最高だ!!
軽くお付き合いを。
「悠~ちゃん」
眠っている弟の頬を擦り合わせながら囁く。
朝の目覚まし、姉の務めだよ。
「ち、ちょっと止めてよ姉さん」
悠ちゃんは私の頬から離れてしまう。
おかしい、以前なら笑顔で
『おはよう姉ちゃん』って...
「ゆ、悠ちゃん」
「僕着替えるから、先にテーブルで待ってて」
目を逸らされてしまった。
迷惑そうな顔しないで、姉ちゃんのライフが朝からドンドン削られてしまうよ。
制服に着替えた悠ちゃんは私をチラッとだけ見つめ、無言で朝食を食べる。
共働きのお父さんとお母さんは既に家を出ていない。
寒々とした時間が流れた。
「行ってきます」
「待って、一緒に」
先に家を出る悠ちゃんの後を追う。
困惑した悠ちゃん。
どうして?
以前なら腕を組んだり、手を握ったりとしてたのに。
「じゃ」
「うん」
悠ちゃんは1年校舎に消えて行く。
途中で振り返る悠ちゃんの姿に胸が締め付けられた。
「が~お~り」
自分の教室に入り、親友の山口佳織に泣きつく。
彼女は中学からの親友、私の悩みは全て知っていた。
「どうしたの祥子?
あと私は佳織よ、読書の邪魔をしないでね」
机で静かに本を読んでいた佳織、読書ってもどうせラノベだろ?
カバーで隠しても分かるよ。
「悠ちゃんにね」
とにかく相談だ。
口ではなんと言っても、佳織は面倒見が良い。
「今日はどうしたの?」
「朝のスキンシップを断られた...」
「はあ?」
「だからスキンシップよ!
肌と肌の触れあいよ、アンダースタン?」
何で分からない?
私と佳織の付き合いでしょ?
「分かってるわよ。
因みにスキンシップは和製英語だから日本人以外通じないわよ」
掛けても無いのに眼鏡を直す仕草をする佳織。
そんな所だよ、綺麗な外見が余計にムカつく。
「糞喪女め」
「聞こえてるわよ糞ショタブラコン」
呟きを聞かれ、猛烈な罵倒が返ってきた。
小声が逆に怖いです。
「すみませんでした」
ここは謝ろう、彼女以外に私の悩みを受け入れてくれる人は居ないのだから。
「で、悠君に断られたからどうなの?」
佳織は本を閉じて私を見た。
綺麗な彼女はイチイチ絵になるな。
「悠ちゃん最近おかしいんだ、部屋に入ったら嫌がるし、手も繋がせてくれない」
「要するに、悠君があんたと距離を置き始めたと」
「そうなのよ」
理解したら佳織は早いね。
さあ素晴らしい回答プリーズ!!
「良いことじゃない」
「オパ?」
全く予想していなかった答えに、私の口は奇声を発する。
これはどうしたか事か?
「いつまでも糞姉に纏わりつかれる事の異常さに悠君が気づいたって意味よ」
「......な、なんですって...」
そんな恐ろしい事を。
「これを機にアンタも弟離れを...」
「ふざけるな!!」
とんでもない!
私は佳織の言葉を遮った。
クラスメートの注目が集まるが構わない。
「私と悠ちゃんは一つなのよ!
運命共同体、分かる?
死が二人を別つまでずっと一緒なの!!」
「分かんない」
佳織は首を振るが、彼女だって悠ちゃんのファンだったじゃないか。
でも最近諦めたそうだ。
『理想の男子は二次元だ』って、この腐女子め。
「へっ、悠ちゃんの魅力を理解出来ない愚か者が!」
「でも祥子、弟じゃ付き合えないでしょ」
「ウグ」
根本的な所を攻めてきた。
それはそうなのだが...
「まあ血の繋がりが有る限り先は無いわよね」
「...そうか」
血の繋がり
佳織の言葉に私は確認しなくてはいけない事があると気づいた。
「ただいま」
「おかえり」
クラブが終わり、家に帰ると先に帰っていたお母さんの声。
悠ちゃんはまだ帰ってないみたいだ、丁度良い。
「ねえ母さん」
「なに?」
キッチンで夕飯を作るお母さんの隣に並ぶ。
大切な事、余り大きな声で聞くのは憚られた。
「悠ちゃんと私って実の姉弟なの?」
「はあ?」
「だから、悠ちゃんはどこからかの養子って」
「アホ!」
「あいた!」
母さんの拳骨に目から火が出た。
さすがは元社会人ソフトボール選手、威力が半端ない。
「悠は私がお腹を痛めて産んだ子よ!!
