13話 お金がないッ!
「……た、大変ですわ」
私はあまりの事実に、早朝から顔を真っ青に染めていた。
何故なら――。
「このままでは、パレードに行けませんわぁーーーッ!」
そう、シュバルツ様にお誘い頂いたエリシオン王国王宮設立記念日のパレード。
そのデートが二日後の明後日には待ち受けているというのに、現状のこのままではとある理由でパレードに行けないのであるッ!
そのとある理由とは、とてつもなく深刻な事態。
「お金が……お金がありませんのぉぉおおおおーッ!!」
先立つ物、現金がないのである。
これには理由があった。
それは――。
●○●○●
「え? 現金を持っているか、ですって?」
私がアルカードのお屋敷に帰って来てから三日目の日の夜の事だった。
急にルーフェンが神妙な面持ちでそう尋ねて来たのである。
「ああ。ちっと急に現金が結構大量に必要になってな。いや、無理を言うつもりはないんだが、もし姉様が少しでも余裕があるなら、ちょっと貸しておいて欲しいんだよ」
ルーフェンがお金を借りにくるなんて、よほどの事態なのだと私は思った。
「一体何があったんですの?」
「えっとな、このアルカード領の南の方に小さな孤児院があるのは知ってるか? グレイス孤児院っていう所なんだがな、そこに先日たくさんの孤児が流れ着いたんだよ。おそらく南部国境付近の戦争孤児だろう。そのせいで唐突に孤児が増えちまって、孤児院がパンクしそうなんだ」
南部の戦争といえば私も少しだけ聞いた事がある。
ここアルカード領はエリシオン王国の辺境地だ。その南部にはルヴァイク共和国という君主を持たない自由主義を強く謳ういくつもの国の集まりがある。
このエリシオン王国の王様は、そのルヴァイク共和国を自国へと取り込みたいが為に侵略戦争を定期的に続けていたが、ルヴァイク共和国も寄せ集めとはいえ人数規模のでかい共和国だ。その数だけで言えばエリシオン王国の何倍にものぼる。
なので何年も小さな戦争が起きては、またしばらく膠着するという繰り返しであった。
そしてその度に生まれるのは、何の罪もない孤児たちである。
「どこの国の出身とか関係ねぇ。俺たちのアルカード領に流れ着いたんなら、助けてやりてえ。だが、このままじゃ孤児たちを救えん。だから俺は急ピッチで人を集めて新規孤児院の設立を指示した」
さすがはアルカード領の領主。一年前まではお父様にくっついて無邪気に走り回っていた子供とはとても思えないですわ。
「ひとまず今はそれが出来るまでの間、仮の応急テントをいくつも用意させてあるが、その応急的な場所に掛かる様々な費用がなくなっちまったんだよ。俺も出せるだけの金貨、銀貨、銅貨は全部置いてきたんだが、それでも子供たちに食わせられる配給費用すらも足りなさすぎるんだ」
「全部って……ルーフェン、貴方はそれで大丈夫なんですの?」
「問題ない。食うものは屋敷に備蓄もあるしルーラがほっといても何か狩ってくんだろ。俺は買い物なんて滅多にしないし、今はそれ以外に使う予定もない」
本当にこの子は人ができすぎている。お父様の足があんな事になってしまってから、当主としての自覚が一気に芽生えたんですわね……。
「わかりましたわッ! そういう事なら、私も手持ちの現金全て寄付致しますわ!」
「全部!? いや、それじゃあリフィル姉様が困んだろ」
「何を言ってるんですの。可愛い弟が全部出して、私が出さないわけにいきませんわ。私にも協力させてくださいまし」
「本当にいいのか、姉様?」
「ええ、もちろんですわ!」
私はそう言うと、意気揚々と木製ラックに掛けてあるバッグからお気に入りのピンク色を基調とした巾着袋型のお財布を取り出し、中身をテーブルへとぶちまけた。
「えー……と、金貨十八枚、銀貨三十五枚、それと銅貨がたくさんですわね」
「結構あるな。これだけあれば多少ガキどもの腹の足しにはなるだろう。しかし、本当にいいんだな? 他の資金とかも今孤児院に充ててるから、急に金が必要になっても俺たちは出せないぞ?」
「平気ですわ! 今は貴方たちと同じ実家暮らしですもの。お金なんて使いませんわ」
「そうか。それじゃあ遠慮なく借りとくぜ。サンキュな、姉様」
●○●○●
――という事があったのをすっかり忘れてしまっていた。
しかもあれからルーフェンは帰って来ていない。孤児院の方に行くと言ったきり、数日間帰ってこないのだ。が、それはここを発つ前にルーフェン本人が言っていた事で、しばらくは仮設孤児院の手伝いをするから数日留守にすると言っていたからである。
だから忘れていたのだ。
私が今、一文無しだったという事をッ!
「ど、どどど、どうしましょう……明後日はシュバルツ様とのパレードデートなのに……これじゃあお買い物もデートのお食事代も出せませんし、何より明後日着ていくお洋服を買うお金すらありませんわ……」
私にはファッションセンスもメイクのセンスもない。
この田舎では私と同じような貴族令嬢はいなかったし、そういう流行りのファッション情報やコスメ関連などを教えてくれる仲間もいなかった。
いつもお父様たちと畑仕事を一緒にやったり、平原や河原で野遊びばかりしていたせいでもある。
おまけに屋敷の眼下にある一番近くのカラム村にはほとんど若い子がいない。
アルカードの屋敷のメイドたちや私の家庭教師に教わりもしたのだが、当時の私は「メイクなんてどうでも良い。どうせ外で汚れるから」と、まともにお勉強しなかったのだ。
結果として、ファッションセンスゼロ、メイクセンスゼロの私はダリアス様にブス扱いされた。
「うう……こ、こんな格好では王都のパレードになんてとてもじゃないけど行けませんわ……」
私も一応貴族令嬢なので、洋服ダンスにはそれなりの服があるが、どれも何年も前に買ったもの。そんな時代遅れのダサい服で王都なんか歩けない。
マクシムス家のお屋敷にいた時は、彼らのメイドさんが必ず私に今日はこれを着ろなどの指示があったので、それに合わせていた。(ただ、あんまり自分が好きになれない洋服を着させられた時は勝手に着替えたりしてた。そうしたらダリアス様にダサい! とか凄く文句言われたんですけれど)
「そ、それに……」
私は下着姿のまま自室の姿見鏡を見て、自分の肉を摘まんでみる。
二の腕、お腹周り、それにふともも……。
どこを見てもぷにぷにとした情けない肉付き。
「こ、こんなんじゃ絶対お洋服は脱げませんわ……」
ダイエットしておけば良かった、と激しく後悔したがもう遅い。
問題は山積みだ。
お金、着る物、そして肉。
この全てが問題だ。
「無理……ですわ……」
どうしてもっと早くに準備しておかなかったんだろう。
明後日がシュバルツ様とのデートの日だってわかっていたのに。
ううん、原因はわかってる。全部私が馬鹿だからだ。
ルーフェンに言われた通り、ダリアス様を糾弾する為の言葉選びとか、いつ、どうやってマクシムス家に行くかなどの事で頭が一杯だったところに加えて、先日の孤児院の件。
更に変わってしまったアルカードの家族の事やら、その他諸々の事で頭が一杯になっていたせいだ。いや、正確には私が馬鹿だから、気が回らなくなってただけなんですけれども。