魔王降臨
「魔王が現れた!!キャラバンは退避しろ!!」
その声にオットーがいち早く反応する。
「車列を整えろ!全員今すぐ乗車だ!積み荷は置いて行って構わん。今持っているものは全部捨てていけ。今すぐだ。早く出ろ!!乗り込まねぇ奴は置いていくぞ!!」
エリザとヨハンは馬車から飛び降り、殿を務めるつもりらしい。
少年は?いや、俺が心配する事じゃねぇな。オットーが何とかしてくれるだろう。俺は魔王を食い止めるべきだ。そう判断して、西門の方に駆けてゆく。
右往左往する騎士団員たちに紛れると身動きが取れなくなりそうだ。そう判断して、西門横、南側の物見やぐらに駆けあがる。おお、よく見えるねぇ。
西門の外は混乱していた。そりゃぁそうだろう。目の前に敵の大将が乗り込んできたんだ。確かに西門の500mほど先の上空に人影が見える。ってか、俺魔王みたことねぇからわかんねぇけど、魔王なの?あれ。まあ、空飛べる人間なんて魔王以外に居ないだろうけどさ。いや、エリザも飛べるか。
「静まれぃ!!!」
ビクトールが一喝する。おお、さすがだね。騎士団長様よ。浮足立っていた騎士たちが一発で引き締まったよ。しかし、傭兵はまだざわついている。まあ、仕方ないわな。あれが魔王かどうか判断がつかないってところだろう。それに
「一人で来るとはいい度胸だ!」
ビクトールが続ける。確かに大将の一騎駆けとは恐れ入る。20000対1、いやはや、どう戦えばいいのかが良くわからない。よほどの自信家か?さすがに俺もそこまでずれてないぜ。と…
『無抵抗な民を殺して楽しいか?』
ゾクっ!!
頭に直接語りかけられた。
低く冷えいる声は心にずしりと響く。全身の肌が粟立つのを感じる。
これは…まずい。直感でわかる
魔王だ。
こいつが魔王に違いない。桁が違う。前言撤回だ。
俺の本能が全力で告げている。こいつは危険だ。今まで向き合った誰よりも。魔獣がどうとかそういう次元の話じゃない。逃げる以外の手が思いつかないが、逃げ切れる自信もない。でも、今はそれどころじゃない。咄嗟にキャラバンの方に目をやる。
キャラバンは東門近くの野営地から順に出発し始めた。だめだ、遅すぎる。今から出ても間に合わない。十分な距離を確保できない。
このままでは全滅か?エリザは、ヨハンは、オットーは?
「王国を狙う貴様が何を言う!!」
バカ野郎、刺激するな!!お前にはわからんのか?格の違いが。だめだ、これは逃げるしかない。ただ、せめて今できることと考えると、騎士団はどうでもいいとして、傭兵として雇われた冒険者が不憫でならん。
「逃げろ!!お前らじゃ無理だ!!早く逃げろ!!」
精一杯叫ぶ。傭兵たちにも聞こえたようだ。傭兵の中でも俺の事を知っている冒険者たちが幾らかはいるようだ。事の重大さに気づいたようで、何人かは逃げ始めた。
「馬鹿者!!敵前逃亡は死罪だ、一人残らずこの場で手打ちにせよ!!」
おいおい、この期に及んでそれかよ。ビクトールは何もわかっちゃいない。あいつには本能ってものがないのか?対峙すればわかるだろ?自分たちと奴との格の違いが。
しかし、俺の思いもむなしく状況は悪くなる一方だ。奴の命令に慌てた騎士たちが、逃げる傭兵を切り伏せようとする。
しかし、逃げようとする冒険者にすら逆に返り討ちにあっている。おいおい、CやDランクの冒険者に勝てねぇ騎士が、なぜあれに立ち向かおうとする?ほんとにわからねぇのか?
『賢明な進言も、愚かな上官の前では無意味だな。労しい』
あら、意外なところから賛同を得られた。ご理解があってうれしいわ。
ってなわけにはいかないんだよ!全く。元凶はお前だろ!俺もうかうかしてられん。逃げ切ることはできんだろうが、せめてキャラバンを護るくらいはしなきゃならん。
混迷を極める前線を離れるべく、櫓から一気に飛び降り、エリザたちの元へ向かう。せめて奴らと共闘できればキャラバンの被害を最小限に抑えることもできるだろう。騎士団は知らん。付き合いきれ…
『それでは王国騎士団の諸君。さようなら。』
!!!
全身を貫くような殺気。
息ができない。
先ほど感じた気配など比較にならない暴力的な魔力だ。
これは立っているのもままならん。よろめきながらエリザたちの元へ向かう。あと200mほど。体が鉛のように重い。思うように進めない。エリザたちは?