だいたい産まれた時の写真だってあるでしょ!」
「産院で取り違えとか」
「あるわけ無いでしょ!」
「アタッ!!」
再度の拳骨が。
しかし母さんの表情にいつもと違う焦りの色が見えた。
似た者母娘だから見逃さないよ。
「...怪しい」
部屋に戻り、スマホである企業のホームページを開く。
本来は親の同意が無いと購入出来ないのだが、まあ大丈夫だろう。
購入のクリックを押した。
数日後、いよいよ実行する日が来た。
「姉ちゃんどうしたの?」
ソワソワする私に悠ちゃんが不思議そう。
ごめんよ、姉ちゃんはやるべき事があるのだ。
「ううん、何でも」
「そう?」
「お父さんビール注ぐね」
「お、珍しいな」
「沢山飲んでね」
夕飯の晩酌を楽しむお父さんに酌をする。
娘の酌にお父さんのペースも上がる。
ドンドン飲ませる。
あっという間にビール2リットルが消えた。
母さんにバレないよう、空き缶をリサイクルボックスに投入する。
今、リビングには私と父さんしか居ない。
母さんは先にお風呂。
悠ちゃんは宿題をしに自室に戻っていた。
「許せ父上...」
酔いつぶれるお父さんの口を無理やり開く。
ポケットから綿棒と小さなガラス容器を取り出した。
「ウゲェ」
さすがに気持ちが悪い。
しかし頑張って父さんの口をグリグリと綿棒でかき回し容器に入れた。
「さて、次は」
「悠ちゃん!」
ノックももどかしく悠ちゃんの部屋に飛び込む。
次のターゲットは君なのだよ。
「な、何だよ姉ちゃん!」
悠ちゃんは着替えのパジャマとパンツを手に固まっていた。
「あのお風呂が空いたってお母さんが」
「聞こえたよ、先に入りたいなら姉ちゃんどうぞ」
「一緒に入る?」
「いいかげんにしてよ!」
部屋を押し出され、扉が乱暴に閉められた。
何て事なの?
顔を赤くした悠ちゃん、あんなに怒るなんて。
「...悠ちゃん」
翌朝、4時に悠ちゃんの部屋に向かう。
昨日の事位でへこんでは居られない。
これは大切なミッションだ。
既に代引きで購入したんだ、後には戻れない。
「あ、鍵が」
悠ちゃんの部屋には鍵が掛かっていた。
「甘いわよ」
こんな事もあろうかと持参の工具で鍵を解錠する。
簡易的な鍵は難なく外れ、扉は開いた。
「フフフ」
真っ暗な悠ちゃんの部屋。
相変わらず暗くしないと眠れないんだね。
寝息を頼りにベッドサイドに腰を下ろす。
スマホのディスプレイを最弱にして悠ちゃんの近くに置いた。
「可愛いい」
目を閉じる悠ちゃん。
その素晴らしい光景は私の心を鷲掴みにした。
『我慢よ祥子』
飛び付きたい気持ちを必死で堪え、綿棒を取り出した。
「おりゃ」
悠ちゃんの口をそっと開く。
細心の注意、全身から冷や汗が噴き出した。
「くぬくぬくぬ」
こうしてミッションは全て完了したのだった。
そして数週間が過ぎだ。
「ちょっと祥子!!」
教室に着くと、佳織が血相を変えて走ってきた。
「アンタなんて物を私の家に送らせてるのよ!!」
「お、着いたか」
出来るだけ冷静に対応する。
慌てる事は無い、もう結果は出たのだ。
「お母さんにめちゃくちゃ心配されたわよ!
『貴女は私達の娘よ』って、分かってるっての!!」
「まあ親子の絆を改めて深めたって事で」
「馬鹿!!」
佳織の怒りは本気ではあるまい。
なぜなら昨日着いたのなら、昨日の内に私へ連絡していただろう。
そして彼女の差し出した封筒は未開封だった。
「さーて」
そっと封筒をカッターナイフで開ける。
緊張が高まり口が渇く。
佳織も神妙な視線で私を見ていた。
「...あぁ」
結果の用紙に書かれた内容は絶望だった。
なんという事だ...
