『キソク』
「俺にこの学園のルールを教えろ」
生徒会室において、俺は、奴隷の少女に向かって命令を下した。
生徒会室は、雑然とした部屋だった。
部屋自体は、二〇畳ほどの部屋であり、教室よりやや小さいくらいの部屋なのだが、物がとにかく多かった。
歴代の生徒会長の写真や、沙耶香の奴隷だった少女千秋、他の生徒会メンバーの机様々なものがあった。
「はぁ?今度はそんなことのために呼び出したんですの?何で生徒会長である私がそんなことを直々に話さなければならないのですか?」
きりっとしたつり目が俺を睨む。
「何故って、俺の奴隷だからだろ?」
「そうは言いますけど、それで私が仕事を一切放棄したりしたら困るのでしょう?この生徒会は、私がいないとどうにもならないですからね」
「はぁ?お前にやれって命令すればいいだけだろ?」
俺は内心で焦りつつも反論する。
「本当にそうなんですの?」
しかし、こちらの懸念点はばれているのか。
沙耶香は、Sっ気たっぷりの目でこちらを見下すように見つめる。
「ちっ」
俺は、舌打ちをする。
「ふふふ。知らないことは、指示できませんもんね」
忌々しいほどの満面の笑みが、細面の顔面に浮かぶ。
ここ最近いろいろと試して気付いたのだがどうやら、奴隷の命令も万能ではないらしいのだ。
例えば、俺がここで、生徒会の仕事をきちんとやりなさい。
と言ったとする。
だが、『きちんと』という言葉には曖昧さが残ってしまう。
これは、かなり問題となる。
曖昧さがどれほどの影響を及ぼすのかということに対して分かりやすい例をあげよう。
枚数指定のないレポートあるいは、読書感想文というものを想像して欲しい。
そして、クラスに一人はいる不良チックな人と、超絶真面目で几帳面な人を想像してほしい。
不良チックな人が何枚も書くだろうか?
間違いなく書かないだろう。もしかしたら、枚数指定がないことをいいことに一枚どころか一文で終わらせてしまうかもしれない。
逆に、真面目な人が一文で終わるだろうか?
いや、終わらない。多角的な視点すら取り入れて、その作品について語り、時には数十枚に及ぶこともあるだろう。
これらが同じものとしてみなされるのが曖昧さによる不便な部分だ。
なので、俺からは極力曖昧な指示は出したくない。
数多くの奴隷を従えてきた黒川沙耶香にしてみれば、今まで散々この『曖昧な指示』に苦しめられてきたのだろう。
それを逆手にとって、イニシアチブを取ろうとしてくる。
「とにかく、教えろ。お前だって、俺が敗れて俺以外のくそみたいな奴の奴隷になるのは嫌だろう?」
「ふむ。そうですわね。あなたがくそみたいな主人でない証拠はないにせよ、音に聞く『支配する姫』や、他校の生徒の奴隷になれば、私みたいな可憐で幼気な美女は、辱しめを受けるのは間違いありませんからね」
マジで、こいつといいサイといい、能力高い奴らは、こんなに自信満々なんだ?
しかも、こいつに関しては俺につい最近負けたばかりだっていうのに。
「まず、この島の通貨のMPに関してはいいかしら?」
「だから、この島特有の通貨だろ?」
「ええ。そうですわ。何でも買えるという点を除けば普通の通貨と一緒ですよ」
「何でも買えるっていうのはどこまでの範囲だ?」
「私も範囲は分かりません。ですが、あなたとの勝負で使った地下の施設の罠の解除というものもあれば、寿命を延ばすというものもあるという噂ですわよ」
「寿命を延ばす?」
俺は、鼻で嗤った。
そんなことは、人間である限り出来ないと。
「いいえ、理屈では可能ですわ。人間の遺伝情報を書き表すDNAを改変して寿命を延ばすのです。本島での科学レベルで言えば、サーチュイン遺伝子とかが寿命に関わるというものが出ているのですかね?そういった遺伝子解析の結果をもとに寿命を延ばせるらしいですわ。もちろん限度はありますけど」
そもそもサーチュイン遺伝子ってなんや!知らんぞ。
天才たちは、さも知っていて当然というように小難しい話をしすぎだろ。
それに、
「素人考えだが、そういう遺伝子操作みたいなのは、赤ちゃんを産む前くらいにはできても、成人したら基本的にはできないんじゃないか?多少はできるのかもしれないがたかが知れているだろう」
俺の言葉に、黒川沙耶香は黄金の瞳で、考える。
「私もそう思っていましたわ。ですが、この学園の能力者には、生命を操る人も存在するらしいのよ。そいつとの協力によって寿命を延ばせるらしいわ」
「それは、誰なんだ?他校の生徒か?東校舎の人間か?」
「さあ?分かりませんわ」
降参といったように、黒川沙耶香は、両手を軽く宙にあげる。
「ですが、最高ランクを持っていて学園の情報にも精通している私が知らないのですから、政治家の連中か、あるいは、他校の生徒ではないのですかね?」
そういった黒川沙耶香の瞳は透き通るエメラルドに戻っていた。
「とりあえず、そのことはいいわ。それで、あなたは、他に何を聞きたいのかしら?」
