2024/0709『月牙風来伝 』とのコラボ(作:カオス饅頭)
【文章】カオス饅頭
【コラボ先】【和風ファンタジー×鳥獣害対策】境界を行くもの 月牙風来伝
作者:Thera 様
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ボクはピコピコ=リンリン王国、ラッキーダスト侯爵家次期当主。
アダマス・フォン・ラッキーダスト。12歳。
突然の事であるが、現在、森の中の朽ち果てた小屋に居る。
と、いうのもウチが管理する森の中で見慣れぬ朱色のオブジェが見つかったのが発端だ。
領内で暮らす異世界人達の言う『鳥居』という宗教施設に似ていて、次期領主としては密かに宗教勢力が潜伏しているのは放っておけない問題だったのだ。
が、潜ってみたら異次元の門だったらしい。
気付けば潜った鳥居は消えていて、朽ち果てた小屋があるのみだった。
ともあれ、こういう事は二度や三度でもないし、暫く経てば勝手に戻っている。
しかしその『暫く』の間、此処で生活する必要があるという事で、問題は衣食住の確保だな。
植物の特徴から温帯〜亜熱帯のアジア系といったところか。竹らしき植物……つまり『真っ直ぐで硬い中空の棒』が簡単に採れるのはありがたい。
木には統一性は無く自然林と思われ、土地の持ち主がやってくるのを期待すべきではない。
衣は問題なし。
ブラウスにベスト、カーゴパンツに革靴、首にはロングスカーフ。
森に適しているとは言えない何時も通りのお忍び衣装だが、父上の「偉い人間は誘拐や反乱の危険もあるので、潜伏スキルも必要なのだ」とサバイバル訓練を受けているので、着の身着にナイフ一本で一週間は森で暮らせる。
住は、イチから作る事に比べたら天国だな。
取り敢えず雨風は凌げるが、穴ボコだらけで腐っていたりもするので草や枝で改修も考えて良いが、後回しで良いだろう。
持ち物は貴族の守り刀と万年筆、オヤツのビスケット、暗器の懐中時計型鎖ヨーヨー、財布の貴金属や宝石類…と、いったところか。
で、問題は食だな。
幸いな事に岩の隙間から水が湧き出ているので水の確保は出来るし、豊かな森でもある。
しかし見慣れない動植物が多く、可食性テストを行う必要があるだろう。
此処をベースキャンプとして活動を開始する。
先ずはナイフを使い潰さないよう石器と、竹でファイアーピストン(火起こし器)の作成からだな。
その日の就寝時、複数のネズミと一緒に目の赤いアライグマのような小動物が襲い掛かってきたので、石器の投げナイフで撃退。
小屋を寝ぐらにしていたと思われる。
ネズミの行動に違和感を覚え、しかも魔力らしい反応もあったので、アライグマについては別のネズミで可食テストを行う。
その体液には他者へ攻撃的になる影響がある事が確認された。食べない方が良いだろう。
湧き水への害も考え、死体は燃やした。
◆
次の日。
意外と近かったのか、探索している内に、無事に人里へ辿り着く事が出来た。
黄色人種の里な為なのか言語は日本語に近い。
口下手なボクではあるが嘘発見器程度の読心術も使えるので現地民との交流には、そこまで困らなかった。
余談であるが、領主は異世界人との面接なども行うので、ボクも幾つか異世界語を取得してるのである。
異世界人が多い日本語と、共通語である英語。そして古代人用にラテン語だ。
これは同世代の領主候補がみんな出来る訳ではなく、どうもボクが『天才』という人種だかららしい。
周りにボク以上が沢山居るから、あまり天狗にはなれないけど。
交流の最中では、金髪碧眼の白人種が珍しいのか奇異の色も見えた。
どうも『帝国』という国では一般的ではあるが、最近まで交流は無かったそうだ。
一方でその距離感に付け込ませ、専門の両替屋で金貨や宝石との換金も済ませてしまう。読心術が大活躍だった。
