燃えろテンス
「いよ!久しぶり!」
「あ、ルークスの旦那」
旦那って……今流行ってんの?
っていうか、ちょっと見ない間に痩せたなぁ、テンス。そりゃそうか。大していいもの食ってないもんな。テンスのログを表示してみると、涙ぐましい2か月の活動状況が見て取れた。
こいつの畑でとれる根菜類は根っこなのか野菜なのか区別つかないほどやせ細り。葉物野菜はしなびて雑草と見まごうばかりだ。
こんな状況では、商売にならないばかりか、普段の食生活も儘ならんだろうな。
「やつれたな。大丈夫か?」
「これしきの事、今までの苦労に比べりゃ何てことねぇさ!」
明らかに強がりだな。勢いよく胸を叩いて咽てるくらいだし。労しや……
「なあ、テンス。いい仕事があるんだが、やってみないか?」
「なんだ。殺しか?人攫いか?」
ふざけんな!
「おまえ、俺の事なんだと思ってんだ」
言葉に怒気を込めてみると、テンスは目を白黒させながら詫びる。
「いや、旦那。俺にいい仕事って言うくらいだからよ。俺はてっきり」
なんだか、こないだの餌付け以来すっかり舎弟キャラだな。こいつ。歳は俺より随分上だろうに。
「まっとうな仕事だ。できれば、従業員も何人か連れていきたいんだが、良いか?」
「まっとう?ってえと、どんな?」
「地面から湧き出る油を、お前の炎の魔法で精油してほしいんだよ」
あ~。「ちんぷんかんぷんです」って顔してる。
ですよねぇー。
すげー情けない笑顔だ。申し訳なさそうなほほえみで俺のことを見ている。
「まあ、詳しい話は現地でな。で、そこで当分暮らしてもらうことになりそうなんだが、大丈夫か?」
言うて、テンスは豪邸住まいだしな。製油所には俺たちの住まい以外にいずれ従業員に住み込みで働いてもらうための家も用意している。ただ、庶民の家って感じの作りだから、テンスが我慢できるかどうか。
「ああ、今のままじゃジリ貧だしな。この農場が傾いた時も方々に働きに出たもんだ。やってやるさ」
やつれた顔だが、その眼には確固たる決意が滲んでいた。
「よし、じゃあ、4人ほど従業員を見繕ってくれ。今から行くぜ」
テンスは迷いなく4人の従業員を選任すると、旅支度を指示する。この辺りの手際の良さはさすが経営者と言ったところか。
「じゃあ、お前ら後は頼んだぞ!さ、旦那。いつでもいいぜ。出発しよう」
テンスたちはやる気にあふれた顔で俺の方に向かってきた。
「馬車でも出せればよかったんだがな。うちの馬車はこないだ売っちまったからな。歩きで済まねぇが、道案内を頼むよ」
「ああ、じゃあ行こうか。とりあえず俺の周りに集まってくれ」
「おう。円陣でも組むか?」
どこの野球部だよ。まあいいや。
ちょうど円陣を組むように俺を中心にテンスたちが取り囲んだ。
「転移」
足元に転移の魔方陣が広がる。テンスたちはあっけにとられた顔で地面の魔方陣を見つめていた。
この間転移見せたのになぁ。鳥頭か?
「「「「「うわぁ」」」」」
「なんだ!?どうなった!?」
うるさい。いい加減覚えろよ。
「転移だよ。この間使って見せたろうが?慣れろよ」
「で、ここは?」
「エンドゥの北だ」
「え、エンドゥ!?あんな一瞬で?」
「だから転移だって言ってんだろ!しつこいぞ。さ、仕事だ。仕事」
まあ、最初こそワタワタしていたが、肝は据わっているようで、すぐに落ち着いた。
「で、俺は何をすればいい?」
「炎の魔法でここに流れてる油を加熱してもらいたいんだ。すると、油が蒸気になって上に昇ってく。上では冷やされてまた油に戻るんだ」
「なんだそりゃ。遊んでるだけか?沸かして、冷やしてって何がしたいんだ」
「この油は、いろんな油が混じってるんだよ。で、その蒸気がこのタワーを昇りながら分離されるってわけだ」
「なるほどな、混ざりものの油から、蒸気の温度と重さで分離させていくってことか」
「なんだ、お前以外に頭いいのな。理解が早いじゃねぇか」
「なんか、ほめられると照れるなぁ」
ジジイがほほを染めて照れている。かわいいというべきか、キモイというべきか。アイならキモイ一択だな。ま、いい気分に水を差す必要もないだろう。
「で、できるだけ一定の温度を保って加熱してほしいんだ。この温度が肝だからな」
加熱配管についている温度計をテンスに示す。そこには設定温度の360℃の所に印がついている。
「この温度に調整できるか?俺が見本見せるぞ」
俺が配管に炎を当て加熱して見せる。火力も必要だが、一番の肝は微調整だ。一度加熱した配管は、温度が目標値を超えたからと言って加熱をやめても、すぐに冷えるわけじゃない。火を止めても温度は上がり続ける。目標温度のずいぶん手前から火力を落として微調整をしなければならない。意外に繊細な作業だ。
「どうだ?できそうか?」
「すまねぇが、俺には無理そうだ。そんな火力は出ないし。出たとしても魔力が続かない」
ああ、そういやそうだね。でも大丈夫。
「火力については、魔方陣を教えてやる。これを使えば火力が上がるはずだ」
「魔方陣を!?あれは高名な術者に師事しないと教えてもらうことはできないって……」
「いや、そんなすげーもんじゃねぇから。まあ、気にすんな。ただ、俺やサトシを裏切ろうとしたら……わかるな?」
「ああ、だっ、大丈夫だ。そんなことしねぇよ」
このビビり具合。サトシやりすぎ。ま、結果オーライだが。
火力アップの魔方陣をテンスの目の前に表示する。
「お、こ。これが!」
あ、やっぱり見えるのね。この表示。案の定、横で見ているNPCの従業員たちはポカンとしている。彼らにはこの手の表示が一切見えないんだろう。
「それと、魔力不足についてだが、魔力は大地から借りろ」
「借りる?」
そうだよね。そうなるよね。普通はMPから使うだけだもんね。なんだよ「借りる」って。サトシから聞いた時意味が分からなかったもの。
ま、この辺りはサトシの受け売りを、そのままテンスに伝える。
魔力を使っていただけあって、それなりにうまく使いこなせるようだ。火力と魔力の不足は補えたようだな。
「おい!従業員!」
呼び難いな。まあいいか。
「お前らは、テンスの配管に油を流すのと、出てきた油をそれぞれ集めてくれ。ここのハンドルを回せば、ポンプが回って油を動かしてくれる。いいか、結構力がいるから頑張れよ」
「「「「はい!」」」」
元気がいいね。
ポンプ類はモータで自動制御したいところだが、電気がないってことがこんなところも影響してくる。今時手回し動力って……いつの奴隷時代だよ。
でも、従業員たちはノリノリだ。良いね。知らないってことは。今時の新入社員なら、「ブラック企業」認定&SNSアップで、退職代行企業に依頼して即退職だな。
「集まった油は、この地下タンクにたまる。これも手回しポンプで汲み出すことができるから、販売用タンクに移してエンドゥとヨウトに納品してくれ」
「わかりました!」
素晴らしい。こんなにハキハキと指示を聞いてくれる従業員って最高!研究室の学生たちにこいつらの爪の垢を飲ませてやりたい。
にしても、思いのほか順調に行ったな。さて。次の作業に移るか。




