辺境の村
エンドゥを発ってから、すでに二日ほど経った。
これと言って問題もなく車列は進む。
荒れ地をずいぶん進んでようやく町らしきものが見えてきた。
「ずいぶん静かだな。この町はここまでさびれた印象は無かったんだが。」
オットーは不審そうに周りを見渡している。
町や村というよりは、集落と言った方がいいだろう。少々荒れた畑の中に、ぽつぽつと小さな民家らしきものが幾つか見える。
ただ、どれもこれも人の気配がない。廃墟と言った方がしっくりくる。
畑に作物は無く、小さな足跡が無数についている。踏み荒らされているようだ。建物も藁ぶきだったであろう屋根は燃えて朽ちており、中が丸見えになっている。
近づいてみるとずいぶん悲惨な状態だった。
「何かに襲われたな。……ゴブリン……か」
オットーは畑の足跡を見て納得しているようだった。
「近くにあるのか?ゴブリンの巣」
「ここからゴブリンの巣まではずいぶん距離があったと思ったがなぁ。まあ、襲われたならどうしようもないだろうな。この町に自警団みたいなのは無かったと思うし。気のいいやつが多かったんだけどな。生き残ってるといいが……。」
荒れ地の中の集落はゴブリンなどに襲われることが少なくない。特に防壁に守られていない集落では収穫間近の作物を目当てにゴブリンだけでなく魔獣の類も徒党を組んで襲撃してくるケースがある。ある程度大きな集落であれば自警団も作れるが、この集落の規模ではそれも難しそうだ。
車列から一番遠い建物で炊煙が上がっているのが見えた。
「よし。ここでいったん休むか。停車しろ!野営の準備だ」
オットーは先頭車両に指示する。
俺は馬車から飛び降りて、炊煙の上がる建物に向かった。
一応警戒しながら進んでゆくと、後ろからオットーが声をかけてきた。
「カールさんともあろうお人が何をビビってるんですか?大丈夫ですよ。あそこにいるのはたぶんガキが二人だ。」
オットーのSランク冒険者たる所以はこの索敵能力だ。単なる索敵だけなら危険を感知する低級スキルがあるから、比較的多くの冒険者が習得している。が、オットーのそれは桁外れだ。半径数十mの範囲であれば、遮蔽物があったとしても魔力を持たない者の位置でさえ把握できるようだ。恐るべしである。
「生き残りか……」
「だろうな。おうい。邪魔するぜぇ。」
オットーは相手から警戒されないように比較的遠くから声をかけて建物に入ってゆく。
建物に入ると、部屋の隅を背にして、少年と少女が身を寄せ合ってこちらをにらんで立ち尽くしている。
オットーは両手をあげながら、おどけて続ける。
「襲いに来たわけじゃねぇよ。俺たちゃ行商だ。どうした。ここで何があった。前はもっと人数がいたはずだ。」
それを聞くと少女は、力なくその場にへたり込んで泣き出した。
少年は、少女の方をさすりながら、こちらを警戒してみている。オットーの顔……の上あたりか?何見てるんだ。
ひとしきりオットーを睨みつけ、気が済んだのかこちらを見る。
途端に少年の目が大きく見開かれる。あれは、驚いてる顔だな。
あれ、知り合いだっけ?俺ここ来た事あったっけ?きみ誰?
