18話 マクシムス家のチカラ
「俺たちが有象無象、だと? 誰かは知らねえが、俺たちに歯向かうってんなら、容赦はしねえ!」
ダミ声の男の他、まだ残った野盗らは数多くいる。
「てめぇら、一斉にかかれッ! 二人まとめてぶっ殺せッ!」
「「おおッ!」」
再び野盗らがシュバルツ様たちに襲いかかった。
「シュバルツ殿、ここは俺に任せといてっす。ちっと派手なヤツでビビらせつつ蹴散らしちまうんで」
そう言うとルーフェンが一歩前に出て、
「右手に風、左手には炎……」
そう呟く。
「なっ! ま、まさかキミは【同時詠唱】ができるのか……!?」
シュバルツ様がその様子を見て驚き、ルーフェンはニッと笑う。
「それだけじゃあねえっすよ?」
「な、なに?」
ルーフェンは両手を合わせるように前へと向けた後、
「くらっとけ、雑魚共。合成魔法【フレイムウィンド】ッ!」
と言い放ち、両手の先から炎を纏いながらほとばしる旋風を巻き起こす。
「ま、まさか【魔法合成】まで……ッ! 【同時詠唱】と同じく最上位魔法のひとつ……ッ!」
シュバルツ様の驚きの声と共に、
「「ぎゃぁあああーーっ!! あぢぃゃああーーーッ!!」」
風に乗せられた炎は野盗たちをまとわりつくように彼らを焼き払うッ!
そしてあっという間に過半数以上の野盗たちを倒してしまう。
「だったらテメェだぁーッ!!」
ルーフェンの隙をついてまだ残っていた数人の野盗たちがシュバルツ様へと襲い掛かる。
でも今ならッ!
「シュバルツ様ッ! 今なら敵は固まっております!」
「え!? リ、リフィルさんいつの間に私の背中に!?」
私はこっそりシュバルツ様の背に手を当て【魔力提供】を行なっていた。
「早く魔法をッ!」
「わ、わかった! ……【サンダーボルト】ッ!」
ドォォオオオオーーーンンンッ!!
と、先程とは比べ物にならない威力の【サンダーボルト】が、野盗たちを穿つ。
「「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁーーッ!!?」」
シュバルツ様の魔法で残されていた野盗たちもそのほとんどが倒され、気づけば敵はほぼ壊滅状態となっていた。
「ひゅー。シュバルツ殿もやるなあ。あの威力、【ライトニングボルト】に匹敵すんぜ」
ルーフェンが珍しく人の魔法を褒め称えている。
「ひ、や、やべぇよ! こいつら! こんなの賢者級魔導師じゃねえか! やってられるかー!」
「お、俺もやめたッ! こんな奴ら相手になんかできねえ!」
そう言ってわずかな残党たちも慌てるようにその場から逃げ去って行ってしまった。
「……さて、あとはお前だけだな?」
シュバルツ様とルーフェンがダミ声男の野盗に歩み寄る。
「っく……ど、どうなってやがる……話と違えッ! クソッタレがッ!!」
先程の私たちと正反対に今度はダミ声の男が絶体絶命となると、奇妙な事を呟き始めた。
「話と違う、とはなんだ?」
「……俺が聞いてたのは、てめえは能無しの伯爵家のガキだから俺らみたいな奴らでも、数で押し切れば楽勝だって聞いてたんだ! それなのに……妙な仲間がいるだなんて聞いちゃいねえ!」
妙な仲間、というのはルーフェンの事だろう。
「それは一体誰に聞いたのだ?」
「そ、それは……」
ダミ声の男はそこで押し黙る。
よほど雇い主が恐ろしいのだろうか。
「よし、めんどくせえ。おい、おっさん」
痺れを切らしたのか、ルーフェンがダミ声の男の胸ぐらを掴み上げた。
「ひっ……!?」
「よく聞け。てめえに選択肢をやる。いいか、よく考えろ。そうやって頑なに忠義を守ったまま俺の獄炎に焼かれ死ぬか、それとも洗いざらい白状して生き永らえるか。好きな方を選べ」
「ひ、ひぃ……こ、殺さないで……」
「だから選択肢をやってるだろうが。てめえの知ってる事全部吐きゃあ殺しはしねえよ」
「う……ぐ……そ、それでもやっぱり言えねえ……。だって言ったらあんたたち、報復に行くだろ? そうしたら俺が言ったってバレちまうッ! そうしたらどっちみち殺されちまうッ!」
「……っち、仕方ねえな。わかった、てめえが全部白状すんなら、てめえの身柄の安全も確保してやる。こう見えても俺ぁアルカードの領主だ。例え王様だろうが、俺の領地にまで好き勝手はさせねえ」
「ほ、本当か!? 本当に守ってくれるんだな!?」
「てめえが嘘偽りなく白状すんならな。言わねえなら、生きたまま丸焼きだ」
