14話 ルーラと魔物狩り①
「諦めましょう……」
私は明日のデートを諦めるのが一番だと考えついた。
こんな情けない状態でシュバルツ様に会ったって、ただ嫌われて終わるだけ。
幻滅されるくらいなら、会わない方がよっぽと良い。
私がそう思った時。
「リフィル姉様ぁーッ! 入って良いですッ!?」
コンコン、ではなくガンガンッ! と部屋のドアがぶっ壊れてしまうのではないかと言うほどの強さでノックしているルーラの声が響く。
「あ、ちょ、ちょっとお待ちになって」
「はい!」
私は急いで服を着て、乱雑にしていたテーブルを適当に片付ける。
「いいですわ」
「はーい!」
そう言うと、元気よくルーラが飛び込んできた。
「っわ!? な、なんですの!?」
「姉様ーッ! なんかすごい良い匂いするですーッ!」
飛び込むだけでなく、私に抱きついてきた。
匂い……さっき、色んなコロンを試していたからですわね。
「わ、わかりましたから離れなさいルーラ」
「はーい」
少し残念そうにルーラが離れる。
「で、どうしたんですの?」
「姉様! 一緒に狩り行きませんか!?」
はい?
「はい?」
心の中と同じ声が出た。
「狩りです! ルーラ、今日は傭兵のお仕事ないので、ギルドのちょっと良い依頼を引き受けてきたのですッ!」
「ええと……ルーラ、私は狩りなんてできませんわよ?」
「いいんです! 姉様は見ていてくだされば! というか姉様にはルーラを見ていてほしいんですぅーッ!」
あ、なるほど。
この子は自分の凄いところを私に見てもらいたいのだ。
でも今は……。
「ごめんなさいルーラ。私、今日は色々忙しい……というかやる気が起きなくて……だから、やめておきますわ」
「ええ!? だってだって、姉様ずっとお家にいるって言ってたじゃないですか……ダリアスのヤツをやっつけるまでは大人しくしてるって、ルーフェン兄様と話してたじゃないですか……だから、ルーラ、今日はお休みだし姉様と一緒に森に狩りに行きたかったのに……ふぐ……ぐす……」
泣き出しちゃった……。
ルーラは大きくなっても、甘えん坊なのが全然変わっていませんわね……。
彼女の泣き顔を見ていたらなんだかいたたまれなくなってしまった私は、
「わ、わかりましたわ。私も行きますわ。だから泣くのはおやめなさいルーラ。ね?」
と言うと、ルーラはすぐに顔をパァっと明るくして、
「本当ですかッ! わーいですッ! やっぱり姉様大好きですッ!」
と言ってまた抱きついてきた。
全く、仕方のない子ですわね。
●○●○●
そんなわけで私はルーラに言われるがまま、カラム村を出た先にある精霊の森に訪れていた。
「こっちです、姉様ーッ!」
「はあ……はあ……ちょ、ちょっと……ルーラ、お待ちに……ぜー、ぜー」
最近めっきり運動不足だった私は、ピョンピョンと飛び回って先に行くルーラを追いかけるだけで必死だった。
それにしても結構森の奥深くまで来てますわね、と私は不安に思った。
この精霊の森はかなり広く、付近の住民でもテロメア様のいる祠の更に奥に進むなんて事はそうそうない。
テロメア様のいる祠くらいまでは凶悪な魔物も絶対出ないし、子供でも一人で出入りしたり遊んだりできるが、それ以上奥に進むのは一般人は禁忌とされている。
「ひっ!」
頭上でバサバサバサっと大きな音が鳴った。
見上げたらただの鳥だったけれど、あんなに大きな鳥、見た事ありませんわ……。
「見つけたッ! 姉様見つけましたーッ!」
私がおそるおそるルーラの呼び声の方まで近寄ると、木々の隙間の先に、何か大きなモノが蠢いているのが窺える。
「アレが今回ターゲットの大型魔獣、ジャイアントボアです! しかもアレ、よく見ると希少種ですッ!」
「え、ええ!? あ、アレがボアなんですの!? でかすぎませんこと!?」
パッと見で普通の一軒家くらいの大きさをした、鋭い牙を生やした凶悪そうなボアがそこにはいた。あんな化け物に襲われたらひとたまりもないだろう。
「ちょっと大きめですね! でもルーラなら余裕、余裕なのですッ! だから姉様そこで見ててくださいですッ!」
そう言って、ルーラはバッと駆け出してジャイアントボアに向かって突っ込んで行った。
猪突猛進な妹を見て、一体どっちがボアなのかわかりませんわなどと思った。
「ルーラ! 無茶しちゃダメですわよ!」
「平気ですッ! ルーラ、強いんですッ!」
ジャイアントボアがルーラの存在に気づく。
そして足踏みを始めた。ルーラに突進しようとしている。
「ルーラッ!」
私は不安になりつい声を上げると、
「姉様、ご安心なさってください! ルーラはこの程度の雑魚に遅れは取りませんですッ!」
物凄い勢いで角をルーラへと突き出しながら猛進するボアの攻撃を、ルーラは身軽そうにタンッと跳躍で回避。
そして空中でくるりと旋回し、ボアの脳天めがけて、
「おやすみですッ!」
ゴンッ! と右拳からのパンチを一発食らわす。
その衝撃でボアはドンっと地面へと崩れ落ち、ルーラのその一撃だけでボアは大人しくなった。
「う、嘘……」
ルーラが強いのはなんとなくわかっていたが、まさかあんな化け物級の魔物を拳ひとつで倒してしまえるなんて、さすがに驚きを隠せない。
地面にシュタっと華麗に降り立ったルーラは私の方を見て、
「やりましたー姉様ッ! 見ました? ルーラの華麗な一撃!」
倒れたボアの前でピョンピョンと飛び回るルーラを見て、ホッと一安心した。
のも、束の間。
「ッ! ルーラ、後ろですわッ!!」