市場に行けば、山菜や鳥獣が売られており、森で見た個体も確認された。
暫くは肉に困る事は無さそうだな。
店主に狩猟した物を売る話を持ち込むと、先ず飛んできたのは『鬼奴の民』という言葉である。
どうもこの世界は『怪物』という魔物のような生き物が蔓延り人々は安心して暮らせないそうだ。毛皮に対する穢れ信仰もあるらしい。
しかし、その中で狩猟で生計を立てる一族が件の『鬼奴の民』という事だ。
畏れの感情が読み取れるが、住所不定無職にはありがたい。今度から、そう名乗らせて貰う事にした。
◆
そして暫く。
木の枝で羽を休めていた鳩を、手製の弓矢で射る。
地面で暴れる鳩を雑巾のように両手で握って、親指で背骨を折ると同時に心臓から伸びる動脈を切り、心臓がポンプになる事で腹腔内に放血される『血抜き』を行う。
こうして出来上がった肉を人里に持っていき、現金収入として生計を成り立たせる。
時には、市場のお姉さんに教えてもらった珍しい山菜なども渡す事があった。
そんな狩猟生活を繰り返して一週間も経っていないが、ボクは『鬼の子』と呼ばれ、それなりに人里に馴染んでいた。
見慣れぬ人種の子供で、鬼奴の民である事が由来だ。
ボクと目を合わせたく無いなど、異名は悪い方面に働いている。
しかし生来の容姿の良さと害を及ぼす訳でないので、攻撃的な行為はされてはいなかった。
見てる分には無害といった認識か。
貴族社会とそう変わりはないが、此方に大貴族というしがらみが無い分楽だな。
とはいえ、人と交流するにしがらみは避けられぬもの。評判を聞きつけた悪い人達が、ボクを害しようとする話もちらほら聞こえる。
この日も市場のおっちゃんが「注意しろよ」と言ってくれたし、何より、だ。
「あ〜……どうしようかな。コレ」
黒ずくめの男が、小屋の隅に横たわっていた。端的に言えば『汚れ仕事の人』である。いわゆる隠密、もしくはニンジャー。
今は緊縛術で動けない状態だ。
一応暗殺系のスキルはあったが、こういうのは初見キラーだから成り立っている物が多い。
故に暗部から直接教育を受けている身としては「何処かで見たような技」でしかなかったので、逆に生け捕りに至った訳だ。
『バリツ』の関節外し投げで捕らえたのだが、捕らえておく期日は定まってないので骨は嵌め直しておいた。
生かしておくメリットは無いのだが、ボクはこの世界で完全な部外者だしなあ。
ともあれ、大した理由でないのは不幸中の幸いだった。
読心術と暗部式の尋問術を合わせて聞いたところ、単純に金目的だったらしい。
ボクが保護者の居ない目麗しい子供で、しかも換金した貴金属や宝石の情報が「偉い人」の耳に入ったらしい。
「手持ちの隠密を使って今に至る、か…」
一般的な貴族(偉い人)の考えはヤクザ屋さんに似る。
つまり面子丸潰れなコイツの雇い主はこれで黙っちゃいないだろう。
第二の刺客は来るだろうね。その時に人質として使ってみるか。
小屋の周りに罠を多めに設置し、人質に焼いたバッタを犬食いで食べさせて、眠りにつくのだった。
◆
次の日の朝。
様子見の為に狩りをせずに人里に降りてみると、全体の様子は変わっていなかった。公に出来ない行動だったという事だな。
ただ、別のベクトルで変わった事がひとつ。
ベンベンと、弦楽器の音が聞こえた。
広場に吟遊詩人……此方の言葉で『旅芸人』が来ていたのだ。
楽器の形は騎馬民族の馬頭琴に、ちょっと似ているな。
ウチでは見ない楽器だ。
身長はボクと同じくらいの女の子。
皇国の平均身長がウチより低い事を考えると、ボクより少し歳上といったところか。
纏められた栗色の髪は、ハキハキした印象がある。
剽軽な態度と豊かな詩才。
整った容姿は愛嬌ある風体に崩されキツネのよう。