「じゃあ、手始めにランク制度についてかな」
「ランク制度というのは、学園が決めたルールの一つね。ランクは10まであると言われていて、ランクの値が大きくなればなるほど、この島にとっての有益な人物ってこと。まぁ、差し当たっては、ゲームに強くて頭がいい。とでも思ってもらえればいいわ」
「で、自信満々に言っているお前のランクはいくつだったんだ?」
「5よ!」
おおよそマックスの半分の値にもかかわらず、黒川沙耶香は、腕を組んで偉そうにしていた。
反応に困る。
俺が言葉を探して、押し黙っていると、
「言っておきますけど、ランク5は、この島の生徒の中でも七人しかいないんですからねっ。ランク10はおろか、ランク6すら、生徒には一人もいないのですよ。あなたは、バカにしたような目で見てきていますけど、あなたのランクなんてせいぜい三なんですからねっ」
そう早口でまくし立ててきた。
「ってか、奴隷になったんだから、ランクなんて関係なくないか?」
「そんなことはありませんわ。あなたが、私のランク経験値を奪わない限り私はランク5のままですわ」
「じゃあ、お前から奪ってやろうかな?」
「ダメですわ。拒否いたします。」
強い言葉とは裏腹に俺の腕を急に掴んで、懸命にゆすってくる。
よくよく観察してみると、勝気な瞳も、今は、チワワの赤子のようなつぶらな瞳にかわっている。
「ほう。じゃあ、この場で一周回ってワンと吠えてみろ」
「はぁ??何でですか?」
「だって、お前、俺からランク経験値を奪われたくないんだろう?」
「くっ。そうですけど、仮にも生徒会長たる身。そんなことはできませんわ」
「じゃあ、ランク経験値でももらうかなぁ」
俺は、あくどい笑みを浮かべる。
まぁ、実際は、何があるか分からないから、奪うつもりはないのだが。
普段、勝気な奴だけに、下手に出られると、嗜虐心が躍る。
「ワン」
そう言って、招き猫のようなポーズをして、あの高潔の女王が犬の真似をした。
「一周回るのはやはりできませんわ。これで、許してくれなければ大人しくランク経験値は諦めますわ」
「いや、お前の努力に免じて許してやるよ。だから、そう恨めしい瞳で俺を睨むな」
「ホントですの?」
そう呟く彼女は年相応の少女だった。
「ごほんっ」
素で呟いてしまった言葉が恥ずかしかったのか、黒川沙耶香は、わざとらしく喉を鳴らす汚い音を立てて、議題を戻す。
「それで、ランクの差について説明しますわね
ランク1は、初期のもの。ランク2は、およそ、同レベルの相手に5勝3敗ほどで昇格。ランク3は、あなたが私に勝ったみたいに格上の相手に勝つか、同レベルの相手に8勝2敗ほどの成績を残すか、何か勉学・スポーツで特別な成績を残すかをすること。ランク3以下の生徒が90%以上となっています。ランク4は、能力において、特別な成績を残すか、同レベル相手に7勝3敗。ランク5は、同レベルの相手に7勝3敗。ランク5は、ランク3以上の相手に一〇〇連勝。ただし、同レベルの人を相手どって勝った場合は30連勝分とする、って感じですわね。」
それに続いて、黒川沙耶香は、更に詳しく説明した。
簡単に説明してしまえば、
ランク経験値というものがあり、その経験値がたまればランクアップとなるらしい。先程言っていた勝敗は大体の目安らしい。
今の俺の経験値がおよそ3000。黒川沙耶香に勝って大幅に上がったのが大きい。
格上相手は、ポイントを大きくあげるし、奴隷勝負は通常の1.5倍の経験値がプラスされるらしい。
それに加えて黒川沙耶香を挑発するためにしたイカサマ勝負などで経験値が上がっていた部分もあるだろう。
現在の黒川沙耶香のポイントは、10万75ポイント。
あと一勝でランクアップだったのに、俺に負けて大幅に下がったらしい。
ランク6は、100万ポイントらしいから、下がり方がえぐいことになっている。
他校交流戦というものもあり、そこで優勝すれば、天上才気の後継者に一歩近づくことができるらしい。
*
「それでいつにするんですの?」
校舎内で歩いていると、黒川沙耶香は、俺にそう声をかけてきた。
校舎内にいるため、周囲に人がいて、俺たちの言動に注目している。
そのため、黒川沙耶香は、『新雪の巫女の攻略』という言葉を省略したのだろう。
次の対戦相手を言わない程度には思慮深さがある。
「さあて、いつにしようかね?」
「あなた、真剣に考えていますの?勝負しないのも手ですわよ。他の人に勝負して勝負の経験値をあげましょう」
その話をしていると、500mほど先に人だかりが見えた。
何となく気になって人だかりに近づいていくと、ざわざわと人だかりが俄かに騒がしさを増した。
その中心には、噂の『新雪の巫女』。
「決めた。今からあいつと勝負する。」
俺は、その姿を見て気負いなく勝負の宣言を沙耶香にした。
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