見知らぬ天井
目が覚めると、そこには天井があった。
あれ、俺何してるんだっけ?
周りを見渡すが、見覚えのない部屋に、おまけにベッドときたもんだ。なんだここ?
「フリッツが起きたよ!」
ん?誰かいたのか。フリッツって誰だ?
「おいフリッツ。大丈夫か?」
仰向けになっている俺の目の前に狗人が顔を出す。
「うわぁ!」
「どうした?」
「どうしたじゃねぇわ。誰だよ。お前。」
「フリッツ?大丈夫か?お前俺の事も忘れたのか?」
起き上がってみると、狗人と子供が二人ベッドの周りに居る。
フリッツって俺か?
「なんだかしゃべり方もおかしいね。フリッツ大丈夫」
少女が心配そうに手を伸ばしてくる。
「まだ熱があるのかな?」
その手をよけようとするが、思うように体が動かない。重いな。なんだこのけだるさは。
少女は俺の額に手を当てる。手が冷たいな。
「まだだいぶ熱あるね。だからじゃないかなぁ?」
なにが、だからなのかわからんが……
「フリッツ。おまえフリードリヒ様に助けられたこと覚えてるか?」
誰だよ……フリードリ……
「あっ!」
急にいろんな情報が頭に流れ込んでくる。なんだこれ、だれの記憶だ……
フリードリヒ フリッツ カローラ メリル、ハンス
そうだ、僕はフリッツ。昨日僕はフリードリヒ様に助けられた。父さんと一緒に……あれ。なんで助けられたんだっけ?
なんだ、これ、だれの記憶だ……
ああ、あの少年か……。ん?あの狗人助かったのか?なんで。いや、目の前に居るのそうだよな。なんだよくわからん。
「ああ、父さん、メリルおはよう。」
「ようやく戻ったか。一時はどうなることかと思ったよ。よかった。さあ、まだ熱もある。もう少しお休み。」
狗人とメリル、ハンスが部屋から出て行った。
……
まず頭の中を整理しよう。
なぜ、俺は死んでいない?
あれ、何で死んだと思ったんだっけ?
自分の手を見てみると、あのごつごつしたマメだらけの明らかに「鍛冶屋」といった手じゃなくなっている。子供の手だ。腕も細い。足も……。
すべてが華奢だ。子供の頃に戻った?ってわけでもなさそうだ。
なんだろう、いろんな記憶がすっぽり抜けてる気がする。
俺誰だっけ、確かに今は「フリッツ」だ。でも、誰だ?「鍛冶屋」ってなんだ?なんで、もともとごつごつしたマメだらけの手だったってことを覚えてる?
記憶がぐちゃぐちゃだ。熱のせいか?
とりあえず、落ち着くしかないな。
そう考えていると、いつの間にか俺は眠っていた。
……
翌朝、すっきりとした気分で目覚めることができた。
熱がひいたせいか、記憶が多少戻ってきた。
カールの記憶も幾分か戻ってきていた。だが、なぜおれがフリッツになっているのかがよくわからない。
フリッツと会ったことがあることまでは覚えているが、どういう理由であったのかが思い出せない。
本当なら、俺が「フリッツ」ではなく「カール」だってことをカローラ達に知らせるべきなんだろうけど、
なんでそうなったか俺が説明できない以上、単におかしくなったと思われるだけだろう。とりあえず、「フリッツ」の記憶もあるわけだし
それに従って生活するしかない。そう考えた。
とりあえず、いつものルーティーンをこなすしておくか。
起きたら、ベッドを整えて、兄弟たちを起こす。メリルとハンスだ。二人は眠い目をこすりながら布団の上でボーっとしている。
ベッドメイクが終わったら、外の井戸で身支度をする。顔を洗い、体を拭く。桶に水を汲み、台所へ運んで朝食の準備だ。
朝食ができたらカローラを起こす。
いや、働き者だな。毎日できるかな?俺。
体が自然に動くので何とかなりそうだ。
が、
思い返せば、以前の俺はどれだけ趣味に偏った自堕落な生活を送ってたんだ……
10歳そこそこの子供がこんなに甲斐甲斐しく家族の世話をしているのに、
俺ってやつは…
「おはようフリッツ。今日は調子がよさそうだね。よかった。どうだい?今日の仕事はできそうかい?」
まだ、働かせる気か!と突っ込みたくはなったが、記憶が俺の言葉を止める。
「うん、大丈夫。ヨーゼフさんのところに行ってくるよ。」
ヨーゼフは近所にある食堂の主人だ。この町では、10歳になったら見習いとして何かの仕事に就く。だいたい期間は3か月。そこでモノになるようならそのまま仕事として続けてもいいし、見込みがなければ他の仕事の見習いとしてまた3か月。これを繰り返し自分に合った仕事を探してゆく。当然人気のある仕事には見習いが集中するが、そのまま仕事として続けられるのは3か月で結果が出せた奴だけだ。
そう思うと結構厳しいしきたりだな。
フリッツは料理人になりたいとは思っていないようだが、甲斐甲斐しく家族の世話をする様子から、カローラが勧めたようだ。当のフリッツは冒険者になりたいみたいだな。それはカローラ達も知っている。ただ、彼の性格に向いていないと思っていて、反対まではしていないが別の仕事についてほしいと考えているようだ。フリッツもその気持ちに気づいている。
フリッツが冒険者を志した理由は、ふらりと町に来た冒険者との交流だったようだ。その冒険者は口数の少ない老剣士だったが誰に対しても礼儀たたしく紳士的だった。その姿にあこがれたようだ。
なるほどねぇ。冒険者になりたいってやつの気持ちが初めて分かった気がするけど、この老剣士が珍しいタイプなんじゃねぇの?こんなタイプの冒険者めったに見たことねぇぞ。騙されてない?フリッツ。
「じゃあ、行ってくるよ。」
「気を付けてね。」
「新しい料理憶えてきてね!」
食い意地の張っているメリルはヨーゼフの店の料理が大好きだ。家でも食べたいといつもねだってくる。
「まだ、料理まではさせてもらってないよ。」
「じゃあね」
料理かぁ、できるかなぁ俺に。