衣装に高級な風体はないが、旅をしている割に小綺麗で、それらが合わさり接しやすく人を惹きつけていた。
彼女の名は『杏華』というらしい。
彼女が語るのは共に旅をしている『ゲツガ』という風来坊による怪物退治の英雄譚。
しかし無双の豪傑という訳ではなく、人間らしい知識で地道に罠を張り巡らせるタイプの英雄だった。
あらすじでは地味と思いきや、話し方や組み立て方が面白かったので、お捻りを投げておいた。
此処での生活は安定してきたのでそれなりに稼いでいるのである。
◆
その日の午後。
ボクは頭巾で髪を隠し、暗部仕込みの動き方で気配を断ちながら建物や木などの影を渡り歩いていた。
何かと言えば、旅芸人の彼女の尾行である。
ストーキングだが、別にストーカー趣味がある訳ではない。
『敵』から見て、隠密が行方不明になった次の日だ。
旅芸人に紛れさせて情報収集をしていてもおかしくないし、外部から傭兵を雇った線も捨てきれない。
安宿に入っていったので、薄い木製の壁に耳を当てて盗聴。
足音からして男一人と幼児一人、彼等は炊事の最中である事が伺えた。
そして後から杏華が部屋に入ってくる。
──月牙様、お仕事に行って参りました。今日はお捻り多めでございます。
──お疲れ様です、杏華。昼餉の支度が出来てますよ。
──ワー、ありがとうございます。あれ、時雨ちゃんはどうしたのであります?
──居る……。
──やはりですか。すみませんが、壁の向こうの方、覗きはご遠慮願います。
『月牙』が、壁の向こうの『ボク』に話しかけて来たのだ。
魔力的な違和感でパッと背後を見ると、人型に切った紙のような物が、そこに居た。
フワフワと宙に浮いていたのだ。
すぐさま撤退を行うも、紙人形は宙を飛びボクに付いてくる。
走ろうにもギュンと速度と上げて中々速い。
建物間の隙間を抜けようにも、相手が紙では意味がなかった。
爆発か衝撃波か。未知故に迂闊に触るのも危険だ。
しかしこの手の『魔術』は術者から離れるほど威力は弱まるのが、ボクの世界での常識。
なので宿から十分に距離を取るよう逃げる。
取り出すのは、懐中時計に偽装した鎖ヨーヨー。
鎖は内蔵型で、本体に魔力術式を用いて次元にも干渉しているので意外と長くて強度も高いのが特徴。
50メートル以上あったと思う。
それを、行きがかりの家屋の屋根下の木材に引っ掛けた。
クイと引っ張れば、子供の身体は飛ぶように跳ぶ。
故に、ボクは一気に屋根の上に着地したのである。
こうすると紙人形は、ボクの跳んだ軌道に沿って『下』からやって来ざるを得ない。
そこを狙い、立膝で待ち伏せていたボクは、とっておきの黒曜石で作った投げナイフを構え、放った。
武芸は中途半端なボクだけど、ナイフ術に限れば得意な方だ。
ヒュンという風切音と共に両断された紙人形は、只の紙として宙を漂い、風に流されたのだった。
◆
紙人形を迎撃した途端、月牙が物凄い剣幕で外に出て来て、ボクを探し回っている姿が確認出来た。
なるほど、杏華の歌っていた通りに女性的な美青年だ。
艶やかな髪は上で纏められ、穏やかな口調でありつつ眼は鋭い。
動きやすい和服で、上から白い外套を羽織っていた。
腰には刀を差しているが、剣術メインの身のこなしではないな。
ボクの剣術と同じくらいの腕前と思われる。
つまり、剣で戦えば体格差でボクは負けるという訳だ。
紙人形破壊がいけなかったのか、ストーカーがいけなかったか。
追われるだけの心当たりは沢山あるな。
彼の隣を歩く幼女の『時雨』も、黄色いものをブンブン振り回していた。
あれは確か『たくあん』だったな。市場で見た。
何故たくあんかは謎だけど、深く考えない方が良いのだろう。
こうしてボクが取った行動は、建物の影や木の上にじっと潜んでやり過ごす事だった。