エリザとヨハンは東門あたりでキャラバンを護ろうと準備をしていたが、今の殺気にやられて膝をついている。殺気だけでこれだ。勝てるわけないだろ?助かるイメージが全くわかない。振り返るとほとんどの騎士団と傭兵は皆腰を抜かして倒れこんでいる。意識がありそうなものはほんのわずかで、ほとんどが仰向けに倒れこみ泡を吹いている。ビクトールも跪き剣で上体を起こすのがやっとといったところだ。よくもまあこれで魔王に喧嘩売ろうと思ったな。などと感心している暇はない。今できることをしなきゃならん。俺はエリザたちのもとに走りながら魔力を下腹に込める。今回は魔力を動かさずにため続ける。下腹にたまり切った魔力は胸、両肩、両腕とどんどんたまってゆく。間に合うか?
ちょうどエリザたちの目の前に来た時に、上半身のすべて、そして掌まで魔力が満たされた。エリザとヨハンを背にして魔王の方を振り返る。奴に向けた掌が明るく輝き始める。
なにものにも侵されない絶対的な防壁をイメージする。親父が教えてくれた身を護るための魔術だ。結局今までまともに使ったことは無かったが、今回ばかりは使わずにはいられない。いや、役に立つのか自信も無いが、俺に残された方法はこれしかないと確信できる。精一杯の魔力を込めて巨大な防壁を作り上げる。
「完全防壁!!」
目の前には、虹色に輝く防壁が出来上がった。大きさは十分だろう、これなら後ろを走るキャラバンも守れそうだ。そう思いたい。
「……」
魔王が何かをつぶやいたとき、奴の目の前にまばゆく輝く光の玉が現れる。それはゆっくりと下降してゆき騎士団の、そうビクトールの目の前に落ちてゆく。地面に触れるかと思われたその時、
フィキャッ!!
視界が白でおおわれる。
それが、光だと気づくのにそう時間はかからなかったが、あまりのまばゆさに何も見えない。
光が通り過ぎた後、途轍もない熱が襲い掛かる。完全防壁越しに熱気が伝わってくる。肉が焼け炭化してゆくのがわかる。だが魔力を止めるわけにはいかない。ため込んだ魔力を発散し続ける。
熱気が過ぎた後、白かった周囲がわずかに色を持ち始める。今まで町だった場所は、大きな窪地になっている。確認できた途端に、今度は轟音と爆風が襲い掛かる。
ドガカガッカァァァァァン!!!!
一度魔王の方角へ引き込まれるように風が流れたかと思うと、それに続いて、今度は逆向きに魔王の方角から何もかもを吹き飛ばすほどの爆風があたりのすべてをなぎ倒してゆく。キャラバンの事が心配でたまらないが、後ろを振り返る余裕もない。ただただ掌から魔力を垂れ流す。
……
どれくらいの時間がたっただろう。
周りは静寂に包まれる。ため込んだ魔力を一気に吐き出したせいで、頭がくらくらする。みんなは?
恐る恐る後ろを振り返ってみる。エリザは俺の背中にもたれかかりながら立ち上がろうとしている。ヨハンはせき込みながらやおら立ち上がった。よかった。二人とも生きてた。
キャラバンは?
真後ろに転がっている馬車の車列がある。どれもこれも横転しているものの大きな損傷は無いようだ。出発の遅れが幸いしたようだ。もう少し距離があったら俺の防壁では守り切れなかっただろう。
ほっと一息を突いたところで全身の痛みに気がつく。体の前部分が一様に焦げているし、指先は炭化している。これは使いもんにならんかもしれんな。鍛冶屋は廃業か。
「大丈夫ですか?」
エリザが俺の様子を見て声をかけてきた。
「すいません。役に立てずに。」
「いや、あれは仕方ないさ。あんな化け物が来ると思わんだろ。むしろこのぐらいですんでラッキーだよ。」
「ちょっと待ってくださいね。」
エリザは掌に魔力を籠めると、俺に向かって魔力を放つ。ヒールか。痛みが和らいでゆく。やけどだけでなく、炭化した指も再生し始める。まぢっすか?!
すげぇな。Sランクともなるとここまで再生できるのか。
「ありがとう。助かったよ。危うく鍛冶屋を廃業せにゃならんところだっ……たよ。ん?か、痒ぃ~!」
「ああ、軽い回復痛です。普通は痛いんですけどね。」
確かに痛痒いな。あ~。痒い。
目の前には見渡す限りの大平原と、おそらく町だったであろう場所は町の大きさの倍ほどもある窪地になっていた。俺の完全防壁で守られたところだけ地面が残っている。騎士団の姿は何処にもない。何もかもが消え去ってしまった。殺風景な中に、転がったキャラバンの馬車が点々と並んでいる。今そこからごそごそと商人・職人・ルーキーたちが這い出して来る。オットーも這い出してきた。しぶといな。
ん?なんか忘れてる気がするな。
すると上空から声がした。
『驚いたな。あれに耐えるか。おもしろい』




