着地点
「ほほう。これが転移か。なんだ。暗いなこの部屋」
「ああ、冒険者ギルドの転移部屋なんだよ」
到着早々、笹川は興味津々だ。
俺は、転移部屋の扉を開けて、ラファエル達の部屋へと向かう。
「ほほう。こんな感じかぁ。VRMMORPGによくある感じだなぁ」
「なんだ、ゲーマーか?」
「そりゃな。根暗リーマンのやることって言ったらコンパかゲームかくらいしかないだろ?俺そんなパリピじゃないし。」
「なんだ。コンパとかも行ってたの?十分パリピじゃないか」
「付き合いでな。ほら、商談相手が若いと要求してくるのよ。『オタクん所の受付嬢かわいいよね。わかるよね?』みたいな感じで」
「マジでか、楽しそうだな」
「全然楽しくねぇよ。こっちは商談取ってくるために受付嬢やら知り合いやらに頭下げまくって数を集めてくるんだぞ。で、一応俺も幹事として参加しないといけないしさ。向こうは接待受けるつもり満々だから、話も面白くねぇしよ。モテたいんならトークを磨いて来いってんだ」
なんだ?急に沸騰したな。
「どうした。何があった?」
「いや、なんだか急に鮮明に記憶がよみがえってよ。ちょうどそのころVRMMORPGに嵌ってたんだよ。ホントは仕事終わったらすぐにでも家に帰ってログインしたかったのに、そんな糞つまらんコンパに引っ張られてみろよ。そりゃムカつくだろ?」
おうおう、鬱屈したものがあるねぇ。
「そうか。ヤなこと思い出させちまったな。今度酒でも奢るよ。何ならこの交渉の後、呑みに行くか?」
「ああ、それも良いかもな」
そんなたわいもない話をしながら会議室へと向かう。廊下ですれ違うギルド職員たちは皆目を見開きこちらを凝視したまま硬直している。
確かにすげー絵面だよな。リザードキングと魔導士が会話をしながら冒険者ギルドの廊下を歩くさまは。
会議室の前に着くと、ノックをして扉を開ける。
「待たせたな」
「「あ!」」
マンセルはこちらを見て固まっていたが。ラファエルは素手で瞬時に臨戦態勢に入った。
「ティンクルバリア」
俺は目の前に光のバリアを張る。
「まあ、まて。こっちに攻撃の意思はない。落ち着けよ」
ティンクルバリアの存在とこちらが丸腰であることを確認したラファエルは、軽く息を吐くと殺気を解いた。
「ちょっと非常識すぎるな。いくら丸腰とは言え、敵対勢力のトップをこの場に連れてくるってのは……」
「あれ?そう言ったよね。連れてくるって」
「お前が断る暇を与えなかったんだろうが……畜生。なんだか、カールと話してるみたいだなぁ」
なんだか最後に愚痴っぽいつぶやきがあったように思うが、よく聞き取れなかった。まあ良いとしよう。
「とりあえず席に着こうか」
俺と笹川は手近なソファーに腰掛け、ラファエル達と向かい合う。
「まずはこちらから名乗ろうか。ワシは商業ギルドのマンセルじゃ」
「俺は冒険者ギルドのラファエルだ」
「リザードマンの長をしておる。ワシに名前は無い」
「え?名無しだったの」
「ワニが我が子に名前つけると思うか?」
俺の呟きに、笹川は呆れたように小さな声で答える。
「そうさな。名無しでは都合が悪かろう。これからはワシの事を『キャスバル』と呼んでくれ」
「どこの大佐だよ!」
つい突っ込んでしまった。
「ほう。キャスバルか。わかった。そう呼ばせてもらおう」
二人ともスルーっすね。なんか滑った雰囲気が漂ってるね。無表情ではあるが、さぞ笹川は恥ずかしかっただろう。
「で、どこのガノタだよ」
俺が小声でささやくと、笹川も小声で答える。
「転生者かどうか調べたかったんだよ!」
「世代的にズレてたら厳しくないか?」
「いやいや、かなりの年代に響くだろう?」
俺たちの密談にラファエル達が怪訝な顔をする。
