な話をするときにアルコールが入っているなんてもってのほかだった。が、この世界に来て300年以上。ここでは俺が社長だ。そうなると好き放題できるため、昼間っから飲む習慣が定着してしまった。良くないことだとは思っているが、どうしてもやめられない。
「まあ、座ってゆっくり話そうや。すまんが手酌でやってくれ」
「ビール……」
ルークスとサトシが瓶ビールを眺めて固まっている。
「未成年……ってことないだろ?」
「いや。この世界で瓶ビールを始めてみたもんだからよ」
ルークスの言葉がやはり気にかかる。「この世界で」ときたか。「魂無し」が使う言葉じゃねぇんだよなぁ。
「元々、この世界には酒類が豊富にある。ウイスキー、バーボン、ブランデー。そしてビールもだ。製造方法が確立されてるとかそう言う話じゃない。あるんだよ」
そう。「ある」のだ。作る必要はない。そういう意味でこの世界はかなり歪だ。魔力で簡単に作れるものもあれば、はなから存在しているものもある。金属や陶磁器などは原材料を採取して幾つもの工程を踏まなければ作ることはできない。電力などはその最たる例だ。いまだに魔力を使って裏技的に電力を作り出している。正直かなりの力技だが、背に腹は代えられない。文化的な生活を営むためには電力は必要不可欠だからな。
燃料についてもわずかには存在する。植物油や木炭。アイテムとしてモンスター等から拾うことは出来るので、それらを細々と使ってるような状況だ。
こういった類の物は製造することが非常に難しい。植物の実から油を搾ったり、材木を加熱して作るなど昔ながらの製法で作るしかない。
しかし、そうで無い物もある。野菜は地面から現れるし、酒に至っては存在している。王都や主要な町の酒屋や飲み屋にはいつでも補充されている。
この世界に神が居るのなら、恐ろしく雑な創造主だと言わざるを得ない。
だから、この酒も俺が作ったわけじゃない。
俺が作ったとすれば……そうだな。雰囲気を出すための瓶くらいかな。
「ある……ですか」
「……」
サトシは神妙な顔で聞いている。何やら思い当たる節があるのだろう。だが、その横のルークスは表情にこそ出さないものの、心中穏やかでは無い様だ。先程からとんでもないスピードで感情を表す文字列が飛び回っている。かなり動揺しているな。
「まあ、それはいい。で、相談なんだが……、サトシ。ルークス。しばらくこの街で暮らしてみないか?」




