16話 パレードデート
もう覚悟を決めるしかない――。
私は高鳴る心臓に何度も何度も手を当てて、そう言い聞かせた。
今日はシュバルツ様と王宮設立記念パレードのデートの日。
もうすぐ日の高さも、彼が迎えに来ると予告した通りの位置になる。
「ラン、ララーン、フン、フン、ララーン!」
ドキドキと高鳴る鼓動が煩いし少しでも緊張をやわらげようと、私は意味もなく歌を歌っていた。
すると。
「リフィルお嬢様。お客様がお見えです」
私の部屋のドア越しにメイドさんの声が響く。
「はい! すぐ行きますわッ」
私は忘れ物がないように念入りにチェックし、最後にもう一度だけ姿見鏡を見てから、部屋を出て行った。
「お嬢様、廊下を走られては……」
「きょ、今日だけは特別な日なのですわ! だからお許しになって!」
窘められながらも、私は急かす心に抗えずにはしたなく廊下をパタパタと走り抜ける。
そして。
「はい! どなたですの!?」
白々しい、とわかっていながら玄関扉の前で、扉を開かずに訪問者に尋ねる。
「あ……私はシュバルツと言う者でして、こちらのリフィル令嬢と約束していた者なのですが……」
間違いなくシュバルツ様の声ッ!
一週間ぶりに聞く声。凄く、凄く久しぶりな気がした。
「はい! 今開けますわ!」
私は緩む口元を見られないよう唇をキュっと噛んでから、勢いよく扉を開いた。
それがあまりに勢いが良すぎて――。
「あいたッ!」
ゴンッ、とシュバルツ様のおでこに扉をぶつけてしまう。
一瞬で顔から血の気が引いていくのがわかる。
ああ……いきなり……大失敗……。
「ご、ごめんなさいごめんなさいッ! シュバルツ様、お怪我はありませんでしたか!? あ、いえ、もうぶつけちゃったんだからお怪我しちゃっていますわよね。だ、大丈夫ですか!? 血は出ていませんか!? ああ……私がヒール系魔法が使えれば……ごめんなさい能無しで本当にごめんなさい……」
頭を手で押さえて顔を隠しているシュバルツ様の目が見えず、私は涙目になる。
こんないきなり嫌われてしまような、はしたない行為をしてしまうなんて……。
そう思っていたら。
「……っぷ。リフィルさんはやっぱり可愛いな」
と、彼が笑った。
そして。
「……はわ!?」
シュバルツ様は私に優しい笑顔を見せて、自身のおでこに当てていた手のひらを私の頭にぽんっと優しく置いた。
「これでおあいこ。ってね」
シュ、シュバルツ様ぁ……。
そんな風に優しく言われたら、私、泣いちゃいそうですわ。
「うぅ……ほ、本当におでこ、大丈夫なんですの?」
「ああ、全然問題ないよ。むしろ、私が前のめりに立っていたのが悪いんだからね」
「そんな事はありませんわッ! 私が考えなしに勢いよく扉を開いたせいだからで……ッ!」
「いや、違うんだよリフィルさん。私は……そ、その……扉越しにいる素敵な声がリフィルさんの声だとわかって、思わず不用意に扉に近づきすぎてしまってだな……」
シュバルツ様は恥ずかしそうにそう言った。
なんて嬉しい事を言ってくださるんだろう。
もしこれがダリアス様だったら……。
想像するだけで心が冷え込んでいくのがわかる。
「リ、リフィルさん? す、すまない。調子に乗りすぎてしまったかな……」
「あ! ごめんなさい! そうじゃないんですの!」
「そ、それならいいんだけど。そ、それじゃあ行こうか。外に馬車を待たせているんだ」
「は、……ふぇ!?」
すっとシュバルツ様が私の前に手を差し出す。
「す、すぐそこまでだけど……」
と顔を赤らめて照れ臭そうに言った。
「は、はい……」
私も顔を真っ赤にして彼の手を取る。
その瞬間に思った。
あわわわわわわわわわわわわッ! わ、私の手、汗だくですわぁーーーッ!!
緊張のあまり手が湿りまくってて……ひいぃぃぃ!
そのまま手を取ってしまいましたわッ!
再び涙目でシュバルツ様を見上げると。
「め、迷惑だった、かな?」
そんな事よりも自分の差し出した手の行為について、尋ねてきた。
「そ、そんな事ぜんっぜんないですわ! その、めちゃくちゃ嬉しいです……わ……」
顔があっつい!!
もう本当にお顔から火が吹き出しそうに熱いですわッ!!
「そ、それなら良かった。じゃあ行こう、リフィルさん」
「はい……ッ」
私とシュバルツ様は馬車が待機している正門まで、そうやって手を繋いで二人ゆっくり並んで庭の合間を歩いた。
凄い……夢みたい……。シュバルツ様が私のお家に来て、しかもこんな風にエスコートしてくださって……。
はううううッ! もう死んでもいいですわッ!
なんて身悶えていると。
「うわ、す、すまないリフィルさん!」
「え、な、なんですの?」
「いや、キミの格好、とても素敵だなって思ったのに、言いそびれてしまった!」
「本当……ですの!?」
「ああ! その薄い黄色を基調としたドレススタイルに、セットされたその金色の髪型によく似合うカチューシャ。指先のネイルも上手にできているし、可愛らしい赤いヒールもキミにはよく似合っている」
わぁ……どうしましょう。凄い嬉しすぎるんですけれど。
昨晩死ぬほど考え抜いて、メイドさんたちにも相談した甲斐があったというものですわ。
「それに何よりもキミの……」
シュバルツ様はそう言って私の顔を見る。
「い、いや! なんでもない!」
と思いきや、すぐにお顔を逸らしてしまった。
シュバルツ様の方こそ、今日はとてもとても素敵。
スタイルの良い足が、シックな黒と白いラインの入ったフォーマルでビシっと決められていてよく似合っているし、ジャケットの中にある厚そうな胸元が男らしさを密かにアピールしているし、凛々しい中にも幼さを残すそのお顔によく似合うヘアースタイルで、私、思わずくらくらしてしまいそうですの……。
かっこよすぎますわッ!!
「さあ、どうぞ、リフィルさん」
シュバルツ様はそう言って、馬車の扉を開いてくれた。
今日はパレードの日。
まだ今日は始まったばかりだというのに、もうこんなに幸せがいっぱい。
とても素敵な一日になりそう。
私の心は弾まずにはいられなかった。