観察
「さて、まずは宿屋を探すかな。」
ヨウトに帰ってもいいが、情報収集した雰囲気を出すためにはエンドゥにいたほうがいいだろう。
ついでに領主の所にもいく予定だしな。と言う訳で、転移で町はずれに移動してから宿屋に向かう。
すでに日は傾き始めていた。領主の所へ行くのは日を改めたほうがよさそうだ。
ギルドにほど近いところに宿屋がある。一階は飲み屋を兼ねているようで比較的にぎわっている。
あの飲み屋が寂れてるだけなのか?
確かにあそこの女将は無愛想だったからな。
「いらっしゃい!」
「宿屋もここでいいのかい?」
「良いっすよ。素泊まりでいいですか?一泊2リルになりますけど。」
よくよく考えてみると、冒険者の報酬安すぎない?こないだのオーク討伐とか3リルじゃなかったっけ?
金目当てでやるような商売じゃない気がするなぁ。このゲームバランスどうにかならんかなぁ。
「ああ、良いよ。ちょっと長めに泊まることになりそうなんだが、先払いかい?」
「そうっすね。何日くらいの予定すか?」
「とりあえず7日かな。」
サトシのあの様子なら、そのくらいはぐるぐる回ってそうだ。まあ、アイと二人なら何とかなるだろう。いやぁ、レベル上げが自動でできるって結構素敵な生活じゃない?
「じゃあ、14リルっすね。もし延長する場合は、その時にまた前払いしてもらうことになるっすけど……」
「ああ、良いよ。頼む。
ところで、途中でキャンセルってできるのか?」
「素泊まりなら大丈夫っすよ。言ってもらえればそこまでの日数で清算するっす。」
なかなか良心的じゃないか。
「じゃあ、これで頼む。」
懐から14リル出す。まあ、チートできるから研究室に戻りさえすればいくらでも金は増やせるんだけどさ。毎回戻るのがめんどくさいだけで。
「まいどあり!あ、部屋のカギは中からしかかかんないっすから、出かけるときは貴重品置いとかないでくださいね。」
「わかった。」
カウンターのアンちゃんに教えてもらった部屋に向かう。階段を上った廊下の一番奥にその部屋はあった。
「ふう。」
部屋の中には、質素な椅子と机。作り付けのベッドもある。ベッドというか板に布を張っただけのような、硬いベッドだ。
装備を外して、ベッドに横たわる。
「ログアウト」
HMDなどを取り外し、一息つく。研究室は静まり返っていた。やはり先ほどから時間はほとんど立っていない。職員もまだ出勤してきてはいないようだ。
研究室の冷蔵庫を開けて、なにか食べられるものがないか探す。
「カニカマか。なんでこんなもんが?」
まあ、なんでもいい。腹に入れたい。バーチャルで食事はしているが、ここ半日ほど何も食ってない。脳も低血糖になろうと言うモンだ。
ほかに何かないかなぁ。コーヒー牛乳。あとは学生が置いていった乾き物しかないな。
手当たり次第に口へ放り込むと、PCの方に向かう。
また調べものだ。wikiから飛んだページにマンティコアのことが書いてあった気がする。もう一度読み直しだ。
「あ、あいつどのくらいレベル上げるつもりだろう。」
サトシの執念がどのくらいなのか確かめてみたくなった。
俺がログアウトすると、基本的にゲーム内の時間は停止する。
これを再始動すれば、あいつがレベル上げしている様子が確認できるはずだ。
それも1000倍速で……
ちょっと興味があるな。
「始動っと」
うわぁ、チャカチャカ動いてんな。すげースピードでぐるぐる回ってる。残像が見えるほどだ。
などと言っている間に、ゲーム内では2時間が経過している。
よかった。付き合わなくて。こんなの精神が壊れるわ。
ぼんやり見ていると、あっという間に日が暮れる。
サトシもアイもLvが100に達したからか、レベルアップのペースが驚くほど遅くなった。
今までは、一周するごとにレベルが最低1つは上がっていたのに、今は4時間回って、ようやく一つ上がった。
いやぁ。これは心折れるな。俺なら折れる。
でも、サトシに折れる気配がない。すごいね。ある意味。
「さて、コーヒーでも飲も。」
……
うは!マジか。
外から観察する俺にとってみれば、コーヒーを入れて戻ってくる数分の間にゲーム内では3日が立っていた。
ぶれないなぁ。そして折れない。強いね。
コーヒーをすすりながら、その様子を眺めることまた数分。
やべ、6日たっちゃった。宿屋の追加料金払わなきゃ。
慌てて、時間停止する。
「ついでだし、演算も止めとこう。」
以前、何気なく時間を止めて別の作業をしていたら、勝手に再始動していたことが有った。それからは念のため時間停止後、演算も停止するようにしている。
さあて、調べものっと。