「どうした?何か問題でも?」
「いや、そう言うわけじゃない。話を続けようぜ」
「そうじゃな」
その後、マンセルと自称キャスバルの交渉……というか、商談が始まった。
最初こそ、「安全が確保されればそれでいい」などと謙虚なことを言っていた自称キャスバルだったが、
いざ通行時の補償となると、途端に商魂たくましくなっていった。
「安全をどのように保証する?」
自称キャスバルの質問に対して、マンセルは答える。
「リザードマンに対する営利目的の誘拐に関しては王都での犯罪と同等に処罰するというのはどうだろうか?」
「人間に対する営利誘拐と同等に扱うという認識で良いか?」
「結構だ」
リザードマンに対する犯罪も、人間に対する犯罪と同じ扱いにするってことね。
すると、自称キャスバルは要求を追加する。
「できればその場合の裁判や処罰はこちらに任せてほしい」
「逮捕した犯罪者はリザードマンに渡せと言う事か?」
「そうだ」
「それについては王宮司法省に掛け合う必要があるな。この場では回答できん」
「わかった。後日でも構わんが、人間側としても大きな損害はないと考えられるのでこちらとしては譲れない内容だ」
「そうか。善処しよう。そのほかに要求はあるか?」
マンセルの問いかけに、自称キャスバルは待ってましたとばかりに要求する。
「湿地帯に街道を整備するのであれば、経済的な対価を要求したい」
「具体的には?」
「当然人間だけでなく馬車なども通行することになれば、かなり広い街道を整備することになるはずだ。そうなれば大きな環境変化を伴う。我々の居住地だけでなく「えさ場」もかなりの範囲が失われるだろう。本来ならばかなりの金銭的補償が必要だが、現時点で我々は通貨と言う概念を持っていない」
心なしかマンセルは渋い顔になった。そりゃそうだろう。もっと楽な交渉になることを予想してたんだろうが、当てが外れたな。
「そこで、どの程度の保証が妥当かについては、今後の状況を見た上で判断させてもらいたい。それがエサの直接弁済になるのか、金銭的補償になるのかも含めてな」
「あ、ああ。わかった。それについては街道の建設目途が立ち次第相談させてもらおう」
「そうしてくれ」
などと、俺の目の前で商人同士のやり取りが飛び交う。学者の俺にとってみれば正直訳の分からん話だった。
「さて、で、落ち着いたかな?話の方は」
なんとなくひと段落付いた様子だったので、俺も商談を持ち掛けてみることにする。
「そうだな。今日話せる内容についてはな」
自称キャスバルはご満悦だった。まあ、内容がわかってない俺から見ても、ほぼ自称キャスバル主導だったように思う。
「というわけで、マンセルさんよ。ちょっと相談があるんだ」
「相談?」
予定が狂って疲れ切っているマンセルに追い打ちをかける。まあ、損をさせるわけじゃないからな。
「良い話だと思うぜ」
「というと?」
「実は、いま王都の鍛冶屋に、これを作ってもらってるんだ。『展開』」
俺はそう言うと、次元の隙間からストーブとランプを取り出す。
「「「な!」」」
「お前!今、それどうやった!?収納魔術か!」
ラファエルがかなりうろたえている。
「あ!知ってるの?」
「知ってるの?じゃない!!それが使える魔術師は、今はシャルロットしかいないはずだ……」
また、最後が小声になったな。でも、誰か使える奴いるんだね。じゃあ、問題ないな。
「まあ、気にするな。でだ。これを王都で売りたいと思ってるんだが。一口乗らない?」
この作品をお読みいただきありがとうございます。
「ブックマーク登録」または「★★★★★」評価いただけると励みになります。
感想を頂けると参考になります。
よろしくお願いします。