里での地の利が少しだけ高かったので、見つかりにくい場所を予め調べておいたのである。
とはいえ相手は専門家。
隠れるたびに見つかり、その度に全力ダッシュで逃げるという、破茶滅茶鬼ごっこを里の中で繰り返す事になったのだった。
合間で、彼等は聞き込みも行っていた。
しかしこれについては、有力な情報を得る事は無かったと言っておこう。
里の人達は、ありがたい事にボクに味方をしてくれるか関わりたくないかという反応だったのだ。
「あっ!……いや〜、知らないな〜」「その件については話したくないですね」など。
明らかにボクに付いて何かを隠しているのは分かるが、旅人である手前、深くは追求出来ないといったところだ。
かくして逃亡用の強化魔術は何度も使える物でもないものの、日が暮れてタイムオーバー。
もうご飯の時間だよと、何とか逃げ延びる事に成功したのだった。
余談であるが、木の上に潜んでいた際、「時雨たくあんアタック!」という叫びと共に投げたたくあんが顔に直撃して、地面に叩き落とされた事も追記しておく。
◆
宵の刻。
異国人の男子との鬼ごっこ騒ぎの後。
ワタシこと杏華は、安宿にて麦飯を頬張っておりました。
宿といっても主人が作る訳でなく、自炊した物。この材料も月牙様が午前に市場で買ってきた物です。
前払いで銭を支払い、客が調理を行う事で安宿となる仕組みで御座います。
それ故に家具は少なくありましたが、数少なく備え付けられた行灯が、月牙様の浮かない表情を照らしておりました。
先程まで鬼追いをしていた、異人のあの子供の気配は消えたそうですが、謎が多く腑に落ちていないようでした。
偶々立ち寄っただけの人里で、忍びの技術のある者に追跡されるなどと頭を思考に浸かっても答えは出ないご様子です。
「やはり……技術を持っただけの変態だったのでしょうか」
月牙様が鼠のような小言で怪しげな事を呟く、そのような時でした。
──コン、コン
「夜遅くに申し訳ありません。
私、此処で商人をしている者で御座います。
腕の立つ巫師様の噂を聞き、至急のご用件があって、居ても立っても居られず参りました。
扉を開けて欲しく存じます」
薄い扉を叩き、我々を尋ねる声が聞こえたのであります。
しかしワタシは首を捻りました。
ハテ、宿を取ったのは今日の事。
我々が『居る』という情報も、ましてや月牙様が巫師だという情報も、伝わるには早過ぎると感じられます。
「人違いという事にして、帰って貰います」
「ワタシがやりましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
先程の表情から一転し凛々しき貌に。
立ち上がって、扉へ向かい歩みはじめます。
しかし、はじめに声を出したのは向こう側でした。
「金髪碧眼にて、身のこなしが素早い異人の子供をお探しではないでしょうか?」
それは矢の一言。
月牙様の足はピタリと止まってしまいました。
けれども眉は顰められ、考えを巡らしているのが分かります。
「……続きを」
隠そうとしないのは、実のところ里の中に広まるのは妙でないからこそ。
ワタシ達は彼の子供の事を人々に聞いて回り、追いかけ回しておりました。
しかし、本日中に月牙様が巫師であると知れる情報源はワタシの歌。
もしくは、あの子供を監視する為に使って潰された紙人形……つまりは分身神の存在に御座います。
しかし信頼するには、見ず知らずの旅芸人のワタシの歌だと判断材料に乏しく、実際に見聞きした情報の方が信頼性が高い。
あの子供が忍びの者なれば、何か『大きなの目的』の為にワタシ達を尾行していたとも取れます。
月牙様には秘密が多いのです。
自称商人の方は、扉の向こうから語り掛けます。
「へい。実はアレは最近現れた『鬼の子』と有名でして、容姿に誑かされた住人達が協力せず、商売の販路が脅かされているのです。
