表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪のふる日に  作者: ねこ
最高の誕生日
3/7

来客


せつ!」


雪が、涙を拭いて黙々と買ってきたものを整理していると、正子の声が聞こえた。


(…なに?ちょっと声色がいつもと違うわ。)


怪訝に思いながらも、少し大きな声ですぐに返事を返す。


「はい、お義母様。」


すると、どこにいるかわかったらしい正子が、雪のもとへ来た。


「あなたにお客よ。…あの女そっくりの顔が役立ったわね。」


最後の言葉は、雪の耳元で小さく囁かれた。


「どういうことですか…?」


「あなたを花嫁候補にしたいって、となり町の、あのおおとり財閥の方がいらしてるのよ。」


「え?」


雪は、頭が真っ白になった。

町が違えど、この地域一帯の領主でもある鳳財閥の名を知らない者はいない。


長男が花嫁を探しているとの噂は雪も聞いたことがあったが、それは上流階級の家柄同士の話…まれに下流、中流階級の親が家のためにうまく嫁がせることはあるが、そもそも藤宮の娘として扱われていない雪には、関係のない話のはずだった。


「何でも、変わった髪と目の色をした女がいるって噂を聞いたらしいわ。」


正子の言葉を聞きながら、雪は、市場で聞いた噂を思い出していた。


『何人もの花嫁候補が泣かされたらしい』

『冷酷非道で、にこりともしないらしい』


花嫁を探している長男について聞いた噂は、どれも悪いものばかりだ。


(……これもある種の誕生日の贈り物かしら。)


「連れて参りました。」


半ば現実逃避をしながら、雪は来客が待つ部屋に入った。


「失礼します。せつと申します。」


しとやかに、頭を下げてあいさつをする。

顔をあげると、スーツを来た品の良い男性と目があった。


父親が生きていれば、同じくらいの年齢だろうか。


「鳳家から参りました、やなぎと申します。…噂通り、美しい髪と瞳をお持ちですね。」


穏やかに微笑むその顔に、雪の警戒心は少し薄れた。


「急に押し掛けてしまい、申し訳ございません。鳳家の跡継ぎであります、樹月いつき様が、ぜひ雪様が18歳になり次第、花嫁候補としてお呼びしたいと前々から申しておりまして。」


政略結婚となれば、場合によっては18歳に満たなくてもできる。


だが、この周辺では常識的に18歳を越えてからの嫁入りが多く、名家の女は、20歳になる頃には、ほとんどの者が親に決められた相手の家に嫁ぐ。


本来ならば、姉である優子が先に花嫁候補になるはずだが、どうやら本当に、この唐突な申し出は、雪の容姿が関係しているらしい。


「光栄でございます。雪、お待たせしないよう、すぐに準備をなさい。」


外向けの優しい笑顔と声だが、雪にはわかる。

粗相は絶対に許さない、という圧力が込められていることに。


(そりゃそうね…。まさかこんな大物からうちに縁談がくるなんて、本当ならありえないもの。)


「本日が生誕日だと聞いております。家族にお祝いをしてもらう時間も大切でしょうから、明日、もしくは一週間後でも、ご都合のよろしい時にお迎えにあがりますよ。」


「お気遣い感謝致します。家族では、もう朝から盛大に祝いました。可愛い娘と離れるのは辛いですが、この子も鳳様に早くお会いしたいと思いますので、本日連れていっていただいて構いません。ねえ、雪?」


(…誕生日なんて忘れていたくせに、嘘がお上手ね。)


「はい。すぐに準備致します。」


一刻も早くこの家から離れたいー…


雪はその一心で、すぐに部屋に戻って荷物をまとめた。


まとめてみると、名家の娘とは思えない荷物の少なさだった。

途中から優子のお下がりしかもらえなくなった着物、こっそり持っていた父と母の写真…父がいなくなってから、雪が持っていた物は、ほとんど捨てられていた。


肌身離さずつけていた、母の形見のペンダントが無事だったため、雪は何とか耐えられたが、それ以外の母に関するものは、もう何も残っていない。


雪は何もなくなった、殺風景な部屋にぺこりと頭をさげた。


(お父様、お母様。18年間、ありがとうございました。ふたりの写真を持っていきます。雪を見守っていてくださいね。)


一度目を閉じ、深呼吸をして、雪は鳳家の使いである、柳が待つ馬車に急いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