33話 妄想乙女
夜も更けた頃。
ルンルン気分で鼻歌混じりにフレスベルグ家の廊下を一人歩く。
別にシュバルツ様との夜の営みがなかったとしても、やはり女性にとってお風呂は楽しいのである。
特に知らないおうちのお風呂は何度も入ってみたくなるんですの! 別にえっちな事があっても良いように準備しておきたいわけではありませんの!
と、内心わけのわからない言い訳をしながら私は浴室へと訪れた。
そして身体を洗い、腰ほどまでに満たされている湯船へと浸かる。
お風呂の習慣は割と家ごとに様々で、こうしてしっかりとした浴室があるお家もあれば、部屋ごとに簡易的な桶で身体を拭うだけのお家もある。
幸いフレスベルグ家はリドル様もマリーナ様もシュバルツ様もお風呂が好きなようで、先代の頃にはなかったこの浴室を造ったのだそうだ。
「はあー……さいっこうですわね……ふえー」
湯船に浸かりながら私ははしたない声で、お風呂を堪能していた。
こんな素晴らしい浴室を造ってくださったリドル様には感謝感謝ですわ。
「はわー……良い湯ですわぁー……たまりませんわねぇ……」
そんな風にひとりでたっぷりお風呂を堪能し、さあ、そろそろのぼせてしまいそうだと、湯船から身体を出した時である。
ガタガタガタっと、浴室の扉の奥で音がした。
「ひえっ!?」
誰かが浴室に訪れているのである。
でも私は確かに入浴中の掛け札を掛けて置いたはずですのに……どうして!?
「た、たたた、大変ですわ大変ですわ……」
ひとりで手拭いを持ったまま、わちゃわちゃと慌てていると、
「父上、今日は長湯ですね。私もご一緒します」
というシュバルツ様の声が扉の向こう側から響いてきたのである。
そうか、シュバルツ様は私の事をお父様だと思われていたんですのね。
だから入浴中の札があっても気にせずに……。
でも不味いですわーーーーーーーッ!
どうしましょうどうしましょうどうしましょう。
と、ひとりパニック状態でいると。
「お、やはりシュバルツだったか。ちょうど良い、一緒に入るか」
と、扉の向こうで更に別の声が増えた。
そう、リドルお父様であるッ!
「え……ちち……うえ?」
「む、どうしたシュバルツ? 父の顔に何かついているのか?」
「え、あ、あれ? 母上は先程お風呂から上がられたと仰っていたし、侍女たちも今日はもう使わないって言っていたのですが……」
「うん? 中に誰かいるのか?」
「ま、まさか……」
ようやく二人が私の可能性に気づいてくれたのである。
私はおずおずと、
「す、すみません……私が入っております……」
と、答えると、
「うわぁッ! や、やっぱり! すまないリフィルさんッ! ほら父上、早く出てくださいッ!」
「ちょ、ちょっと待てシュバルツ。私は今全裸になったところだぞ。服ぐらい着させ……」
「いいから早く出てくれ父上ッ! 私も出ます! すまないリフィルさんーーーッ!!」
「いったぁ!? こ、こら、シュバルツ! 父を蹴り飛ばすとは何事だ!? うわ、わかった、出る! 出るから蹴るな蹴るな!」
と、大騒ぎして、出ていってくれたのであった。
●○●○●
その後、お風呂を出たあと、シュバルツ様とリドルお父様が必死に私に謝っていたが、何度も勝手に浴室を利用していたのは私のせいだから、と言って私も謝った。
そんな浴室トラブルの後。
「はい?」
更に夜も更けて、フレスベルグのお屋敷内が完全に寝静まった深夜。
コンコン、と部屋をノックされた。
「あ、良かったまだ起きていてくれたんだね。私だ、シュバルツだ。ちょっといいかな?」
大変な事だと思った。
来てしまった。
シュバルツ様がッ!!
「ちょ、ちょちょ、ちょっとお待ちになられてくださいーッ!」
私は散らかしていた衣服や小物、ベッドのシワなどを慌てて直して彼を招き入れる。
「ど、どうぞ」
「すまない、こんな夜中に。お邪魔だったかい?」
「そんな事ッ! むしろ待っていたくらいで……」
「え? ま、待って?」
「わあぁぁぁッ! 違いますの違いますの! と、とにかく中へ!」
「そ、そうかい? それじゃあお邪魔するよ」
危なかった。
思わず本音がダダ漏れしてしまうところであった。
部屋に招き入れた彼と私は、二人で小さな椅子へと腰掛けた。
それにしてもシュバルツ様、一体なんの御用なのかしら。
まさか本当に私を……?
でもこんな深夜に来るなんて、それ以外に考えにくいですわ。
や、やっぱりさっきお風呂に入っておいたのは正解でしたわね!
さぁシュバルツ様! いつでもかかっておいでなさい!
「リフィルさん」
「ひゃあああああああああああああいッ!!!」
いつでもかかって来いと思っておきながら、名前を呼ばれただけで心臓が破裂してしまうかと思ってしまい、超絶変な声が出てしまいましたわ……。
「ど、どうしたんだい!?」
「い、いえ。なんでもありませんの。そ、それで何か?」
「ああ、うん。実はリフィルさんにどうしても話しておきたい事があってね」
「話……ですの?」
「そうなんだ。ずっと言おうか悩んでいたんだが……」
ずっと悩んでいた……お話。
「じ、実は、私は……その……」
シュバルツ様のお顔が赤い。
凄く言い辛そうに、照れ隠ししている。
え? え? え?
や、やっぱりこれ、本当に私、今日大人の階段を登る日なのではなくて!?
『キミを私だけのものにしたい。私の痕をキミに残したいんだ』
『そ、そんな……私のようなブスに……』
『リフィル、キミがブスだなんて思ったことは一度もないよ。キミのその可愛い唇も身体も、全てが愛おしい』
『あ、そんな、シュバルツ様……わ、私初めてなんですの……だから、その、どうかお優しく……』
『安心してほしい。ゆっくりと始めるからね』
『あ……あ……』
ああああーーッ! シュバルツ様ァァーーッ!
「リ、リフィルさん?」
「は、はい!?」
「ど、どうかしたのかい? なんか口が開いたままで凄い涎が出てしまっているけど……」
しまった。
私の悪い癖が……。
「ご、ごごご、ごめんなさいですわ!」
私は慌てて涎を拭い、頭をぶんぶんと振った。
この妄想癖は絶対アルカードのお屋敷に来ていた女家庭教師の影響である。彼女の妄想癖が完全に移ってしまっている。
「そ、それでキミに話したい事なんだが……」
私は今度こそ意を決して彼の言葉を待つ。
「実は私は、英傑選に出ようと思っている」