そこで、巫師様に是非捕獲して頂こうと」
「聞きましょう、お入り下さい」
ガラリと扉が開き、特に変わりない中年の男性を受け入れました。
後で知った話ですが、彼は独自の交易路を持ち、『別件』で月牙様について前々から、あまり綺麗とは言えない方法で探りを入れていたそうで御座います。
月牙様の出生や、外国との繋がり等には秘密が多く、時によくない物も引き付けてしまうのです。
◆
ボク、アダマスは横倒しになって苔むした丸太の上に座り、焚き火の灯りに当てられていた。
手元には市場で買った、紐閉じ式の古本。
異世界人が使う現代日本語とは違うが、これはこれで解読が面白い。
つまりは単なる暇潰しである。
「そろそろかな」
なんとなく独り言を呟き、夜闇の向こうを覗く。
そこには、十分に距離を取った人影が立っていた。
片手を挙げて歓迎する。
「やあ。良い天気だね、月牙……で、良いのかな?」
「合っていますよ。
私は『鬼の子』の捕獲を依頼された者です。随分なご挨拶でしたね」
第二の刺客に備えて結構厳重に罠を仕掛けておいたのだ。
それを彼は、物音一つ立てずに突破して来たのである。
罠のスペシャリストから見れば、ボクのブービートラップなんてオモチャもいいところだろう。
「確かに『鬼奴の民』を名乗ったせいかそう呼ばれてはいるね。しかし情報に語弊があると思うな」
「それでは正確な情報共有の為、先ずはお名前をお聞きしたいのですが」
「それもそうだね」
ボクは本を閉じて丸太から立ち上がった。
右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出すようにして、お辞儀をした。
ボウ&スクレープという、貴族男性の礼である。
「ピコピコ=リンリン王国。ラッキーダスト侯爵家、嫡男にして次期当主。
アダマス・フォン・ラッキーダスト。見ての通り、異世界人で御座います」
「……」
一拍の沈黙。
そして月牙は、向こうの礼儀に則り礼を返した。
「それは高貴な方にご無礼を働き、誠に申し訳ございません。
御身分の割に自ら手先を動かすのが得意なようで、知るのに半刻を必要としてしまいました」
薄ら笑いと同時に皮肉が放たれた。
よくも罠だらけの夜中の森道を歩かせたなとか、昼間の事は忘れてないからなこの野郎とか。
そんなファッキンな気持ちが感じ取れる。
言った後、彼はフウと小さくため息を落とすと言葉の末へ話を繋げた。
「それでは改めまして。私はいわゆる神職関係者で、怪物退治を生業としている月牙と申します。
御近くに寄っても?」
「勿論。なんなら口調も崩して良いよ」
「これは素ですので。貧富貴賤によるものでは御座いません」
「そりゃ残念だけど、良い心がけだね。まあ、座りなよ」
ボクと月牙は、丸太の上で隣り合う。
向こうから持って来た、冒険者ビスケットのチョコレート味を二枚取り出す。
彼は一枚を抜くと、残った方をボクが食べて毒を含んでいない事を証明。
そして彼は手元のビスケットを食べてくれた。
「異世界を与太話にはしないんだね」
「皇国の歴史や、帝国の資料を読んでいると嘘と断定するには難しいですからね。
何より貴方の生まれが脳内の与太話だとしても、今回の依頼は『胡散臭い』と感じていました」
そして、今回の依頼を受けた経緯も話し、考えも伝えてくれた。
彼自身の秘密について、ボクは深く追求しなかったが、依頼主に色々な引っ掛かりを覚えているそうだ。
寧ろ裏切る前提で依頼を受けたフリをしているだけとも取れる。
「攻撃を受けているのに『討伐』ではなく『捕獲』であるのが主な理由ですが、実際に話して人間性と照らし合わせれば、胡散臭さは益々強くなるものです」
今日の鬼ごっこの最中、聞き込みをしていた時から、ボクの人物像を組み立てていたらしい。