「ええと。知り合いだっけ?」
「あ、いえ。何でもないです。初めてお会いします。」
ずいぶん育ちのいい話し方だな。少年はバツが悪そうに少女の横にへたり込む。
オットーは一度外に出ると、何やら食い物を持って帰ってきた。
「ちょっとは落ち着いたかい?俺はオットー、こいつはカールさんだ。行商の護衛としてここに来たんだが、落ち着いたら何があったのかを教えてほしい。」
いくつか会話をしながら、彼らの緊張を解いてゆく。
さすがと言うべきか、このあたりは手馴れている。冒険者としての経験の差だろうな。
少年も少女も多少落ち着きを取り戻したようで、ようやく食事をとり始めた。
「もう少し時間がかかりそうだな。後でまた寄るから、何かあれば外の野営地に来てくれ。」
「ずいぶんつらい思いしただろうな。」
「まあ、この辺じゃぁよくあることだけどな。」
自警団を持っていたとしても、ゴブリンやオークの大群にはなすすべなくやられるケースも少なくない。二人が生き残れたのもただ運が良かっただけだろう。
まあ、よかったのか悪かったのかは本人の考え方次第だろうが。
「とりあえず、そっとしておこう。」
「だな。」
荒らされた畑や建物を調べながら野営地に向かう。10世帯ほどの集落だったようだ。荒れた畑も周囲に雑草が見当たらないことから、もともとはずいぶん手入れされていたことが見て取れる。どの建物もあらされてはいるが、比較的手入れされていたと思われる建物ほど荒れている。もともと荒れていたような建物は、すでにだれも住んでいなかったのだろう。ゴブリンもそこは荒らさなかったと見える。
そう考えると、最近まで住んでいたのは2世帯ほどか。なおの事、そんな寒村をなぜゴブリンの大群が襲ったんだろう。まあ、考えても仕方ないが。
荒れ果てた掘立小屋の中に、金床と加熱炉が見えた。ここにも昔は鍛冶屋がいたんだろう。ずいぶん長いこと手入れされていないようだ。
「オットーはこの町によく来るのか?」
「いや何回か来ただけだな、それに最後に来たのはずいぶん前だ。もう5年以上経つかな。あの二人は初めて見る顔だ。まあ、あの年ごろなら前にあっててもわからんかもしれんが……」
「この集落にはどのくらいの人数が住んでたんだ?」
「大人が6~7人ってところかな。確かに小さいガキンチョは何人かいたが……」
「そんな集落を狙って襲うかね?」
「大移動の途中だったとか……まあ、普通は無いが、襲われてる以上、事実なんだろうよ。」
野営地では食事を終えた者たちが思い思いに過ごしていた。冒険者たちは次の見張りに備えて仮眠を取り、職人たちは、エンドゥで仕入れた素材を加工したり、以前手に入れたサンドウルフの皮をなめしたりと寸暇を惜しんで作業している。
また井戸のある野営地は貴重なので、料理人たちは水の確保に余念がない。その様子を見てオットーに聞いてみる。
「井戸か?」
「いや、ゴブリンの巣はこの北にある森の中だ。水場は十分にあるから、わざわざここまで出張ってこねぇと思うぜ。」
「まあ、考えても仕方ないな。普通に考えりゃ、次は当分ないか。」
「だな。」
エリザとヨハンは魔術具や道具の手入れをしていた。
「誰かいましたか?」
「ああ、生き残りらしい子供が二人ほど。兄妹とか、そんな感じの子たちだ。」
「放っておいて大丈夫なんですか?」
「まあ、またすぐに何かが攻めてくることも無かろうし、何より攻め込まれりゃ気づくよ。オットー大先生が。それに落ち着けば本人たちもこっちに来るだろう。」
「そうですか。」
そんなことを話していると、後ろから少年たちがやってきた。
「食事をありがとうございました。」
少年が頭を下げる。お礼のつもりだろう。
「いんや、気にするな。お嬢ちゃんの方は落ち着いたかい?」
少女は無言でうなずく。目はじっとこっちを見据えている。よほど怖い思いをしたんだろう。まだおびえている様子だ。
「僕はサトシと言います。この子はアイです。」
「兄妹かい?」
