表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

残り香

作者: pear

蒸し暑い夜。

じわじわと滲む汗の不快感と蚊取り線香の沁みる匂いに目を覚ます。

起き上がったはいいものの、動く気力すらない。

虫の寂しい鳴き声だけが耳に残る。

隣で寝ている君は私より汗をかいているけれど、気持ちよさそうに寝ている。

(喉、渇いたな)

君を起こさないようそっとベッドからでてコップに水を汲む。

今日は空が明るい。満月だろうか。

ベランダに出て、月を眺めながらぼーっとする。

蚊取り線香とはまた別の、夏特有の不思議な匂いが鼻の奥に漂う。

扇風機をつけてひとり涼む。

汗が冷えて気持ちいい。

目を閉じてまたぼーっとする。

「……どうしたの?」

君は目を擦りながらむくりと起き上がる。

「なんか目が覚めちゃって。ごめんね、起こしちゃった?」

「ううん、大丈夫」

大きな欠伸をした君は後ろから私を優しく抱きしめる。

「……暑い」

「んー……」

君は私の首元に顔をうずめる。

ほのかに私と同じシャンプーの匂いと汗の匂いが香ってくる。

「暑いねぇ……」

「あんたがくっついてるからでしょ」

「ふへへ」

「アイス食べたい」

「じゃあコンビニでも行く?」

「…うん」

二人で手を繋ぎながら静かな通りを歩く。

「もうノーマットにしようよ。蚊取り線香飽きちゃった」

「えー。風流だよ風流。夏って感じするでしょ」

「わかんない。じゃあせめてエアコン生活にしようよ。扇風機じゃやっていけない」

「えー。そしたら蚊取り線香の匂いわかんないじゃん」

「私暑いの苦手なんだって」

「うーん、考えとく」

「考えといて」

溶けかかったアイスを食べながら歩く夜道は少し特別な感じがする。

世界に二人しかいない感覚。寂しいけどどこか嬉しい。

溶けたアイスの雫が温かいアスファルトに落ちて染み込んでいった。


ふと目が覚めた。

ゆっくりと起き上がる。

涼しい。蒸し暑さも滲んでくる汗もない。なんて快適なんだろう。

蚊取り線香の匂いも独特な夏の匂いもしない。寂しい虫の声も聞こえない。

喉の渇きも感じない。

外は暗い。今日は新月だろうか。

なんとも言えない無機質な空間。

隣にある枕に顔をうずめる。

私は未だに君の匂いが恋しくて堪らないのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