住人が庇う様子や、特にボクから人を害する行動を取る事はないという情報など。
そして、組み上がる毎に「杏華を尾行する」という行為から遠ざかり、背景を疑い出すという訳だ。
「……なので、貴方の状況を教えて欲しいのですが」
「そうだね。じゃあ、小屋の中に入って欲しい。何事も論より証拠の方が伝わり易いものだ」
蔓が垂れるのみの、剥き出しの出入り口を潜る。
そして腐食痕のある壁の隅には、縛り付けて転がされている隠密が居た。
口にも太い縄を噛ませて、舌を噛んだ自害を禁止させている。
尤も田舎の隠密とあって、食事を与える際にそういう素振りは見られなかったが、念の為だ。
「これは!?」
「ボクをお金目当てで狙った人その1。
君達が『その2』だと感じ、尾行させて貰った訳だね」
流れでもっと深い情報を伝える。
具体的には、この世界に来てから何をしていたかや、どういう事に巻き込まれているかなど。
そして話題は、何をして欲しいのかに移る。
「……と、いう訳で、月牙にはこの人を引き取って欲しい」
「はあっ!?」
「殺すのもアレだけど維持費が大変でねえ。
こんな事をしている職業柄、戸籍があるかは微妙だけど異世界人よりはこの世界と関わりが深い筈だ。
『処理』はこの世界の人間にやって欲しいのさ」
ボクの言葉は受け入れつつも、彼は凄い嫌そうな表情をしていた。
そりゃそうだ。
なんで知らないおっさんの、しかも彼を預かる事で発生する厄介事の責任まで押し付けられなければいけないんだと。
だから最後の一押し。
領主の仕事の手伝いの経験から、彼達の仕事をフワッと分析してみたのだが、恐らく冒険者・害獣駆除行者に該当するのではないだろうか。
そして収入は安定しない。
「報酬は前払いで出そう」
懐から、大粒の『ダイヤモンド』を取り出して見せた。
その中心には『真珠を抱く騎士の紋』という、ウチの家紋が刻まれる。
これの名前は『金剛貨』。
ダイヤモンドを削って作り出した貨幣で、そのカラット数やダイヤの切り方、紋章の仕立てなどから値段が決まる小切手の役割を果たす。
この世界でそのようなシステムはないが、装飾品としても十分な価値はある筈だ。
外国の貨幣を、髪飾りや耳飾りなどの装飾として用いる文化は珍しくない。
「え……いや、それは……」
欲しいような欲しくないような、そんな感情が読心術で読み取れた。
大きな感情は躊躇い。これは高額過ぎる報酬の取り扱いについてだな。
そして残りは、欲というよりも『他者を想う心』だった。
誰かにプレゼントでも考えたのかも知れないね。
「じゃあ成立で」
こういうのは押し付けたもん勝ちだ。
お小遣いを与えてくる時のお爺様のように、ギュッと無理矢理握らせる。
月牙としても、彼の事情を知っていそうな依頼主を放ってはおけない筈だ。
そも、どうせボクの『捕獲』を成したとして、今後の弱味に付け込まれる可能性はとても高い。
黙っていても作業に移るなら、依頼という形の方が気は楽だ。
なので彼は、尖らせた口を動かせた。
「……まあ、それなら。
ご依頼、確かに承りました」
「ああ、吉報を待っているよ。
その時には居ないかも知れないけど、その時はその時だ」
かくして、期間は実質無制限。
大粒ダイヤモンドの前払いという依頼を受けた彼は、黒ずくめの隠密を肩に担いで、ザクザクと木の葉を踏み締めながら森の中へ消えたのだった。
残るは静かな焚き火の音。
折角なので再び丸太へ座ると、読書を再開する。
さあさ彼はどのような決断を取るか。
そんな妄想を膨らませる夜も悪くない。
結果は……まあ、どうにかなったんじゃないかな。
◆
そんな日々を過ごしたりして、気付けばボクは、元の世界の帰っていた。
妹への土産話にでもしてみよう。
冒険小説が好きな彼女の喜ぶ顔が楽しみである。