「いえ。僕の家族は全員ゴブリンに襲われて……父は殺され。母と幼馴染はゴブリンの巣に連れてゆかれました。この子はそのゴブリンの巣から逃げてきたみたいです。どうやら幼馴染が助けてくれたみたいで。」
「……」
オットーは黙って話を聞いている。
「ずいぶん大変な思いをしたんだな。それはいつの話だ?」
「3日ほど前です。アイがうちについたのは昨日ですけど」
アイは両手を前で組みうつむいて小刻みに震えている。
「ここで休ませてもらってもいいですか?いつ襲われるか不安で…」
「ああ、いいぜ。ゆっくり休みな。俺たちで見張っておくから。」
健気な子たちだ。俺たち大人はこんな子供たちを守ってやらなきゃならんよな。
おい、オットー。黙ってる場合じゃないぞ!などと考えながらオットーの方を見ると、ずいぶん深刻な顔で考え事をしている。こんな表情を見るのは初めてだ。
急にオットーが振り返り、叫ぶ。
「ゴブリンの群れだ!野営地を護れ!非戦闘員は馬車の準備をしろ!!」
オットーの顔色が悪い。
「やべえぞ。もう目の前だ。ここまで気配を感じなかった。どういうことだ!」
オットーがここまで取り乱すのは珍しい。が、そんなこと気にしている場合じゃない。
200は軽く超えているだろうか、ゴブリンだけなら問題ないが、ホブゴブリンやオークも居るならこの数だと少々余裕がないな。まあ、まとめて切ればなんとかなるだろう。そうなると、近くに仲間がいちゃあ加減が難しくなる。
今回も近すぎる。エリザの大火力は期待できないから、バフとデバフを頼もう。
「まあ、来ちまったもんは仕方ねぇよな。ルーキーはキャラバンを護れ!いいな!俺の近くに立つなよ。邪魔なもんは切り倒すぞ、エリザ、俺にバフをかけてくれ!あと、敵にデバフもな!ヨハンは後ろのを頼む。」
言うことだけ言ったら、後は突っ込むだけだ。剣を手に取り、鞘を後ろに捨てる。
「ニホントウ?」
ん?サトシだっけ?なんか言った?ちょっと余裕ないから、後でね。
ゴブリンたちは野営地の目の前40mほどのところに迫っている。俺は一気に距離を詰め、走りながら横なぎに切り伏せてゆく。
真っ二つになったゴブリンの上半身は中を舞い、二度三度と剣を振れば、俺の周りの半径5mほどは死体だけになる。距離が空いたな
「ファイアーボール!!」
放たれたファイアボールは火柱を上げ、たちまたその周囲のゴブリンを一掃する。俺を中心に半径100mほどは焼け野原になり、この範囲に居たゴブリンは跡形もなく燃え尽きた。
エリザの準備も整ったらしく、俺にバフがかかる。視界は広がり、ゴブリンの動きが止まっているように遅くなる。手に持つ剣は綿毛のように軽くなり、軽く踏み込むだけで100m近く跳躍し距離を詰めることができる。目の前のゴブリンは血しぶきをあげながら粉々に砕けてゆき、その飛沫でさえもよけられるほどの速度で俺は切り進んでゆく。
その間にヨハンは正確かつ無慈悲にゴブリンの眉間を魔法の弓で貫いてゆく。その速さはバフがかかった俺でも認識するのがやっとだ。
一通り、バフとデバフをかけ終えたエリザは、後方のゴブリンをウインドカッターで切り刻む。小さなつむじ風がゴブリンのみじん切りを作りながら通り過ぎてゆく。
ゴブリン側から見れば『血飛沫の嵐』そう呼ぶにふさわしい虐殺だったと思う。時間にすれば数分だろう。最後のゴブリンをヨハンが射貫き、辺りは静寂に包まれる。
ルーキーたちはその様子を固唾をのんで見守っていたようだが、すべてを退けたのを確認すると歓喜の声を上げた。
「すげーや、やっぱりSランク冒険者だ!!」
「何が起こってるのかさっぱりわからなかったぜ、血飛沫しか見えねぇしよ!」
興奮して口々に先ほど目にした様子を語り始める。
まあ、なんだ。お前たちも役に立ってくれよ。俺鍛冶屋なんだしよ。と、言うのも大人げないので、賞賛の声に片手をあげて答えつつ、鞘を拾いに戻る。
そこには、驚きに目を見開いたサトシと、いまだおびえているアイがいた。
「あの、僕に剣術と魔術を教えていただけませんか?」




