贈り物
「お、雪さん。今日もきれいだね!」
「おじさん、こんにちは。」
朝食の後片付けを無事に済ませ、雪は市場へ買い出しに来ていた。
人目を引く容姿だが、父が旅行先で一目惚れし連れて帰ってきた、母、マリアが人懐こい性格だったおかげで、幼い頃から、この町ではあまり差別を受けたことがない。
外にいる時が、雪の楽しい時間だった。
「花嫁修業がんばってる雪さんに、今日は渡したいものがあるんだよ。」
雪は、家で虐げられていることを誰にも言っていない。
幼い頃から可愛がってくれている、この市場のおじさんにも。
中流階級とはいえ、名のある藤宮家が、前妻の娘をいびっているなんて知れたら、父の顔に泥を塗ることになる。
それに、幸か不幸か、正子たちの外面は大変良い。
まさか家の中で、言葉の暴力、時には力の暴力を振るっているなんて誰も思わないだろう。
「はい!西洋の梨だ。たまにしか手に入らないんだよ。」
「!ありがとうございます!」
(嬉しい、唯一の誕生日の贈り物だわ)
実は、今日は雪の18歳の誕生日だ。
当然祝ってくれる者などいない。
偶然の贈り物に、自然と頬がゆるんだ。
「あとで大事にいただきます。お野菜もいくつかくださいな。」
「いつもありがとうね。」
野菜や魚などを市場で買い込み、雪はもらった果物だけ、大事に着物の袖に入れた。
家につき、まずは買ったものを保管場所へ入れる。
「おやつにお部屋で食べようかしら。」
一人言。
嬉しくて、つい無意識に言葉に出した。
これが、まずかった。
「あら、何をお食べになるの?」
(いつからいたの…!)
優子が、雪を笑顔で見つめる。
「ねえ、何だかご機嫌よね?何かいただいたの?」
「いいえ。りんごを買ってきたんです。」
嘘ではなかった。
だが、こういう時の女の勘が厄介なことを、雪は知っていた。
「嘘おっしゃい。」
すっと雪に近付いてきたかと思うと、優子は雪の着物の袖に手を入れた。
「やめてくださいっ…。」
「やっぱり。」
優子は、西洋の梨を雪の目の前に突きつけた。
「…返してください。」
「隠した罰よ。こっそり食べようだなんて、意地汚いもの。家族でしょう?こういうものは、分け合わないとよね。ああそうだ、これ洗っておいてね。」
パサッと雪に洗濯物を投げつけ、優子は台所を出た。
「…なにが優子よ。優しさのカケラもないじゃないの。」
小さな声で、悪態をつく。
いつもならこのくらい、何でもなかった。
でも、今日は誕生日だ。
何年も誰にも祝ってもらってなかったところに、もらった大事な贈り物。
じわりと、雪の目に涙がにじんだ。
「ふん…。最っ高の誕生日だわ。」
強がりでいった精一杯の皮肉は、雪本人にも聞こえないくらい、小さな声だった。