契約成立
「こちらが雪様の部屋でございます。夕食までゆっくり休んでください。」
「ありがとうございます。」
雪を部屋の前まで案内し、一礼して去っていく柳の背中が見えなくなるのを確認すると、雪は素早く部屋の中に入ってドアを閉めた。
「~~~~~~~!!!!」
声にならない声をあげながら、ドアにもたれかかり、ずるずると床に座り込む。
顔は耳まで真っ赤になっている。
「うう~…。どうにか耐えたけど、気づかれてないわよね…。」
顔を両手で隠しながら、小さな声でつぶやく。
「せ、せつって…。初対面よ…?」
雪は、親族以外の男性とあまり関りを持ったことがなく、免疫が全くなかった。
もちろん親族以外に敬称をつけずに名前だけで呼ばれたこともなく、相当な衝撃を受けていた。
人前で情けなく崩れ落ちるわけにもいかず、樹月の部屋からどうにか平静を装っていたが、内心は、恥ずかしさと戸惑いで、叫びだしたいくらの心境だった。
「うー。ううー…。」
どうにか落ち着こうと、無意識に声をだしながら、頭をぶんぶんとふる。
(18にもなって情けないわ…。)
数分してやっと落ち着いたころ、ふと顔を上げると、テーブルの上に自分の荷物が置かれていることに気が付いた。
立ち上がり、部屋をキョロキョロと見回す。
「すてき…。」
初対面での名前呼び捨て事件を忘れ、雪は静かに目を輝かせた。
ベッドやソファーなど、家具は洋風だが、どれもデザインは和をモチーフにしており、屋敷の洋風で豪華な内装とは少し違う、とても落ち着いた雰囲気だった。
大きな窓からは、あたたかな日の光が漏れている。
そっと窓に近づいて下を見ると、大きな門と庭が見えた。
「なんだか夢みたい…。」
雪は、小さな声でつぶやいた。
契約という予想外の話ではあったが、両親と過ごした大事な家から出るさみしさよりも、あの家族から離れられるという喜びが大きかった。