「わ、わかった。言う! 全部言うから勘弁してくれッ!」
その言葉を聞いて、ルーフェンはダミ声の男を地べたにドサッと落とした。
「お、俺の雇い主はあんたらの言う通りダリアス坊ちゃんだ。俺は元々ちんけな冒険者まがいだったんだが、ロクに稼ぎもなくて困ってたら、ダリアス坊ちゃんが現れて、俺らを金で雇ったんだ」
「やはりダリアスだったか。見下げ果てたクズめ……」
ギリっとシュバルツ様が奥歯を噛み締める。
私もシュバルツ様の後ろでこの男の話を聞いて、心の底から恐怖を感じていた。
そうだろうな、とはわかっていても、まさか本当にダリアス様が私を襲えなんて命令するだなんて……。
「ま、でもおかげで良い証拠が手に入ったな。コイツを裁判の時、証言台に立たせりゃダリアスも終わりだ」
「いや、ルーフェン殿。おそらくそれは無駄だ。ダリアス……というよりマクシムス家相手に裁判では勝てない」
シュバルツ様が難しい顔で言った。
「まさか、そりゃあ……」
「そうだ。王国裁判員のほとんどはマクシムス家の息が掛かっている。こんな男だけの証言でダリアスに罪を負わせる事はほぼ不可能だ。強引に揉み消されておしまいだろう」
「っち、さすがは侯爵家ってわけか。そうなると陛下や殿下たちともパイプは太そうだな」
「うむ。そう見て間違いない」
「となると、ダリアスを潰すにゃ正攻法じゃ厳しそうだな。下手をすると王家まで敵に回しちまいそうだ」
「こんな事は言いたくないが、ダリアスは性格も人柄もハッキリ言って最低だ。勉学や剣術、その他も凡人以下な癖に努力もしない。本来ならば放っておいても自ら堕落し、信用など無くなるだろう。が……」
「……が?」
「しかし代わりに奴は類い稀なるほど魔法の才に長けている。下手をすればルーフェン殿、キミ以上の実力を秘めているやもしれん」
「俺以上、だって? そりゃあちっと聞き捨てならねえな。そんなに凄えのか?」
「うむ。一個師団クラス相手なら彼一人でも壊滅できるぐらいだ。ここ最近は特にその魔力が目覚ましいほど『覚醒』しているらしく、彼の性格を差し置いてでも、その驚異的な実力を陛下や殿下は非常に高く買っておられる。下手をすればこのまま王家の仲間入り、という事にもなりかねん……」
「なるほどな。南部の戦争だな?」
「うむ、さすがはアルカードの領主様だ。王は南部のルヴァイク共和国に手を焼いておられる。近々大きな戦力を集め、再び攻め入ろうと考えているようだ。その指揮にダリアスが任命される可能性がある」
「そしてその戦争で活躍が認められたあかつきには、大出世、もしくは王族に引き入れられるかもしれねえ、ってか」
「無いとは言えん。そうなると、敵はかなり厄介になる」
「そうだな……俺のアルカード領も目をつけられちまったら領民たちが何をされるかわからねぇ。ただの貴族相手ならどうとでもなるだろうが、相手が王家に関係してくるとなると、話は簡単じゃねえな」
ルーフェンとシュバルツ様がうーん、と難しい顔で唸っている。
「ちょ、ちょっとあんた! 本当に大丈夫なんだろうな!? 俺は正直に言ったぞ!? これで俺を守れねえなんて言うなよ!?」
ダミ声の男が不安そうな声をあげた。
「あー……まぁ、おっさんの事はとりあえずうちで保護してやる。どのみちこのまま帰れねえだろ?」
「当たり前だッ! このまま手ぶらで帰って、そこのキザ男も殺せず、女も犯せず帰ってきたなんて言ったら、俺は今度こそダリアス坊ちゃんに殺されちまうッ!」
「わかったわかった、てめぇは助けてやる。けど、今後絶対何があってもリフィル姉様を狙う様な真似はするなよ? もし約束を破ったら次は確実に殺すからな?」
「わ、わかった……約束する……。魔力の全く無い俺でもわかる。あんたは並の魔導師じゃねえ。そんなすげぇ力を持った奴に逆らう気なんてねぇよ……」
「いいだろう。……しっかし実際これからどうすりゃいいんだろうな。俺もまさかマクシムス家のダリアスなんかがそこまで力を付けてるなんて思いもしなかったからな……」
「うむ。私も魔法や魔力に関して人の事は言えない様なレベルだが、それにしても奴の急激過ぎる成長ぶりには何か引っ掛かっる……」
「確かにな。いくら『覚醒』とは言え年齢的にも妙なんだよな……」
ルーフェンとシュバルツ様はまた二人揃ってうーん、と唸り出した。
「あ、あの……」
私はおずおずとその二人の間に入って、こう告げた。
「放っておけばよろしいのではないでしょうか?」