「どうだった?」
佳織も知りたいだろう。
「親子だった」
「はあ?」
「悠ちゃんとお父さんが...」
「あんた、普通は自分と悠君を調べない?」
「あ!!」
しまった!
それなら父さんの口をグリグリする必要が無かったのに!
自分の迂闊さを恥じた。
「親子関係99.9999パーセントか凄いわね」
「凄くない、次こそ私が」
「いいかげんにしたら?
お金も馬鹿になんないし」
確かにその通りだ、連続で購入するにはバイトをしてない一高校生にはハードルが高い。
「佳織」
「お金なら貸さないわよ」
連続の購入は諦めざる得なかった。
「ただいま」
「おかえり祥子」
「あれお父さん今日は早いね」
まだ6時にも関わらず父さんが私を待っていた。
真剣な目に緊張が走った。
「リビングに来なさい」
「うん」
「座りなさい」
お父さんに言われソファーに座る。
私の隣に既に悠ちゃんも真剣な顔で座っていた。
「祥子、本当は18歳になったら言うつもりだったんだが...」
お父さんの言葉が途切れる。
こんな真剣なお父さんは初めて見た。
「祥子と父さんは血の繋がりは無いの。
悠ちゃんも知っていたのよ」
お父さんの隣に座っていたお母さんの言葉が理解出来ない。
「それってつまり...」
「でも祥子は俺の娘だ!
その事は分かってくれ!」
「姉ちゃん!」
悠ちゃんが私を抱き締める。
小さな身体が震えて...
そんな事より、
「私ってお母さんの連れ子?」
「アホ!!」
「あた!」
またしても母さんの拳骨が頭上に炸裂した。
今は止めて欲しい、記憶が飛んだら大変だ。
「アンタは私の従姉妹の子なの、一歳になる前に私達が引き取ったのよ」
「へ、従姉妹?」
「美智子おばさんよ」
「あぁ...」
美智子おばさんは知っている。
おばあちゃんの双子の妹の娘で、かなりぶっ飛んだ人だったって話だ。
会った事は無い。
この先会う事も無いだろう。
確か、今はドイツ?
いやオランダか、自称タロット占い師で日本舞踊を舞ながら占いするらしい。
つまり、そんな人種だ。
そんな人の血が入ってるのは少し複雑だが。
「当時、美智子は大学生でね、相手は同じ学校の先輩って言ってた。
まあ今となっては分かんないけど」
あらら父親も分からずか、まあ今更出てきても困るけど。
「姉ちゃん、ごめんさない!」
「へ?」
悠ちゃんが私に頭を下げた。
なんで謝るのか?
「佳織さんから聞いたよ、僕が姉ちゃんを突き放したから不安になったんだよね?」
佳織め、チクりやがったな。
まあ当然か。
「良いのよ、悠ちゃんは弟だもんね」
仕方ない。
血の繋がりは無い私だけど家族は私を受け入れてくれてるんだもん。
「半年前に聞いてから僕...姉ちゃんを意識しちゃって」
「あの姉として?」
「ううん」
「オーイヤ!」
恥ずかしそうに首を振る悠ちゃんに私の感情が爆発した。
「この前から祥子の様子が変だと思ってたんだ」
「この子は前から変だけど」
「いや、祥子はお母さん似だよ。
血より縁だね」
お父さんとお母さんは呆れてるが構わない。
私は必死で思考を巡らせた。
(親が従姉妹同士だから悠ちゃんとの続柄は再従兄弟か、1、2、3...6等親?)
「ごめんな、これからも家族仲良くしよう。
俺達は家族なんだ!」
「そうよ」
必死で指折り数える私に何を勘違いしたのか父さん達が私を見る。
そんな事はもうどうでも良いのよ。
「悠ちゃん!!」
「ね、姉ちゃん...」
おもいっきり悠ちゃんを抱き締める。
もう悠ちゃんは拒絶しなかった。
「結婚しよう!」
「「「はい?」」」
「母さん問題無いよね!?」
「アホかい!」
本日一番の拳骨が飛んできたが、全く痛くない。
だって幸せだもん!
「最高だ!!!」
悠ちゃんを抱き締め叫んだ。