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雪のふる日に  作者: ねこ
最高の誕生日
1/7

いつもの朝


ああ、また、この夢…。

体は動かない。確かなのは、顔の見えない誰かの腕に抱かれていること。


ぽたぽたと、私の顔に水滴が落ちて、頬を伝う。やけにリアルな感触。


泣いている、男の人…。あなたは誰なの?


手を伸ばそうとしても、体はピクリとも動かせない。

ただただ、誰かが私の顔を見て泣いている。


ねえ、泣かないで……。



ーふと目をあけると、見慣れた天井が目にはいった。


(あ…涙…。)


せつにとってこの夢は、繰り返し何度も見てきたもの。

それでも、目が覚めるときは、いつも一筋の涙が顔を伝っていた。


(何なんだろう、この夢。やけにリアルなのよね…。)


ぐーっと一度体を思い切り伸ばしたあと、雪はむくりと起き上がった。

他の3人が起きる前に朝食の準備をしないと、またやっかいなことになってしまう。


さっと着替えて、足音に注意しながら台所へ行く。

中流階級の家柄である藤宮ふじみや家。その娘である雪は、3年前に実父が病のためこの世を去り、再婚相手である義母と、ひとつ年が上の姉、2つ年が上の兄と4人で暮らしている。


父が生きていた頃は使用人を雇っていたが、3年前に義母に解雇され、それからは雪が使用人の扱いを受けていた。


(これだけ出来れば、もう花嫁修業はいらないな。)


手際よく野菜を切り、朝食を作る。

皆が起きてくる前に準備をしないと、何をされるかわかったものではない。


一度寝坊した時には、腰まで伸ばしていた髪の毛を、肩の高さまでバッサリ切られた。


(ま、おかげでスッキリして、もう伸ばす気もないけれど。本当にやることがえげつないのよね。)


はあ、と小さなため息をついた。


毎日夜に下準備を終わらせているため、朝食の準備自体は簡単だが、嫌いな人たちのためにご飯を作るのは、何も楽しくない。


「よし、できた。」


具だくさんのみそ汁に、炊きたてのお米。

卵焼き、漬物、煮物を少し、そして焼き魚。


おいしそうな匂いに、雪のお腹が少し鳴った。


まだ、食べるわけにはいかない。

お膳にのせて、食事をする部屋に運ぶ。


ー誰にも会いませんように。


しかし、雪の小さな願いは、一瞬で砕け散った。


一番会いたくない、義母の正子まさこと鉢合わせたからだ。


「おはようございます、お義母様。朝食ができました。」


「見ればわかるわ。」


(嫌味な言い方…。)


「急いでお運びしますね。」


にっこりと嘘の笑顔をはりつけ、逃げるように、食事をする部屋へ行く。



「失礼します。」


念のため、声をかけてから襖を開ける。


(げ、今日はみんな早起きね。)


部屋には、義兄の静一せいいちが座っていた。

20歳で、優秀な学校に通う秀才だ。

ただ、名前のとおり静かな性格で、何を考えているのかはよくわらかない。


雪が髪を切られたときは、さすがに目を丸くして固まっていたが、母や妹の行いを、止めたことはなかった。


「朝食です。」


「…髪、もう伸ばさないのか。」


「えっ。あ、そうですね…。」


まさか話しかけられると思っていなかった雪は、思わず静一の顔を見てしまった。


目が合い、静一がふいと顔をそらす。


(なによ…目があったくらいで。それに髪の毛伸ばそうが伸ばすまいが、あなたに関係ないでしょう。)


顔に出さないように我慢しながら、心のなかでむくれる。


西洋人の母から受け継いだ、色素の薄い髪の毛に、青色の瞳。

雪にはこれが誇らしくもあり、時には疎ましくもあった。


なぜなら……


「静一兄様、何をお話ししているの?」


スッと襖をあけて、優子ゆうこが部屋に入ってきた。


「何でもないよ。」


「ふうん。あら雪、今日も不愉快ね。その瞳の色、気持ち悪いわ。」


「優子、そんなわかりきったこと、わざわざ言わなくてもいいのよ。」


優子の後ろから、正子も部屋に入ってきた。


母にそっくりな雪の容姿が、この2人は気に食わない。

毎日のように浴びせられる嫌味な言葉を、雪は“聞き流す”という方法で乗り越えてきた。


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